第44話 卵(1)

 ホルンから「卵に変化がある」という連絡が来たので、おれは屋敷の南東、小型艇で五時間ほどかかる大陸の奥地に来ていた。

 昔、とある高次元知性体オーヴァーロードから預かった、例の卵である。


 その卵を孵すため、この星でもっとも”繭”との接触面が多い土地にそれを置き、時折、瞬間移動ができるホルンに様子を見てもらっていたのだった。

 ホルンによれば、その土地の地下に置かれた卵は勝手に”繭”に接触、少しずつこれを取り込み、いずれ変化を遂げるであろうとのことであったが……。


「念のため、一度、見に行くがよいだろう」


 とホルンが言うのなら、こちらとしては否はない。

 かくしておれは、隣に案内役のホルンを乗せて、ひたすらに小型艇を飛ばした。


「”繭”のちからを使えずこうして空を飛ぶしかないとは、なんとも不便なことであるなあ」

「本当にな。もし可能なら、いますぐでもエルフになりたいよ。その方がより感覚的に”繭”を認識できるだろうからなあ」


 これに関しては本当にリターニアが羨ましいのだ。

 一度、本人の目の前で羨ましいを連呼してみたところ、「ではわたくしと子どもをつくりましょう。そうすれば、ゼンジの子は”繭”を認識できるようになります」と言われてしまった。


 それじゃ遅いのだ、いますぐ、おれが、この目で”繭”を見たいのだ、と駄々をこねた。

 さすがに呆れられ、そこまで言うのならエルフをつくった当時の資料を見てみるか、と提案された。


 それはそれで、貴重な資料だ、実に願ってもない話である。

 王宮の書庫にあるらしいので、今度、是非ともお邪魔させてもらおう。


「われは、おぬしにとても感謝している。それはもちろん、おぬしが竜の子らを救い出してくれたこともそのひとつだ」


 あの救出劇の後も、既に売られてしまった竜の子らを取り戻すために、帝国の諜報部門を始めとした各部署が動いてくれているという。

 その進捗はおれのもとに届き、都度、ホルンに伝えている。


「それだけでは、ない。何故かは、われにもわからぬが……。おぬしといると、何かこう、ずっと解きほぐされていなかった胸の中の糸がほぐれていくような、そんな不思議な感覚を覚えるのだ」

「屋敷の居心地がいい、ってことか?」

「無論、それもあろう。だが、おぬしを見ていると、なぜだか深い安堵と満足を覚える。いまより遠くに置き去りにしてしまった何かを取り戻したかのような、この感覚がいったい何なのか、おぬしはわかるだろうか」


 それはきっと、愛だとか恋だとかとは違うものなのだろう。

 おれには、実感がない。


 ただ、他の高次元知性体オーヴァーロードたちも、どうしてかおれに対して不思議な親近感のようなものを抱いていたのかもしれない。

 他の高次元知性体オーヴァーロードは、それをあえておれの前で言葉にはしなかった。


 ホルンは違った。

 他の高次元知性体オーヴァーロードが軍の任務で出会ったからなのに対して、ホルンはただの一個人、ゼンジという剥き出しのおれで出会ったからなのだろうか。


「おぬしの願いならなるべく叶えてやりたい。そう、心から思うのだ。……が、おぬしがおぬしであるままに”繭”を認識するのは、ちと無理であるなあ」

「まあ、そう簡単に改造できるなら、ヒトはいまよりもっとずっと高次元知性体オーヴァーロードに近い存在になっている気がするよ」

「で、あるな。故にこそ、ヒトはヒトであるのだ」


 竜のちからについては、“繭”の計測ついでにホルンに頼んで、いくつか数値の検証をさせてもらった。

 結果、高次元知性体オーヴァーロードの中では比較的控えめ、と考えられていた従来の基準値を大幅に超える数値が計測されている。


 逆に、思ったより伸びない数値もあった。

 たとえば竜は、思ったほど複数の情報を同時に処理できない、などである。


 無論、ヒトを基準にすれば、それはもはや無限に等しいものなのだが……。

 竜の進化が、便利な”繭”を利用する方向に進んだから、というのが現在おれの立てた仮説である。


 というか能力さえあれば誰でも使える”繭”という装置が便利すぎる。

 他の高次元知性体オーヴァーロードにはない、竜独特のアドバンテージだ。


 おれに卵を預けた高次元知性体オーヴァーロードも、これ、卵を孵す条件って実質的に”繭”一択だったのかもしれないなあといまさらながら思うのである。


 あの存在は、はたしてどこまで未来を見ていたのだろうか。

 そしてその未来において、卵はどのような孵り方をするのだろうか。


 そんなことを考えながらホルンとたわいもないやりとりをしていると、ようやく現地にたどり着いた。

 早朝からずっと飛んで、いまは昼の少し前だ。


 急がないと、帰りは暗くなってしまう。

 まあ、ホルンが同乗している限りは安全が保証されているようなものだが……。


 渓谷の奥、洞窟の中に、それはあった。

 祭壇のように少し盛り上がった土の上に、孵卵器がひとつ、ちょこんと乗っている。


 真っ暗な洞窟の中なのに、その部屋だけは明るかった。

 孵卵器の中が、虹色に輝いている。


 卵が、自ら光を放っているのであった。

 おれは慌てて端末を取り出し、各種放射を計測する。


 うーん、別にやばそうなものが出ている、というわけではなさそうだ。

 高次元知性体オーヴァーロードにはけっこうあるんだよね、自分が無敵だからって強い放射線をばらまいているようなヤツ。


 ホルンはそういうことしないと思っているけどさ。

 このあたりに慎重じゃないやつは、業界で長生きできない。


 物理的に。

 そういう怖い話がいっぱいある研究室だというのは、ジミコ教授からよく聞かされているのである。


「放出されている電磁波に周期性があるな。強弱と波長の組み合わせか? しまった、こんなことならアオイを連れて来るべきだったか」

「む? われにもわかるよう説明せよ」

「何らかの言語、あるいはそれに似たものを出しているかもしれない。すまんが、ホルン、アオイを呼んできてくれるか」

「今日は屋敷におるのだったか?」

「ああ、リターニアは今日は来ないって言ってたから、アオイとメイシェラだけのはずだ」

「あいわかった」


 ホルンはその場から消え、十分くらいしてアオイと共に戻ってきた。

 ホルンの頬にプリンの黒蜜がついている。


「メイシェラのプリンはうまかったか」

「うむ! ちょうどいいから食べていけ、と言われてな!」


 いや、まあいいけどさあ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る