第42話 答え合わせ

 朝帰りで屋敷に帰ると、玄関のドアを開けたところでアオイに出迎えられた。

 正確には、体当たりされた。


 見事なタックルで、軍で身体を鍛えたおれでも吹き飛ばされそうになったほどだ。

 おれのお腹に顔をうずめて号泣するアオイに、おれは困り顔で首を横に振る。


「いったい何があった。メイシェラ、知っているか?」

「兄さんに捨てられた、って思ったみたいですね。ずっと暗い顔をしていたんですよ」

「あー、昨日の今日、だもんな。それは、すまなかった」


 おれはアオイをなんとか宥め、寝室のある二階にあがる。

 アオイはおれの服の端を掴んで放さず、ずっとついてきて、おれが寝室のベッドに横になるとその横で丸くなった。


「猫か!」

「そういえばこの星、猫、いませんね」

「あれ侵略型外来種だからな……。いくつか抜け道はあるが、基本的には帝都から持ち出し禁止だ」


 ちなみにその抜け道というのは、たとえば知性化して人権を持たせる、とかそういうヤツである。

 現在はみだりに生き物を知性化することが禁じられているから論外ということだ。


 メイシェラがアオイを引き剥がそうとするも、AI少女はがんとしておれのそばから離れようとしない。

 仕方がないので、メイシェラには彼女を放っておくように指示して、おれは意識を手放す。


 うん、アオイがベッドを温めてくれたおかげで、ちょうどいいぬくもりだ。

 おやすみ~。


「ちょっと、兄さん! ああ、もう、こうなったらテコでも起きないんですから!」


 いや、殺気とか感じればすぐ起きるよ。



        ※



 起きると、この星の太陽が南中するくらいの時間だった。

 おれのそばでは、身体を丸めて心地よい寝息を立てる、アオイの姿がある。


 おれがベッドから起き上がると、気配を感じたのか、アオイももぞもぞと身体を動かし、目を開く。

 またおれの服の端を握ってついてこようとする。


「トイレだ。さすがに待っていてくれ。逃げたりしないから」

「うーっ」

「アオイは賢い子だ。待てるよな」

「うううっ」


 感情が高まった結果、言語中枢がやられたらしい。

 とにかく、なんとか待っていて貰って用事を済ませ、アオイと共に階下へ向かった。


「歩きにくいんだが……」

「パパぁ」

「あーもう、仕方がないな」


 応接室のソファに腰を下ろすと、アオイはおれの膝の上にちょこんと乗ってきた。

 ちょこん、といっても彼女の身体は成人女性と変わらないくらい大きい。


 いや、重くはないんだが、それはそれとして邪魔である。

 両腕で脇から持ち上げて横に退かせる。


 するとアオイは、ひしっ、とおれに抱きついてきた。


「そんなに寂しかったのか」

「んー、悲しかった。パパといっしょがいい」

「そもそも、何でおれがパパなんだ?」

「パパは、パパだよ」


 彼女の存在は何もかもが謎だ。

 ちなみに彼女が分身を帝都に送った際、軍の機密データベースも漁ったらしいが、彼女の情報はまったく出てこなかったという。


 危ないから二度としないように、と注意した。

 いやほんと、いまの情勢で軍を刺激したりしたら、どう転ぶかわからないんだからさあ……。


「そういえば、アオイ。帝都でいろいろ調べた中で、こういうものはなかったか?」


 試しに、と昨日、トレーナが持ってきた話について何か追加情報はないかと訊ねてみた。

 アオイは、うーん、と天井を見上げた後……。


「パパは、アオイが知っていたら嬉しい?」

「そうだな、嬉しいが、だからっていまから情報を集めたりするのはナシだ」


 また帝都に分身を送ったら往復で二週間かかるし、次も無事にデータベースに侵入し帰還できるとも限らない。

 いやむしろ、攻勢ウイルスとして追跡され、始末され、そのうえでこの屋敷まで公安さんがやってくる可能性の方が高い。


 公安さんならいい方で、暗殺者の可能性も充分にあるのだ。

 そう、言い含めておく。


「えーとね、いまある情報だけだと、あんまりわからないの」

「そうか。うん、まあ、別にそれでいい。わからないなら、無理に知りたくもない」

「でもその情勢をつくったひとは知ってる」

「ちょっと待って」


 それはわかるんかい。

 いやまあ、摂政の失脚をひとりで演出した彼女のちからを考えれば不可能ではないことはわかるが……。


 どうする? 聞くか? いや、でも……そもそも正しいとも限らないし……だが万一ということもある、いちおう知っておくべきことでは……。

 と葛藤していると、アオイはあっさりと口を開き。


 その名前を、口にした。


「そうか」


 おれは肩を落とした。

 その名前が出てくる可能性は少し考えていたし、動機は充分だったから、そういうこともあろうと思っていたのだ。


 だからといって、あの方に、そんな危ないことはして欲しくなかった。

 きっとそれは、前陛下も望んでいなかっただろうことなのである。


前陛下の王配あのかたがなあ」


 優しい方だった。

 前陛下が存命の間は、けっして政治に口を出したりしなかった。


 それでも、今回は……。

 孫たちを思っての行動か。


 おれは深いため息をつく。


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