第2話

「どっかの部屋で宴会でもすんのかな」

 そう思いながらドアを開けて部屋に入ると、手も洗わずテーブルにビールの入ったレジ袋を置いた。三本並べ、その上に二本、最後に一本置き、ピラミッドをつくった。

幹也はスマートフォンを取り出して一枚写真を撮り、SNSに投稿した。文章は面倒くさいので何も打っていない。フォロワーに”いいね”してもらいたいわけでもないのに、なんでわざわざピラミッドを作って投稿したのか、自分の馬鹿馬鹿しさに口の端が小さく持ち上がった。

 頂上の一本を掴んでプルタブを引くと爽快な音が一瞬だけ響いた。スマートフォン片手に一口喉に流し込むと炭酸が弾けながら食道や胃の壁を刺激して非常に愉快だった。幹也の苦手な苦みも少なく、きりっとして飲みやすい。あっという間にほぼなくなって二本目に手を付けたとき、さきほど投稿したものに誰かからリプライが来た。同じゼミの佐藤だった。

『ビールの後ろに映ってるの何?やばくね?』

 幹也は佐藤のリプライを読んでもいまいち何を言われているのかがよくわからなかった。もう酔いが回っているのかもしれない。要は何か妙なものが映っているということなので、写真をもう一度見た。ビールの缶でつくったピラミッドの奥にはベランダに通じる窓が映っていた。その窓の真ん中に枯れる直前の葉のような緑色で長いものが確かに映っていた。

「なんだこれ」

 指を広げて拡大した途端、幹也は小さな悲鳴が漏れた。反射的に手をスマートフォンから離したときに積んでいたビールの缶に当たり、テーブルから落ちていく。幹也はそれを拾う余裕がなかった。

 拡大して見えたのは人がさかさまになったものだった。蛍の光のような緑色が身体から発光しているように見える。写真に撮ったことで妙な色合いになったのだろうか。いや、そんなことを考えている場合ではない。幹也は窓を開けてベランダから下を覗き込んだ。昼間は何の変哲もないアスファルトが見えるだけだったが、街灯がついているわけでもないのでぼんやりとしか見えない。目を細めたり眉間にしわを寄せてピントを合わせたが、人が倒れているような気配はない。窓を閉めたあと、サンダルを履いて、階段を駆け下りた。体重を前に傾けすぎて何度か爪先を引っかけた。もし本当に人が落ちたら俺が通報するのか。救急車? パトカー? 救急車って何番だ? 119? 109?

 そうしている間に階段を下りて、すぐに建物の裏に回った。スマートフォンのライトをつけてアスファルトを照らすが、誰も倒れている気配はない。気のせいか? たまたま写真に映った鳥か何かがさかさまになった人間に見えただけだろうか。もう一度写真を見てみるが、やはりどうみても人間だった。これはいよいよ心霊写真ではないか。

 そう思ったとき、この場にいることが怖くなってきた。秋の夜の冷たい風が吹いたとき、まるで巨大な手に握られるような感覚を抱いて、すぐにエントランスを潜り抜けた。再度エレベーターのボタンを押す。今度はすぐに扉が開いた。またすし詰め状態だった。幹也は背筋がぞくりとした。ここは一階なのに、なぜ人が出ていかないのか。なぜそんな簡単なことに気づかなかったのか。階段を選ぼうとするが脚が勝手にエレベーターに吸い寄せられていく。結局中央にできた空間に乗ることになった。

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