第48話 首都騒乱(2)
実際のところ、魔法を使えないリターニアに戦いで役に立てることがあるとは思えない。
エルフの大半も同じだ。
それは今回、エルフの動員をお願いしなかった理由のひとつではあるが、すべてではない。
そして彼らがまったく役に立たないとも思っていない。
そもそも、メイシェラを誘拐するというのが不可解なのだ。
何か得体のしれないものが、おれの知らないところで動いているような気がしてならない。
すべてがわかるまで、こちらの切り札は隠しておく。
こういうとき、いつ何が役に立つかわからないということを、おれは経験上よく知っていた。
※
二時間かけて首都にたどり着いたおれは、まっすぐ総督府に向かった。
受付の女性は、おれの姿を見た瞬間に駆けてきて、おれとリターニアを百階へのエレベーターに詰め込む。
都合、四度目となる総督府の百階では、ホロ映像ごしにあちこち忙しく指示を飛ばす総督と、その部屋の隅でバニラアイスを食べながら椅子に座ってそれを眺めるアオイの姿があった。
「あ、パパ!」
「アオイ、ホルンは?」
「ちょっとお散歩!」
飛びついてきたアオイのアイスが服につかないよう注意しながら、そうか、とうなずく。
ホルンには、とある指示を出していた。
その指示に従ってくれているのだろうか。
いまのところ、それがどう役に立つかもわからない、指示されたホルンも少し戸惑うような案だったのだが……。
「総督、テロリストが映った画像の解析をアオイに手伝わせて構わないか」
「彼女には我々のデータベースにアクセスする権限がない。法もそれを禁じている。しかし、この場にいる部外者が勝手に指示して勝手に動く分には、わたしはそれを止めない」
「よし、アオイ。全データにアクセス、解析だ」
「はーい、パパ!」
アオイはアイスをかじりながら椅子に座り、そこで機能停止した人形のように動きを止める。
全能力で総督府の回線に入ったのだ。
待つこと五秒ほど、アオイは再起動したように、はっと頭を上下した。
その拍子にアイスが口からこぼれ落ちそうになり、慌てて両手で落ちかけた欠片をキャッチする。
アイスの欠片を口に放り込んだあと、手についたものを舐めるかどうか悩んでいる彼女にハンカチを渡して「どうだ」と訊ねた。
「メイが怒った人、わかった。この人だよ」
総督室のメインモニタに脂ぎった壮年の男の禿頭が表示される。
アオイが「あっ、倍率、倍率」と画像を縮小していくと、ひとりの男の顔がそこに映った。
おれと総督が、同時に「あっ」と声をあげる。
リターニアがきょとんとした表情で小首をかしげた。
「おふたりのお知り合いでございますか?」
「この前罷免された摂政殿だな……」
「ああ、捕まった後、行方不明になっていた。てっきり誰かに消されたんだと思っていたんだが……」
リターニアは、「なんと」と驚きの声をあげる。
「この方が屋敷を襲いメイを誘拐したとなると、逆恨み、でございましょうか」
おれはちらりとアオイを見下ろした。
アオイはきょとんとした様子でおれを見上げ、目が合うと、にっこりとする。
逆恨みでも何でもなくて、彼らが強襲するちょっと前まで、あの屋敷にはあいつのスキャンダルを暴いた奴がいたんだよ……。
実は一周まわって正当な復讐になるところだったんだよ……。
いや、あいつがやっていたことは正真正銘の悪だから、正当も何もないか。
さすがに子どもの人身売買はラインを越えすぎである。
とはこの場で暴露できず、ならばここは、すべて摂政が悪い、ということにしておこう。
そもそもメイシェラを誘拐して暴力を振るった時点で絶対に許さん案件である。
あいつとの腐れ縁もここまでだ。
「こんな辺境の星まで来て、やることが小娘ひとり誘拐とは、墜ちたもんだな」
「それが、そうでもないんだ」
総督が呻き声をあげる。
「そういえば、高貴な方が空港から脱出したシャトルに乗っていた、って言っていたか……。ここならいいだろう。どんなお貴族さまだ」
「殿下だ」
おれはきっと、低く呻いていただろう。
ちょっとそれはあまりにも予想外で、最悪の想定を越える最悪だった。
「ゼンジさま、殿下、とは?」
「現在、皇室に殿下と呼ばれる方はひとりしかいない。ちょっと前までは姉と弟のふたりだったが、弟の方は陛下と呼ばれるようになった」
「まさか……」
「ああ、現陛下の姉君、アイリス殿下、御年十二歳だ。何でこんなところにあの方が?」
「こっちが知りたいよ! 映像に映り込んでいたんだ! SP全員の死体も確認した。彼女が本物であることは疑いの余地がない!」
SPも亡くなってるの!?
ちょっと、何がどうなってるんだよ!
いや、あいつなら殿下の行動スケジュールを把握していてもおかしくはない。
こんな辺境の星に殿下が赴くことをあらかじめ知っていて、摂政を罷免された後、その身の誘拐を企てた……?
そのついでに、嫌がらせでメイシェラを誘拐した、ということか……?
うーん、感情だけで動いているというなら、そういう背景でいいと思うが……。
「元摂政殿って、そんなに感情的な方だったかね」
「ゼンジ、きみの方が詳しいんじゃないか」
「おれにつっかかって来る奴だったけど、仕事はきっちりしている、という評価」
「きみがそんな風だから、相手にされてないと感じて余計に怒るんだよ……」
ともかく、さて。
これはどうしたものか……。
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