第45話 卵(2)
アオイに端末のデータを見せて、意見を尋ねる。
AIの少女は「ほへえ」ととぼけた声をあげた後、「ちょっと待ってね、やってみる」と言った。
「やってみるって、何をだ」
「お返事」
待て、と言う前に、アオイの口が開く。
ほんのわずか、耳鳴りを覚えた。
端末のデータが変化して、アオイがヒトの耳には聞こえない音を出したことを示す。
きっとこれが、アオイから卵へ送る、ヒトには理解できない言葉なのだ。
これアオイはどうして一瞬でプロトコルを解析できたんだ? それとも、もともと知っていた?
後で聞いてみるか……。
アオイの”言葉”を浴びて、卵の輝きが変化した。
落ち着いた、綺麗な緑色になる。
「えーとね、パパ。もう少し待ってて、だって」
「あの卵とコンタクトしたのか」
「うん! パパと会えるのが楽しみ、だってさ!」
どんな生き物が出てくるのだろうか。
なんか、すでにだいぶ知性が高いっぽいが……。
「あのね、パパは、いま何か、足りないものがある?」
「足りない、ってたとえばどういうものだ? 別に家や金には困ってないが……」
「自分じゃできないこと、とか、そういうの」
「いま強く感じてる、おれじゃできないこと……」
少し、考える。
ある、からだ。
一度、認識してしまうと、それは強い渇望となっておれを襲った。
拳をかたく握る。
「”繭”だ」
「えっと……」
「おれには”繭”を直接、見るちからがない。機械で計測して、そのデータを睨んで、ようやくそれの存在を認知できるだけだ。ホルンも、リターニアも……アオイだって、直接、”繭”に触ることができるのに。おれはそれが、じれったくて仕方がない。みんなが羨ましいんだ」
「パパ……うん、わかった! そう言ってみる!」
アオイが卵に”言葉”を送った。
卵が少しの間だけ虹色に輝き、そしてまた落ち着いた緑色に戻る。
アオイはにこにこしながら、「そうだねえ、嬉しいなあ」と呟いている。
これ、ちゃんと会話が通じているといいんだが……どうなんだ? 信じていいのか?
「ホルン、いちおう聞くが」
「うむ」
「わかるか?」
「さっぱりである!」
ホルンは腕組みして、胸を張る。
こいついつでも自信満々だな……。
「問題はなかろうよ。おぬしはこやつらに好かれておる。無体なことはあるまい」
「そう、だといいんだが……」
おれはため息をつく。
こうなったら、なるようになれ、だ。
ジミコ教授も、最後は度胸、と言っていた。
まあ、あのひとはちょっと度胸がありすぎるし面の皮が厚すぎるんだが。
「あー、アオイ。いちおう、無理はしなくていい、と伝えてくれよ」
「はーい、パパ! この子もね、できる限り頑張る、って言ってるよ!」
ちょっとニュアンスが違う気がする。
きっちり詳細を詰めておいた方がいいような……でもそれをするといろいろ台無しになるような……このあたりの押し引きは難しい。
アオイを見下ろすと、少女は満面の笑みで「わたしも、パパといっしょがいいな!」と宣言した。
「よしわかった、頑張ってみよう!」
「わーい!」
アオイがばんざいと両腕を持ち上げたので、おれもつられてばんざいする。
ホルンが「途中で思考をやめたな?」とジト目だが、これは仕方がないんだ、アオイの信じるおれになるんだ。
「ところで、どれくらい待てばいいんだろうな。あー、そもそもこの……子? には時間の概念があるのか? おれたちの時間単位はわかるのか?」
「えーとね、時間の概念がよくわかってないみたい。でも、そんなに遠くじゃないと思うよ。……そのときが来たら、パパを迎えに行くって」
「迎えに、か。そっちから来てくれるなら助かるが、場所は……いまさらか」
ホルンは星の反対側にいたアオイのことを探知できた。
それが”繭”同士繋がったもの特有のことなのか、それとももっと詳細に個々のヒトを探知できるのか、あるいはまったく別のセンサーか何かによるものなのかはわからない。
それが、卵の中の存在にもあるのだろう。
ひとまずそう納得することにする。
なに、詳しい話は、卵が孵ってから聞けばいいのだ。
焦る必要はないはずだった。
「それじゃ、屋敷に戻るか。アオイ、来たときみたいに直接戻っているか?」
「パパといっしょがいい!」
「それじゃ、少し狭いがいっしょに座るか」
小型艇には席がふたつしかない。
おれとメイシェラのふたりの席があれば、それで充分だと思っていた。
家族が増えるなんて考えもしなかったし、ホルンやリターニアという親しい者もできた。
もっと大型のものに買い換えるべきかもしれないなあ。
とか考えながら、アオイを膝に乗せ、隣に座ったホルンと語らいながら小型艇で帰宅する。
もうとっくに夕方で、間もなく太陽が西の空に落ちようとしていた。
丘の上の屋敷から、もうもうと黒い煙があがっていた。
「あれ、なんだろー?」
と呑気なアオイと、剣呑な気配を感じたとおぼしきホルン。
おれはホルンに目で合図した。
「少し待つがよい」
隣の席に座っていたホルンの姿が消え、十秒ほどで戻ってきた。
「屋敷は何者かの襲撃に遭ったようである。メイシェラの姿がどこにも見当たらぬ」
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