第43話 不穏な影

 それからしばらくして、トレーナからお礼の通信と共に謝礼の品が送られてきた。

 帝都の高級化粧品詰め合わせセットである。


 メイシェラがとても喜んだから、さすがはトレーナ、といったところか。

 おれにものを送るよりこちらの方がおれが感謝する、とそこまで見抜いての謝礼の品ということだ。


 実際に、おれが喜ぶような高級プリンよりも効果が高かったわけで。

 さすがは、ずっとおれの副官だったヤツだよ……。


 ちなみにメイシェラはこの化粧品をリターニアとホルンにもおすそ分けした。

 化粧というものにいまいちピンときていないホルンはともかく、リターニアはとても喜んでいたので、外交的にもたいへんに効果が高かったといえる。


「ところで、トレーナさまというのはどういった方なのでしょうか」


 リターニアがメイシェラにそんなことを訊ね、メイシェラは少し考えた末、こう返事をした。


「兄さんのいちばんの相棒、ですかね」

「なんと」


 リターニアが、口を三角にして驚く。

 それから、ぎゅっと拳を握った。


 なんか背中からめらめらと炎が見えたような気がする。


「わたくしの、ライバルでございましたか……」

「仕事上の相棒、な。ずっと副官で、まあ、秘書みたいな存在だったと言えばいいか……?」

「つまり、怪しい関係でございますね?」

「どこからそういうネタを仕入れてくるんだよ」


 銀河ネットの年齢制限番組とか設定してたっけ?

 いや彼女、現実にはホルンを除くこの中の誰よりも高齢だったわ。


「仕事のつき合いだって」

「彼女はご結婚を?」

「おれが知る限りは独身だな。自分に見合ういい男がいない、と言っていた気がする」


 リターニアがじとーっとした目でこちらを睨んでくる。

 今日はずいぶんとしつこいな。


「トレーナさまにお伝えください。わたくし、側室はOK派ですので」

「何いってんの!?」

「重要なことですよ?」

「うーん、文化が違う。そもそも帝国では、別に誰が何人と結婚してもOKなんだよ」

「なんと! 進んでいるのですね」

「あくまで法律としては、だな。何せ帝国の臣民の中には七つの性の中から三つの性を合わせて子を為す種もいる。そんなのいちいち明文化できるか、って話だ」

「何故、そのような環境適応人類が生み出されたのでございましょうか……」

「それは歴史の話になって長くなるし、公式の場で本人に言ったら差別だから気をつけてね」

「は、はい、申し訳ございません」


 姿勢を正すリターニア。

 そのへん、帝国のいろいろなアレはややこしいんだよ、本当に。


 エルフたちは、魔法を扱える”繭”がこの星だけを包んでいるというその特性上、そもそもこの星の外に出ないから、王女であるリターニアがそういった教育を受けていないのも無理もない。

 でも帝国軍人とかは、わりと教育課程の初期で差別関連のアレコレを徹底的に叩き込まれる。


 何故って?

 軍人はお互いに武器を携帯しているわけで、つまり同僚間で殺し合いとかになったら困るからだよ!


 しっかり教育していても、実際にそういう事件が年に何百件も起きているんだよ!

 ちなみにそのたびに上司は頭を悩ませながら報告書を書いて上の許諾を得た上で事件で亡くなった人の遺族に頭を下げるんだよ……ちょっとした勘違いで殺されました、とかどう伝えろって言うんだよ……。


「メイ、メイ! ゼンジさまが、頭を抱えてしまわれました!」

「兄さん、種族問題の仲裁でとても苦労した、って言ってたから……トラウマが蘇ったのかも。プリン食べます?」

「たべりゅ」


 幼児退行したおれであったが、差し出されたプリンを一個食べたら気力が回復した。

 言うまでもないことだが、プリンは完全栄養食である。


「ところで、兄さん。結局、帝都の騒動はどうなったんですか?」

「トレーナによれば、新しい摂政を置かないことで話がまとまって、各組織から陛下の補佐をする者を出す、という擬似的な合同統治形式が採用されることになったそうだ」

「みんな仲良く手を取り合った、ってことですか」

「外面上はな」


 内面はどろどろで互いの思惑がぶつかりあっているのだろうが、少なくとも表向きは協調歩をとっていく、ということである。

 いつまでも内紛していると、他国につけ込まれるというのも当然あるし。


 帝国のまわりの国々とは、ちょっとした紛争くらいなら、年中何かやっている程度には物騒である。

 もちろん友好的な国もあるが、そういった国だって、隙あらば帝国の弱みにつけ込んでくるであろうことは想像に難くない。


 国家に真の友人はいない。

 旧世界における格言だったか、まあそれはいまの時代でだって当てはまることなのである。


「各勢力の均衡が取れているうちは、帝都も平和だろうさ」

「そういえば、元摂政さんはどうなったんですか? 牢屋でのたれ死にましたか?」

「おまえそんな、唐突に物騒な……」

「だってわたし、あのひと嫌いです!」


 うん、そうだね、嫌うには充分な理由があるよね……。

 おれとしては、まあウマは合わないにしても、やるべきことはきちんとやってくれたから特に遺恨はないんだけど。


 正直、政治の世界とか苦手なので、それを嬉々としてやるああいう人物のことはよくわからない。

 それが適職なら、そういう人たちだけで勝手にやっていて欲しいのである。


「行方不明らしい。監禁していたはずが、いつの間にか部屋はもぬけの殻だったそうだ」

「それって、こっそり消されたってことですか?」

「だから本当に物騒だなあ!」


 気持ちはわかるけどさ。

 正直、おれとしてはあいつにこれ以上関わりたくない、忘れたいという気持ちの方が強いのだ。

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