虚弱高校生が世界最強となるまでの異世界武者修行日誌
力水
第1話 屈辱の日常
質問――
もしあなたの家に現世と異世界の扉が開いたならどのような選択をしますか?
1 扉をコンクリートで塞ぐ
2 警察に通報する
3 異世界旅行をする
これは《異世界旅行をする》を選択した新米魔術師の少年が紡ぐ物語。
◆◇◆◇◆
蝉の大合唱の中、僕――
人のとる行動には必ずその理由がある。つまり、僕の足取りが重いのにも確たる理由があるのである。
昇降口で上履きに履き替えるべく下駄箱の扉を開けると多量のゴミが勢いよく飛び出してくる。
(またか……奴らのやることにはいちいち捻りがない)
上履きを取り引っくり返すと、思った通りバラバラと画鋲が落ちてくる。
「きょ、キョウ君……それ?」
背後で震える声がする。
面倒な奴に見られた。
精一杯の笑顔を浮かべて振り返る。
腰まで伸ばした艶やかな栗色の髪に、やや垂れ目ではあるが大きい目、鼻すじの通った美しい顔立ち。グラビアモデルも真っ青な完璧なプロポーション。
この絶世の美女が
「はは……瑠璃さん。おはよう」
「おはようじゃないよ! それどういうこと!?」
目尻に涙を溜めて大声を張り上げる瑠璃。
「これ? 間違って画鋲を靴に入れちゃっただけだよ。心配無用さ」
「そんなわけ――」
「瑠璃さん。おはようございます」
目鼻立ちが整った黒髪の少年が僕と瑠璃の間に割り込んできた。
――
その優男のような顔立ちだけ見れば一見華奢にも見えるが、服の上からでもわかる鍛え抜かれた体躯は僕のような虚弱体質であることを否定する。
身長は180cmほどあり、160cmの瑠璃と並ぶとまさに誰しも羨む最強カップルだ。このカップルという表現は単なる例えではなく、実際に月彦は瑠璃の許嫁。
この親が決めた時代錯誤の風習は魔術が一般的なものとなった現代日本においても頻繁に耳にする話題だ。
特に強い魔力を持つ者の血を脈々と受け継いで来た日本の伝統ある魔術師の家系にとってこの手の婚姻は必至のものと言える。
月彦が瑠璃の後ろで手を数回ふる。この場から消えろという合図だ。言われなくても、倖月家の者と長話など御免被る。画鋲を近くのゴミ箱に捨てて僕の教室である1-Dへと向かう。
(ちっ! 今日もいやがる……)
教室前には金髪に耳にピアスをした目つきが悪い男とその取り巻きが嫌らしい笑みを浮かべて立っていた。
この男は
倖月家は日本において最強の魔術師の家系であり、日本七大領家の一つ。さらに父――
魔術が生活に必要不可欠なものとなり、その軍事力さえも魔術に依存する2082年の現代日本において日本七大領家の力は凄まじく日本政府もおいそれと口出しできない。つまり、ここは一種の治外法権と言っても過言ではないのだ。
故に、この倖月陸人に逆らえる奴はこの学校には一人しかいない。そして陸人にものを申すことができる唯一の人物も魔術師に対しては信じられないくらいに冷たい。子供の喧嘩などに口を一切出す人物ではないのだ。
それをいいことにこの陸人はやりたい放題。逆らう上級生をリンチにして重傷を負わせたりなどざらだ。
つまり陸人は僕が死ぬほど嫌いな奴だ。
「よう。蛆虫野郎ぉ~、いつものように地べたに這いつくばって挨拶しろよ!」
今の僕にはこの学校で守るべき友達も彼女もいない。僕の唯一守るべき存在は倖月本家と話がついていて陸人にも手は出せない。だから他の生徒と異なり陸人に服従する必要を感じない。
僕は力で負けても心までは折れない。地べたに這いつくばったのも無理矢理力ずくでされたに過ぎない。
それに今の僕にこの手の嫌がらせをする輩は陸人のみではない。
「…………」
無視して教室に入ろうとするが、取り巻き一人に行く手を阻まれる。
(今日は水計かな~? ふん。何分で音を上げるかね!)
今日も両腕を掴まれ、トイレに連行されようとするが――。
「待ちなさい!!」
凍えるような感情が籠っていない声が聞こえる。視線を向ける。そこには僕が今最も憎むべき女がいた。
眉目秀麗な顔立ちに、腰まで届く茶色がかったツインテールの髪。服の上から自己主張する豊かな双丘にくびれた腰。まさに美女の要素をすべて備えた人物といえる。
彼女は明神高校3年――
「何かご用でしょうか? 朱花様?」
取り巻きの一人が青白い顔で恐る恐る尋ねる。
仮にも七代領家のうちでも最大派閥だ。多少緊張するくらいならわかる。だが、同じ学生に《様》付とはこいつらに恥というものはないのだろうか。
「彼を離しなさい」
なぜ、虫に過ぎない僕に情けをかける気になったかは不明だが、どうせ大した理由もあるまい。たまたま機嫌がよかっただけだ。要は姫様特有の気まぐれというやつ。
だけど僕はこの女に情けをかけられるのだけは御免だ。
「朱花さん。僕らは陸人君と遊んでいるだけですよ。口を出さんでもらえますかね?」
僕の棘がたっぷりと含まれた言葉を契機に、数十ものたっぷりと敵意が含まれた視線が一斉にボクに注がれる。注がれる罵声も今の僕には心地よい子守唄にすぎない。
少なくとも、この憎むべき女に情けを施されるよりかはよほどいい。
「テメエ、よくも朱花様に!」
取り巻きの一人が僕の鳩尾に蹴りを入れる。激痛とともに一瞬息ができなくなり、思わず膝を地面に突く。
朱花、ひいては倖月家に気に入られたいと思われる男子生徒が次々と僕に蹴りを入れる。
鈍い痛みが全身に走る。
朱花とも視線が合うが目を大きく見開いていた。
僕が朱花や瑠璃に無礼な口を聞いたという理由で殴られるなど日常茶飯事だ。それほど意外性などないだろうに……。
僕の隣のクラス1-Cの担任教師――松田が駆けつけてくるのが視界に映るが、理由を聞いて傍観を決め込むようだ。
まったくどいつもこいつも腐ってやがる。松田教諭も学生も、すべて――
「やめてぇ!!」
ドガッと鈍い音がして女生徒が吹き飛ばされ、壁に衝突する。瑠璃だ。
陸人の取り巻きの男子生徒の一撃だった。
男子生徒は半泣き気味に瑠璃の下へ行き土下座して謝っている。
陸人も若干顔が青い。竜絃が瑠璃を溺愛しているからだろう。
「恭弥君。倖月瑠璃様に対する暴行。許されませんよ。これは君だけで済まされる問題ではない。すぐに職員室に来なさい!」
松田教諭が僕の腕を掴む。
僕だけで済ませられる問題ではないか……。いやらしい奴だ。こう言われれば僕が逆らえないことを理解して言っている。
しかし、まずいことになった。この学校に通っているのは基本、日本有数の魔術師の家系。つまり現在日本の政治を動かしている者達の子息。
教師の立場から言えば僕に罪のすべてを擦り付けた方がよほど上手く事が運ぶのだろう。ここで倖月竜絃にまで睨まれると、あの約束が反故されるかもしれない。
僕らを守ってくれる兄さんはもういない。僕は妹の
瑠璃の前に行き、正座をして額を地面に叩きつける。
ゴツンと頭に鈍い痛みが走るが構いやしない。
「瑠璃さん、御免なさい。僕ならどんな罰でもお受けします。ですから僕だけで話を収めて下さい!」
「や、やだぁ……」
涙声の瑠璃の擦れる声が聞こえるがお構いなしに何度も、何度も額を地面に打ち付けた。
「恭弥君も反省しているようですし、どうです? 瑠璃様、話を収められては?」
侮蔑の言葉、罵声が飛び交う。むろんすべて僕のことだ。その中で――。
「恥知らず共は黙りなさい! あなたそれでも教師ですの? 倖月の恥知らず共々、この件はお父様に進言差し上げますわ。ただで済むとは思わないことです」
サラサラした金色の髪をかきあげながら、ショートカットの美女が前に出た。
彼女はセリア・アーチボルド。イギリスからの留学生であり、イギリス最大の
そして、竜絃と《ソロモン》の長はライバル同士であると同時に、親友同士でもある。そのつてで彼女はこの明神高校に留学したが、周囲と馴染めないでいるようだ。
この子は別に僕の友達という訳ではない。単に僕の発言から身内が人質にとられているのを読み取ったのだろう。
つまり彼女は卑劣な行為が死ぬほど嫌いな人物というわけだ。僕もこの腐った学校の中ではダントツに好きな部類な女の子。
すくなくとも倖月家の糞野郎共と比べたら
アーチボルトのお嬢様まで出てきたことにより、巻き込まれては堪らないとワラワラと逃げるように観客達はいなくなり、朱花、瑠璃とその瑠璃を支える月彦、陸人とその取り巻きの者達、瑠璃を蹴った男子生徒、セリアと教師だけとなった。
「セ、セリア様、瑠璃様に暴行を働いたのは仕法家の御子息。これが竜絃様に知れたら両家の間で戦争でもなりかねません。彼も瑠璃様に暴行を働く気などなかったと存じます。なにとぞ寛大な措置を!」
瑠璃を蹴った男子生徒はガタガタとみっともなく震えている。
「寛大なご措置とはどういう意味ですの? 真実を捻じ曲げて楠君のせいにしろと?」
セリアの声色が冷たくなった。同時にまるで十数度場の空気が冷え込んだような気がする。雰囲気に飲まれそうになりながらも松田は必死の説得を試みる。
「元々、彼が朱花様に無礼な口を聞いたのがそもそもの原因です。その責を受ける十分すぎるほどの理由はあるかと」
セリアが朱花に溝鼠でも見るような視線を向ける。
「貴方また楠君を苛めてますの? いい加減、彼に付き纏うのは止めてもらえませんこと? 彼は私の大切な友達ですの」
これは嘘だ。僕とセリアはクラスで席が隣同士という程度しか繋がりがない。友達どころか週に数回しか話などしない。僕を助けるために虚偽の事実を言っている。それだけ彼女が優しい人ということだ。
「わ、私は恭弥を苛めていない。ただ――」
「はい、は~い。授業の時間ですよぉ~。
恭弥君には私からしっかり指導しておきますぅ。
皆さぁん。教室に戻って席についてくださいねぇ」
松田教諭が声のする方に視線を向けて頬を盛大に引き攣らせる。そしてそれは陸人も同じ。
声の先には和服を着こなした黒髪の日本人形のような美女が扇子を右手に持ちいかにも作り笑いと判断しえる微笑を浮かべて佇んでいた。
具体的には世界の魔術師の総元締めである審議会が年に4回、魔術師の個々の強さを世界序列として発表している。この序列で時雨先生は、世界序列第867位。
つまり、世界に4000万人近くいる魔術師の中で867番目に強いというわけだ。序列1000番以内は化け物中の化け物と聞く。時雨先生ならこの学校すべての魔術師を相手にしても傷一つなく皆殺しにできることだろう。
そんな人物だ。当たり前だが竜絃の権威などに一々ビクつきはしないし、陸人もこの倖月天下の明神学園で時雨先生だけには逆らえない。
そして時雨先生は兄の師匠であることもあり僕の唯一の理解者だ。
「時雨先生。しかし、この楠が――」
松田が反論しようと試みるが時雨の顔が悪鬼のごとく歪んでいるのを見て悲鳴を呑みこむ。
「うるせぇ! 餓鬼どもの喧嘩に大人がしゃしゃり出やがって! 今ならオレが特別に見逃してやるって言ってんだ。大人しく従っとくんだなぁ。さもないと――」
「ひぃぃ~」
松田は一目散に1-Dの教室へ入っていく。時雨はそんな松田にケッと一瞥し、両腕で陸人と朱花を引き寄せて耳打ちする。
「別にオレはお前らが恭弥を苛めても文句はいわねぇ。そういう
だが魔術師とは無関係な沙耶には手は出さない契約になっていたはずだぞ。お前ら契約を反故にする気か? んん?」
陸人の顔はもう真っ青を通りこして土色だ。朱花は逆に悔しそうに美しい顔を歪めていた。
「俺達が害を及ぼすのはこの恭弥だけです。絶対に沙耶には指一本触れませんよ」
「良かったぁ~。お姉さん。竜絃氏を本気で殺さなきゃならないかと心配したゾ」
ぞっとするような声色で陸人に顔を近づけ視線を向ける時雨。
陸人は悲鳴を飲み込んで取り巻きの者達を連れて、2年の教室へと逃げるように走り去っていた。
「恭弥。私は――」
「時雨先生。僕、次授業ですのでお先に失礼いたします」
「はいな。恭弥君は放課後私のところまで来てね。はい、は~い。皆も早く自分の教室に戻って席についてぇ~。じゃないと、お姉さんがお仕置きしちゃうぞ」
朱花の顔などこれ以上見たくもない。
僕は1-Dの教室へ急いで入り、最後尾の窓際の席につき、セリアに一言感謝の意を述べてから机に突っ伏した。
同じクラスの瑠璃が、ホームルームが開始されるまで僕の席まで来て何やら言葉を発してはいたが、スマホの音楽を大音量で鳴らしていたので聞こえはしなかった。
今の僕にとって瑠璃は幼馴染の瑠璃ではない。倖月本家の倖月瑠璃だ。即ち憎むべき敵。いつか寝首をかいてやる。
そのために朱花達に従順にしているのが本来最良なのだろうが、それができるほど僕の倖月家に対する憎しみは小さくはない。
この憎しみを風化させないたにも僕は思い出す必要がある。憎しみの元凶を――
◆◇◆◇◆
楠家は元々地方の小規模の魔術師の家系。
母を小さい頃に亡くしたこともあり、忙しい父――
僕と沙耶にとって兄――
そこにある日、不純物が混じる。
倖月朱花と瑠璃だ。
父が倖月竜絃と同級生であったため引き合された。
瑠璃と朱花が夏休み楠家に遊びに来るほどだ。昔は比較的仲も良かったと記憶している。
そんな中、父の利徳と竜絃は凍夜と朱花との婚約を決めた。
その理由は凍夜が1000年に1人の凄まじい魔力を持つ天才魔術師であり、その血を倖月家に入れようとしたためだ。
天下の倖月家の聖女――朱花との婚姻だ。婚約の事実が知られた日は、楠家総出でお祭り騒ぎだったのを覚えている。
だがこれが僕らの転落の序曲だった。
二人は高校を卒業と同時に結婚することになっていたが、去年倖月家が一方的に破棄したのだ。理由は分からないがどうせ朱花の気まぐれだろう。
通常なら男女のもつれとして事は済むが、相手は天下の倖月家。面子というものがある。奴らは婚約破棄についてのすべての責任を兄――凍夜に押し付けた。
曰く、楠凍夜は危険思想の持主だ。
曰く、楠凍夜は子供を魔術の実験に使っている。
曰く、楠凍夜は禁術の研究をしている。
曰く、楠凍夜は……
凍夜という人物を知る者ならあり得ないような内容を捏ち上げ、父――利徳にまで責任を取るように迫った。
暫くして、父――利徳が病死した。元々胸を患っており、兄の件で心労が一気に重なったからだそうだ。
兄は自身が近くにいては僕や沙耶が不幸になると考えたのだろう。僕と沙耶の前から姿を消してしまう。沙耶を守れという手紙を残して。
僕は兄とは違い、才能もない。何より楠家の家督は兄が継ぐことになっていたから魔術師としての修行は今までしてことなかった。
だから楠の分家の叔父さんに家督を譲り、魔術師と関わりのない人生を沙耶と二人で送ろうとした。
しかし、ここで再び倖月家からストップがかかる。
竜絃直々に呼び出され一方的にあることを命じられる。
明神学園に入学し、3年間で首席になること。仮になれたら僕の望みを一つだけ叶えてくれるそうだ。なれなければ竜玄の指示に一生従う事。要するに首席になれなければおそらく破滅だろう。
馬鹿馬鹿しい。楠家も小規模の田舎者とはいえ、あくまで伝統ある魔術師の家系だ。家督を譲ったことで、1億円ほど手元にある。沙耶と慎ましく生活するには事欠かない。受ける意味などない。
即座に断ろうとするが、拒絶すれば沙耶の入学する学校の受け入れを拒否させると言いやがる。
倖月竜絃がやると言ったらそれは真実となる。沙耶に不便な思いだけはさせたくはなかった。受け入れざるを得なかったのだ。
だがその分、条件を付けてもらった。僕はどんな扱いを受けても良い。沙耶だけは今まで通り幸せに暮らすこと。
竜絃はその言葉を忠実に守った。
沙耶は日本一のお嬢様学校でのんびりではあるが掛け替えのない生活を送っている。
そして僕の扱いもしかりだ。どんな扱いを受けても良いとの条件通り、入学してから数か月、様々な嫌がらせを受けた。
当初、この竜絃達の行動に一々疑問を感じていたが、僕が明神学園一の使い手になっても竜絃達に利などない。まさに百害あって一利なしというやつだ。この僕の明神学園への入学の強制も朱花を失望させた凍夜への意趣返しなのだろう。
要は、兄の凍夜に当たれないから弟である僕に当たっている。くだらない。実にくだらない奴らだ。了見も狭いし、何より人としての魅力が皆無。本当に僕らは最悪な奴らに目を付けられてしまったものだ。
◆◇◆◇◆
「クズノキ。お前、もしかしてそれが本気かぁ? 女でもそんな非力な奴はいねぇぞ」
「鈴木、あんま苛めすぎんなよ。次がつかえてるんだかんな!」
ここは明神高校第一修練所。今は男子と女子に別れて体術の実技実習中。模擬試合という名の僕のリンチ場だ。
第一修練所のリング状の闘技場には特殊な結界が張ってあり、ダメージはすべて魔力に変換される。だからダメージを負っても魔力が消費し気だるさが残るだけ。
こんな条件だ。相手の鈴木というクラスメイトも僕に対し手加減するはずもなく、僕は罵声と嘲笑を受けながら好き放題なぶられている。
さらに言えば、担当教師も例の松田といういけ好かない糞教師であり、顔に気持ち悪い笑みを浮かべながら僕の痴態を見ているだけ。
腹部、眉間、頬、鼻、口、右腕、左腕、右足、左足、次々に殴られ、蹴られ、踏みつけられる。
だが構わない。当面は実力が増すまでこれは痛みに慣れる訓練にしている。
そもそも、ここの学生は幼少期から魔術師としての英才教育を受けてきた世界でも有数のエリート達。僕のように去年から魔術師となった素人とは異なり年季が入っている。
強くなりたいのなら、今の虚弱という現状を潔く受け入れ怒りの肥やしにするべきだ。実力が付き次第その怒りを目の前の糞共に爆発させればよい。竜絃に反撃の許可は貰っている。そのことに関しいかなる咎も受けないことも。
強くなってやるさ。誰よりも!
「な、なんだ、こいつ? あれだけ殴られてんのに、ニヤニヤしてんぞ。気持ち悪ぃ!」
「殴られ過ぎて本気で狂ったんじゃねぇの?」
若干焦り気味の声が四方八方から聞こえる。
阿呆共が! 人の命を奪う覚悟もなくこの場にいたのか? それこそお笑い草だ。
悪いが僕は本気だ。竜絃の科したこのくだらないゲームも絶対にクリアしてみせる。
「どけ鈴木、俺がやる」
「ふ、藤丸……さん」
鈴木が円状の闘技場をイソイソと出ていき、入れ替わりに筋肉の塊のような黒髪の巨漢の男が闘技場に入ってくる。
葛城藤丸。七大領家のうちの一つ葛城家の次期当主。陰陽術と魔術とを融合させた魔術を使う。
特に藤丸は見かけ同様、肉体強化の白魔術だけなら葛城家一とも噂され、すでに教師達の実力を超えているらしい。
対して僕は白魔術の初歩の強化すらつかえない。今の僕では食らえば一撃で破裂するだろう。
どうせ肉体は死亡しない。一度爆砕されるのもよい経験だ。
取り敢えずの僕の目標は時雨先生と同様、世界序列1000番以内に入る事。
1000番以内に入れば何者にも僕と沙耶を脅かす事は出来なくなるだろうから。
この目標がどれほど突拍子もない事かくらい自分でも理解している。少なくとも、目の前の脳筋バカにビビッているようでは到底不可能な目標だ。
「お、おい。さすがにマズイんじゃねぇのか?」
「ああ、ダメージが魔力に変換されるだけで、痛みまでなくなるわけじゃない。下手すりゃあショック死すんぞ」
「松田の奴。止めないんですかね?」
松田は笑みを消してはいたが戦闘行為を止めまではしないようだ。好都合だ。止めてもらっては困る。
学園最強の一角とはどれほどのものか一度この身に受けてみたかった。
口角が不自然に吊り上るのが分かる。
これから僕の中で一つのルールを設定する。この脳筋バカにワンパンを入れること。ダメージは与えられなくてもそれだけで僕の勝利だ。
藤丸の右ストレートが豪風を巻き起こしながら僕の頭上スレスレを通過していく。気を抜けば、風圧だけで僕の華奢な体など吹き飛ばされそうなほどの威力だ。当たれば実戦なら体など木端微塵だろう。
次の右回し蹴り、左ストレート、右ジャブ。左アッパー、すべて紙一重でかわす。
藤丸の顔から存在していた余裕が消える。どうやら遊びは終わりらしい。
今の僕のスピードでは本気の藤丸の攻撃を避けるのは不可能だ。なら避けない。
体を斜めに傾け、姿勢を低くし、敵の狙いを限定する。
「シッ!」
藤丸の右ストレートが僕の視界から消えると同時に左腕に意識を失うほどの激痛が走る。まるで真っ赤に熱した灼熱の棒で頭から串刺しになるかのような痛みが僕を襲う。
思わず叫び出しそうになるが、歯を食いしばり右手をきつく握り藤丸の顔面に渾身の力で打突する。
僕の右拳は藤丸の左頬に吸い込まれ、ゴンという鈍い音とともに藤丸の体を後方へ吹き飛ばす。
その右拳の鈍い感触と共に僕の意識はプッツリと消えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます