第46話 誘拐事件

 丘の上に降り立ち、煙をあげる屋敷を見上げた。

 端末で監視カメラと警備ドローンにアクセスするものの、何度やっても応答ナシ。


 屋敷の警備システムは完全に破壊されてしまった様子である。

 ここの警備システム、あの方の幼少期からアップデートこそされているが、取り外されている機能はないはずなので、それを突破するとなると容易なことではないはずなのだが……。


 だからメイシェラひとりでも大丈夫、と思っていた。

 この屋敷の中にいれば安全だと、そう信じていた。


 油断、だったのだろうか。

 おれはきつく唇を噛む。


 鉄の味がした。


「いったい誰が……いや、それよりメイシェラはどこだ。地下は……?」

「落ち着け、ゼンジ。われが地下も捜した」

「ホルン、きみのちからでメイシェラがどこに行ったかわからないのか?」

「あやつは”繭”に繋がっておらぬ。アオイの時とは違うのだ。手がかりがない」


 怒鳴り散らしたい衝動が胸の内から湧き出てきて……。

 ぐっとそれを呑み込む。


 ホルンはゆっくりと首を横に振ると、おれの背中に抱きついてきた。

 彼女の両腕が首にからむ。


 高ぶった気持ちが、少し落ち着く。


「ありがとう」

「うむ」


 アオイがきょとんとした様子で「どうして屋敷から煙が出ているの?」とおれに訊ねてくる。

 おれは、おおきく息を吸って、ゆっくりと吐く。


「何者かが屋敷を襲撃して、メイシェラを攫った。状況証拠からしてほぼ間違いないだろう。目的がメイシェラだけだったのか、おれも狙いのひとつだったのか、それともリターニアやアオイ、きみだったのか……そこまではわからない」

「わたし?」

「帝都でやらかしたことがバレていたら、可能性はある。とにかくいまは、原因をひとつに絞らないことだ。すべての可能性を検討する。そのうえで、アオイ。メイシェラを捜せるか。あるいは、この屋敷を襲ったやつらを」


 煙の上り具合と破壊の様子から判断して、襲撃から数時間が経過していると考えられた。

 ちょうどアオイが卵のそばに移動した時間帯だろうか。


 偶然か、それともそのタイミングを狙ったのか。

 いや、さすがにおれがアオイを呼び寄せるところを待って犯行に及んだとは考え難い。


 何より、あのときホルンは庭のくさびから出て、屋敷の中に入ったはず、屋敷の外には出なかったはずだ。

 それを観察できるとしたら……上空、か?


 おれは夕焼けに染まる空を見上げた。

 燃えるように赤い空が、いまはひどく不気味に思えた。


「ううん、わかんない……。ここからアクセスできる範囲では、生きてるどのカメラも映像をつかまえられてない、かな。あとはリタお姉ちゃんのところ? ちょっと行ってくる!」


 アオイの姿が、ぱっと消えた。

 おれは少し慌てるも、ホルンの「リターニアのところに行ったようである」という言葉に気持ちを落ち着かせる。


「おぬしは、おぬしにできることをやるべきだ」

「あ、ああ、そうだな。まずは総督へ連絡して……」


 端末で総督のアドレスを叩くと、すぐに端末のホロディスプレイに忙しそうな総督の姿が映し出された。

 なんだ、ひどく慌てている?


「ゼンジ、たいへんなことになった。宇宙港がテロリストに占拠されて……ゼンジ? 何があった? ひどい顔だ」


 おれはこちらの現状を総督に伝えた。

 総督は苦虫を噛み潰したような顔になる。


「ふたつの出来事に何の関連性もない、と考えるのは難しいな」

「ああ、タイミングが良すぎる。先方の要求は?」

「いまのところ、まだだ。犯行声明だけは届いているがね」

「どこのテロリストだ」

「環境テロリスト団体が三つ、反帝国主義団体がふたつ、あと有象無象が七つ、自分たちがやったと主張している」

「それ、全部便乗だろ! ああもう、こんなときに主張だけは一丁前だな!」


 思わず口汚い言葉が出た。

 我に返り、総督に謝罪する。


「いいさ、こっちだって叫びたい。気持ちを代弁してくれてありがとう」

「どういたしまして。それで、テロリスト側の戦力は?」

「判明している限りで百人ほど。環境適応人類が七割。現在のところ、この星に市民権を持つヤツはいない」

「それだけの数が入り込んでいること、気づかなかったのか?」

「毎日、宇宙港でどれだけの船が発着すると思っている? 自動操縦の船も多い。いちいちチェックしていたら手が足りない。……さっき、そう報告されたよ」


 ああこいつ、担当局員をめちゃくちゃ怒鳴り散らしたんだな。

 この星は辺境で、たいした軍備もなければたいした人材も配置されていない。


 あげく、先日まで赴任していた総督は配下の腐敗を知りながら放置していたような輩である。

 規律なんてあってなきがごとしで、ろくなチェック体制も整っていなかったのだろう。


 それを、この短期間でここまでまとめあげた通信先の相手には、褒めるべきことこそあれ、非難されるいわれはない。

 理性では、そう理解しているが……メイシェラを誘拐されて、平静ではいられない。


 と――アオイが、リターニアと共にくさびから戻ってきた。

 ふたりはパタパタとこちらに駆けてくる。


「話は聞きました、ゼンジさま」

「パパ、見つけた! リタのおうちのカメラがね、おっきなお船が飛んでいるのをね、見つけてた!」

「でかした、映像はあるか」

「こちらでございます」


 リターニアが彼女自身の端末を差し出し、おれの端末にデータを転送する。

 再生されたのは、以前、環境テロリストたちが使っていたものと同型の強襲揚陸艇が南から北へ――つまりこの屋敷から首都の方へ飛ぶ姿であった。


「これの時刻は……四時間前か」

「はい。失態です。空を飛ぶ船に気づいたとき、もっと注意深く観察していれば……」

「きみたちは何もミスをしていない。それに、この映像ひとつでやれることはたくさんある」


 ひとまず、映像を総督に送る。

 解析は向こうでやってくれるだろう。


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