world_is_aquarium
憑弥山イタク
世界とは、水槽である
汚れた水槽を綺麗にするのは、決まって人間である。水槽の中に閉じ込められた小さな魚達では、水槽を汚すだけで綺麗になどできない。仮に清掃を試みたとしても、所詮は無駄な努力に終わる。
汚れた水槽の中に住み続ければ、魚はやがて、寿命を迎えるまでに病死する。人間が放置してしまうことで、遂には魚は死滅するだろう。
汚れた水を入れ替えれば、水温と環境の変化に対応できず、魚はストレスを抱えて死んでしまう。人間が誤った行動に出ることで、遂には魚は死滅するだろう。
水槽の中に棲む魚達は、自らの意思で水槽から抜け出すことはできない。
水槽に棲む魚達は皆、その命を人間に握られているのだから。
死ぬまで生きるも、無様に死ぬも、所詮は人間次第なのだから。
穢れた世界を綺麗にするのは、決まって神々である。宇宙の中に閉じ込められた小さな人間達では、世界を穢すだけで綺麗になどできない。仮に浄化を試みたとしても、所詮は無駄な努力に終わる。
穢れた世界に住み続ければ、人間はやがて、寿命を迎えるまでに病死する。神々が放置してしまうことで、遂には人間は死滅するだろう。
人間の住む場所を替えれば、空気と環境の変化に対応できず、人間はストレスを抱えて死んでしまう。神々が誤った判断を下すことで、遂には人間は死滅するだろう。
宇宙の中に棲む人間達は、自らの意思で宇宙から抜け出すことはできない。
この世界に棲む者達は皆、その命を神々に握られているのだから。
死ぬまで生きるも、無様に死ぬも、所詮は神々次第なのかもしれない。
我々は、水槽で泳ぐ魚達の心など理解できない。
神々もきっと、この世界に生きる我々の心などは、理解してくれないのだろう。
でなければ、方舟に乗ったのがノアの一族に限られるのは、到底理解できない。
尤も魚達は我々と違い、水槽に来なければ、広大な大河や大海で自由に泳いでいたのだろう。
だとすれば、我々人間は、この世で最も不自由な生き物と言えるだろう。
何故なら我々は、生まれる前から水槽の中。生まれてからも、世界という水槽の中に囚われているのだから。
死ねば腥い。魚も人間も、同じはずなのだが。
どうやら人間は、魚に劣るらしい。
world_is_aquarium 憑弥山イタク @Itaku_Tsukimiyama
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます