第41話 有能な副官(2)
「結論から言うと、おれにはこの均衡が容易には崩れないように見える。誰かが意図的に各勢力を拮抗させて、誰も抜け駆けできないようにしている感じだ」
「誰かが、っていったい誰が……」
「あの方は、こういうの得意だったんだよなあ」
その言葉に、総督とトレーナがはっとする。
「前陛下が?」
「孫のための置き土産、にしたって自分が死んだ後のことをここまで正確に予測して手を打つなんてこと、いくらあの方でも難しい気がする」
「じゃあ、いったい誰が」
「わからん。情報が足りん。これはカンだが、摂政がやったことじゃない。あいつはここまで複雑な仕掛けはしない」
できない、ではなく、しない、である。
罷免された摂政は政敵を打ち破ることにかけて比類無き才の持ち主だが、戦力の拮抗を念頭に置いた行動はしないタイプなのだ。
端的に言って、敵は倒すもの、という観念が強いのである。
だからこそ、おれも速攻で放逐された。
あの方に忠誠を誓えない帝国軍には以前ほど魅力を感じていなかったし、あえてそうなるよう持っていった部分もあるんだけど……。
「ゼンジ、この仕掛けは、あなたが帝国軍を離れたからこそ成功した。あなたがいる限り提督府はあなたの一強で、そこに誰かが手を入れる余地はないわ」
「そうだな。だからあの方が、って線も薄いと考えられる。……いや、どうかな。あの方はおれが軍を辞めるところまで予期していたかもしれない」
じゃなきゃ、あの方のことだ、自分が長くないとわかった時点でおれに孫のことを託していただろう。
そうしたらきっと、おれは……うん、あの方の最後の願いを全力で聞き届けないはずがない。
おれが考えていることはトレーナもそこまでは理解しているのだろう、「そうよね」と素直に納得した様子である。
「でも、じゃあいっそう、誰が、というのが問題になるわ」
「実は、それほど問題じゃないんだ。だって、それが誰であろうが、いまこの形になっているなら帝国はおおきな問題が起こらない」
「軍の対立によって機能不全が深刻化しても?」
「周辺の大国同士が結託して大規模な侵攻を企てているならともかく、辺境でちょっといざこざがあるくらいなら何とかなるだろ」
現在の帝国はおおむね安定している。
それは対外的なものもそうで、単純にあの方の治世の結果、帝国は比類無き強大な国家になったからである。
もちろん、おれもそれに少しは貢献している。
伊達や酔狂で連戦連勝はできない。
「誰のもくろみであれ、摂政が失脚すればこうなる、というところまで絵図を描いたのは見事で、その結果がいまこうして出ている。なら、それでいいじゃないか」
「知らない誰かの手で操られているという気分、ひどく気味が悪いわ」
「それは本当にそう」
気持ち悪い、という感情的な問題はもちろんある。
だからいまのおれの推察は、きっと公表しない方がいいことだ。
誰だって、世の全てを知る必要なんてない。
自分のまわりのことだけわかっていれば、たいていの者にとってはそれがいちばんの幸せなのである。
それじゃどうしても我慢できないような奴らが集まるのが大学とかなんだけどね。
おれが
「あと、そもそもこの均衡がずっと続くとも限らない」
「それはそうね。どこかの誰かがひとつヘマをするだけで、バランスなんて簡単に崩れる。理屈だけではものごとは動かない」
「だから、きっとチャンスがあるとしたら、そこなんだ。バランサーを自認してこの状態をつくり上げた誰かは、計算外のヘマを警戒しているはずだから……」
「そういうこと。誰かのヘマの帳尻を合わせるために、動く」
「ああ。そこで誰がバランサーなのかを知ればいい。その上で、協調するなり排除するなり……あとはそっちで、勝手にやってくれ」
「わかったわ。ありがとう、ゼンジ。恩に着る。お礼は、また今度」
トレーナは、軽く手を振ると、慌ただしく出ていく。
今日の定期便の出発はもう終わってると思うんだが……もしや専用の快速艇とか持ってきているのか?
提督府の誰かの入れ知恵なら、それも充分、考えられるか……。
やれやれ、である。
「いやはや、よくもまあ、聞きたくもない話を聞かせてくれたな」
総督には、怨みがましい目で睨まれた。
おれは、あえてさわやかな笑顔を見せる。
「人生、なにごとも経験、だろ」
「知らなくてもいいことがある、ってさっき言ったばかりだろうに」
「総督っていうのは、都合の悪いことから耳を塞いでいい立場なのかねえ」
総督は舌打ちして、「呑みに行くぞ」とおれの肩を叩く。
「待ってくれ、今日は義妹とデートなんだよ。このまま小型艇で帰宅するんだ」
「仕事ができた、と断れ」
「たしかにきみには迷惑をかけたし、ちからになりたいとは思っているが!」
「じゃあいいだろ。話さなきゃいけないことがいろいろあるんだよ!」
ちっ、情報があるなら仕方がない。
おれは泣く泣く、端末を起動してメイシェラに連絡を入れた。
メイシェラは深い深いため息をついた末、「わかりました。埋め合わせは次の機会に、ですからね」という条件付きで了承してくれた。
「帰りの足はどうしますか、兄さん」
「総督閣下が責任を持って用意してくれるさ」
「では、わたしは先に帰ります。無理はせず、何なら一泊してきてくださいね」
小型艇は自動運転とはいえ、夜に大陸から大陸へ海を渡って移動するのは事故が怖い、か。
総督はさっそく業務の終わりを部下に連絡し、うきうきした顔で飲み屋の予約を入れはじめた。
あー、個室で話さなきゃいけないことがあるのね。
わかったよ、こうなったらもうとことんまで聞いてやらぁ!
そういうわけでおれたちは夜の街に消えていき……。
翌日の朝まで、呑み明かした。
いやちょっと、もう若くないんだからこういうのは次からやめよう……。
うっぷ。
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