キミニササグコイノ果実
@34fulufulu
第1話 りんごの蜜は甘くて酸っぱい
この世界は上手く循環していると思う。何かを得れば何かを失い、何かが減れば何かが増える。ただ、その中で人間という生物はその循環に上手く適応し、進化してきた。しかし、その人間ですら時に、無慈悲な結末を迎える時がある。
「ん……このりんご収穫が少し早かったな……酸っぱい」
実家から送られてきたりんごを齧りながら、大草 湊(おおくさ みなと)は広い大学を彷徨っていた。この春に大学生となり、青森から上京してはや3ヶ月。最初は大変そうだと思っていてもなんだかんだで東京という環境に適応しつつある。
「えーと……あ、あったあった。ここだ」
大きく講義室と書かれた扉を開け、中に入る。一斉に僕のほうを向いてきて、少しその雰囲気に圧倒される。講義を受け始めてから2ヶ月経つが、未だに慣れる気配が全く無い。しばらく棒立ちしていたが、すぐに空いている席を探し、隅っこの席に座り講義を受け始める。
「ねぇ……ねぇ、ちょっと」
講義が始まって約30分が過ぎた頃、隣の席に座っていた人が僕の肩を揺らす。
「いきなりごめん。悪いんだけど、シャーペンの芯が無くなっちゃって……2、3本貰ってもいいかな?」
隣の机を見ると、筆箱の中身が全部出ていて、シャーペンの芯のケースだけが見当たらない。
「あぁ、いいよ。0.5でいい?」
隣の人に芯を渡すと、隣の席の人は両手の手のひらを合わせ、「ありがと、助かったよ」と小声で言い、すぐに前を向いて講義を聞いている。
「いやーほんと助かったよ。ありがとね!」
講義が終わってすぐに隣の席の人が声をかけてくる。さっきは少ししか見れなかったがかなり整った顔立ちをしていると思う。目や鼻、口、全てに至るまでが完璧というレベルで揃っていると感じてしまう。そのあまりに綺麗な姿に見惚れてしまう。
「ん?どうかした?」
無言になったのを心配してか声をかけてくる。
「あぁいや、別に。なんでもないよ」
見惚れていたなどと言う度胸は僕には無いので、適当に誤魔化す。
「ん?そっか!あ、それでね。シャー芯のお礼がしたいんだけど、お昼ご飯、何か奢らせてもらっていい?」
たががシャー芯数本あげただけでお礼をされるほどか?と思いつつも「人の好意は受け取っておいて損は無い」という祖父から言われたことを思い出し、「ありがとう、ご馳走になるよ」と言い、学食に一緒に向かう。
「とりあえず初めましてだよね?アタシは青柳 美空(あおやぎ みそら)。18歳。好きなものは猫と果物かな?」
春が来て暖かくなり始めたがまだ寒いのに冷やし中華を躊躇わずに食べながら美空が自己紹介をする。
「まだ寒いのに何故冷やし中華を……というかなんであるんだよ。あ、僕は大草 湊。君と同じ18だよ。実家が青森で3ヶ月前に上京してした。好きものは……りんごかな」
学食に着き、美空に奢ってもらった醤油ラーメンを啜りながら自分も自己紹介をする。それから、お互いに好きなことや苦手なことを話し合う。美空とは話の趣味が合ったのか、人見知りの僕ですらすぐに打ち解けた。
「それじゃ、また明日ね!大草君」
「うん。また明日。青柳さん」
午後の講義はお互いに無いのでご飯を食べてそのまま解散になった。カバンの中からりんごを一つ取り出し、齧りながら帰路に着く。ご飯を食べた後にりんごを齧る癖は幾つになっても止められる気がしない。
「ん、このりんご甘い……当たりだ」
口の中に広がる甘い蜜を飲み込み、また一口齧る。これから何が起こるかわからない不安と、何か楽しいことが起きるようなワクワク感を胸に、帰路へと着く。
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