第47話 首都騒乱(1)

 おれが端末経由で送った映像は、総督の手によって解析にまわされ、すぐに結果が出た。


「エルフの国……テリンか、そこの上空を通った揚陸艇は、二時間前に首都の空港に着地した。そのときすでに空港はテロリストに占拠されていたが、幸いにして非常用の隠しカメラに映っていたものがある。いま転送する」


 おいおい、軍用フォーマットで圧縮されて転送されたデータなんて送ってくるなよ。

 いや、それだけ重要なデータなんだろうが……仕方がない。


「アオイ、解凍してくれ」

「あらほらさっさー」

「どこで覚えたんだよ、そんな言葉」


 アオイが端末に軽く触れると、それだけで勝手にファイルの暗号が解読され、たちまち映像ファイルが取り出される。

 アオイはおれが指示する間もなく、勝手におれの端末をいじってそれを高速再生し……「ここ!」とある一点で映像を止める。


 そこには、輸送機から下りてくる一団があった。

 殺し慣れた雰囲気を持つ、十人ほどの、全員が覆面の集団だ。


 特殊な訓練を受けているとおぼしきエージェント。

 剣呑な様子の彼らに囲まれて、ひとりの少女が輸送機のタラップに現れる。


 メイシェラだった。

 不安そうな様子であるが、見たところ怪我はなさそうだ。


 少しだけ安堵する。

 そのメイシェラが、一点を睨み、憎しみのこもった様子で叫んだ。


 暴れる彼女を、覆面のエージェントたちが抑え込む。

 軽く頬を叩かれて、メイシェラはびくりと動きを止めた。


 ………。

 てめぇら。


「パパ、顔が怖いよ?」

「すまん、ちょっと我を失った。こんなときこそ冷静じゃなきゃいけないのにな」

「ううん。パパが怒った理由を教えて」


 アオイは、こんな姿をしているが、ずっと眠っていたAIで、その情緒は幼い。


「メイシェラを、大切な義妹を誘拐されて、そのメイシェラが殴られた。おれはそれが許せない」

「お姉ちゃんを助けるってことだよね」

「そうだ。手伝ってくれ」

「わかった、任せて! でも、何をすればいいの? 空港のシステムをぶっこわす?」


 やれ、って言えばできそうだな、とふと考えて、しかしそもそも、メイシェラがまだ空港にいるとは決まっていないと思い直す。

 なにせこの映像は、二時間前のものなのだ。


「総督閣下、メイシェラが何を見て怒ったか、別のカメラから捉えられていませんか?」

「いまそれを調べて貰っているところだ。あとひとつ、残念なお知らせがある。一隻のシャトルが空港から飛び立ち、警備隊の制止を振り切って大気圏を離脱した。以後、行方不明だ。その船にメイシェラくんが乗せられる映像が発見された」

「強引に止めなかったのは、威嚇射撃に留めたからですね。ご配慮、ありがとうございます」

「他にも複数の人質が確認されている。その中にはやんごとなき身分のお方も混じっていたのだ」

「テロリストに乗っ取られた船なんて撃墜が基本だ、あなたの配慮がなければ撃ち落とされていたかもしれない。重ねて感謝を」


 テロリストに乗っ取られた船を見逃した結果、何千人、何万人もの死者を出した事例は、歴史上、枚挙に暇がない。

 たとえば軌道エレベーターがある星なら、船で軌道エレベーターに体当たりしてこれを破壊、星ひとつの機能がほぼ完全に停止し、数百万人が路頭に迷った事例など。


 軍学校では、卒業の前の年にこうした事例をいくつもいくつも教えられ、検証した上で、人質ごと船を破壊することが最善であると教えられる。

 より多くの無辜の人々を守るために必要な犠牲を重ねる、という覚悟がなければ、軍で指揮官を拝命するわけにはいかないのだ。


 それでも総督は、シャトルを見逃した。

 メイシェラだけが原因ではない、となると……。


「いったい誰が乗っていた?」

「すまんが、これ以上のことを通信に乗せるわけにはいかない」

「了解、そっちに行く」

「こちらとしても、きみの知見を頼りにしたいところだ。歓迎するよ」



        ※



 ホルンとアオイには先に首都に跳んでもらい、おれは屋敷の地下からいくつか荷物を回収した後、リターニアと共に小型艇で一路、北を目指した。

 リターニアは先日と同様にエルフの軍を動員することを提案してきたが、少し考えて、それはまだ待って貰うことにした。


「今回、横っ面をひっぱたかれたのはこの星の総督と警備隊だ。相手はテロリストと思われるが、詳細は不明。誰が敵かまだわからない以上、彼らに思い切った行動は難しい」

「わたくしたちにとっては、メイを助け出すことが第一です」

「その通りだ。加えて言えば、これまでの手際と、映像で見たあの男たちの練度から考えて、この前のテロリストのようなへまは期待できない。惑星警備隊は厳しい戦いを強いられることになる。土壇場で、彼らとエルフたちとの連係が上手くできるかどうか、いまの段階では何とも言えん。だから、彼らには待機してもらう」

「かしこまりました」


 指揮系統の一元化ができればそれがいちばんだが、エルフたちはおれかリターニアの命令にしか従わないだろう。

 かねてから共同演習などをしているならともかく、今回のオーダーは人質を無傷で回収することだ、ひとつのミスが作戦の失敗に直結する。


「ですが、わたくしだけでも、お手伝いしてよろしいでしょうか」

「ああ、それは助かるよ。――ただ、シャトルはすでに宇宙に上がっている。”繭”がない高度まで行ったら、魔法は使えない。それは覚悟してくれ」


 リターニアは魔法の補助具である大杖をぎゅっと胸の中に抱いて、「はい」とちいさくうなずいた。


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