第40話 有能な副官(1)

 総督府の百階で総督と共におれを待ち構えていた軍服の女性の名は、トレーナ・イスヴィル。

 おれが軍を辞めたときは少佐だったのだが、いま胸の勲章は中佐になっていた。


 おれと同期で、ずっとおれの副官だった人物である。

 有能で、おれの指示する無茶に文句ひとつ言わずつきあってくれた人物でもある。


 いや、嘘、文句はめちゃくちゃ言われたわ。

 愚痴りつつも、ずっとサポートしてくれた、に訂正しよう。


「ゼンジ」


 イスヴィル中佐の声色が、プライベートモードになる。


「摂政の失脚については、ご存じよね」

「ああ、トレーナ。ニュースは見た。中央は大変だって話だろう。提督府の者がこんな辺境に来ていていいのか」

「ゼンジに会いに行くって言ったら、喜んで休暇をくれたわ」


 何で?

 おれの考えが顔に出ていたのだろうか、彼女の口の端が皮肉そうにつり上げる。


「これからどうすればいいのか、ゼンジに聞いてきてくれって」

「おれがわかるわけないだろう。軍を引退してこの星に引っ越してくるなら、そこの総督殿に聞いてくれ」

「そうね、ゼンジが歓迎してくれるっていうなら辞表を叩きつけそうな顔には、いくつも心当たりがあるわ」


 何で?


「本気でわからない? あなた、それだけ慕われていたってこと」

「提督府では、皆に無茶ぶりばかりしていた気がするが……」

「先帝陛下からのご命令でね。それくらい、みんなわかっていたわよ。そもそも先帝は、それだけの成果は上げていた」


 まあ、うん、それはそう。

 あの方の手腕がなければ、帝国のいまの繁栄はない。


「幼いいまの陛下を支えるのが我々の役目。それはわかっているつもり。でも、仕事にはやりがいが必要よ。帝国軍であってもそれは変わらない」

「やりがいが、ないのか」

「軍の意思決定システムが、この短期間で骨抜きにされたわ。他ならぬ摂政殿のおかげでね。摂政殿は失脚したけど、あの方が置いた文官たちが帝国を好き放題に動かせるようになってしまった」


 帝都はそんなことになっていたのか。

 摂政のヤツ、あらかじめそこまで計算していて、一気に改革を進めたんだろうなあ。


「摂政が後ろ盾だった文官たちは、どうして一緒に失職していないんだ」

「彼らは陛下にいろいろと吹き込んだのよ。汚らわしい摂政が座っていた席に、今度は自分たちが座るために」

「飼い犬に手を噛まれたのか」


 しかもそれ、経緯から考えると情報流出から数時間で動いてるよな。

 手下たちの耳の早さと動きの早さ、優秀ではある。


「で、いまの帝都の状況はね。摂政の部下だったその文官たちが三つの勢力に分かれて、互いに新しい摂政になるべくしのぎを削っているってところ」

「わかりやすい状況説明、ありがとう。最悪じゃないか、それ」

「最悪よ。ちなみに軍もそれぞれの文官の下に分かれたわ。帝国を守る盾が聞いて呆れる状況ね」


 ちなみにこの話の途中から、我らが総督殿は耳を塞いで、しきりに首を横に振っている。

 うるせえ、きさまも聞け、情報は共有するんだよ!


「この星を守るためにも中央の情報は有用だろう?」

「こんな辺境で中央の情報が必要なときは、もう手遅れだ!」

「まあまあそう言わず、知らないよりは知っておいた方がいい」

「知らなければ何もかも終わった後でした、で済むだろう! だいたいゼンジ、きみはいつもそうだ! 外野を巻き込んで騒ぎを大きくする!」


 だって騒ぎを大きくした方が結果的に素早く解決するんだもん。

 おれと総督が喧嘩していると、トレーナがくすくす笑う。


「昔のままね、そういうところは」

「おっと、トレーナ。いま少し馬鹿にした?」

「そうやって提督府で馬鹿をやっていた頃が懐かしい、という話よ」


 まだ半年も経っていないんだけどな。

 たったそれだけの時間で、いろいろなことがありすぎた。


 と――総督が、これみよがしの咳をする。

 トレーナが総督を睨んだ。


「で、辺境のちいさな星としてはだね。内戦になるのか、その前に止まるのか、だけでも聞きたいんだが」

「それがわかったら苦労はしないわ、総督殿。だからこうして、ゼンジに助言を求めて来たんじゃない」

「おれがわかるわけないだろ! 各勢力のデータもないんだぞ!」

「持ってきたわよ」


 トレーナが端末を取り出し、総督室のホロモニターに各種データを表示する。

 ちょっと待って、それ帝国軍の最重要機密じゃない? 絶対、ここに映していい奴じゃないよね?


「心配しなくても、監視カメラは全て切ってあるわ」

「え、いつの間に?」


 総督が驚いている。

 おいおい、あんたも知らなかったんかい。


 しかし、こりゃ……三勢力とも、ギリギリのバランスで均衡が保たれているなあ。

 迂闊なことをしなけりゃ、どこも手を出せないだろ。


 あまりにも絶妙に勢力が拮抗している。

 見事と言う他ない。


「これを仕掛けたのは、誰だ?」


 おれは、思わず呟いていた。

 トレーナが片眉をつり上げる。


「どういうこと?」

「勢力の均衡が取れすぎている。人為的に、あえて拮抗するように整えたとしか思えないよ。これができる奴って、どういう立場の人間だ?」


 ふと見れば、トレーナも総督も絶句しておれを凝視していた。

 あれ、どうした?


「ちょっと見ただけで、そこまでわかるのね。辺境までやって来た甲斐があったわ」


 トレーナがおおきなため息をつく。


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