第15話 エルフと魔法(4)
リターニアと共に、もう一度屋敷に戻った。
応接室には先客がいた。
暴食を司るプリン盗み食い赤竜である。
つまりはまあ、ホルンが勝手に冷蔵庫を開け、プリンを貪っていたのであった。
ソファの上にあぐらをかき、ご機嫌で鼻歌を歌いながら。
あのメロディは、最近うちの銀河ネットで見ていたドラマの主題歌だな。
エルフの少女は、顔を真っ赤にして、身体を硬直させている。
一方のホルンは、平然とした態度でスプーンを持ち上げ、おれに挨拶してくる。
「失礼しておる」
「本当に失礼だな、おまえは。せめて、メイシェラにひとこと断ってから冷蔵庫を開けろ」
「何やら忙しそうだったのでな」
リターニアがぷるぷる震えている。
いやあ、耳まで真っ赤だなあ。
「あ、あ、あの、ゼンジさま。もしかして、こちらの方は……」
「紹介しよう。勝手にあがりこんでプリンを食べているこの失礼な奴は、ホルンという名の駄竜だ」
「駄竜とはなんじゃ、駄竜とは。せっかく用事が早めに片づいたから、こうして顔を出してやったというのに」
「プリンを食べたかっただけだろう」
「うむ! 一日二個までと言われておるからな! 毎日食べねば損である!」
とてもにこやかな笑顔である。
元気があるのは、たいへんよろしい。
呑気にそんなことを考えていたら、真っ赤になったリターニアに手を引っ張られ、廊下に連行された。
おおっと、どうしたんだ、いったい。
「竜を相手に、なんという口を利いているのですか! 命が惜しくないのですか、ゼンジさまは!」
「ああ、そういえばエルフにとって、竜は神さまみたいな存在なんだっけ」
「みたい、ではありません。わたくしどもが崇め奉る存在です!」
うん、それな。
なんかホルンによると、「そういう堅苦しいのは苦手」なんだそうだけども。
「向こうは何も気にしてないぞ」
「あの女性の姿は仮のものです。あの方が一息吹けば、この屋敷ごと吹き飛びます」
「それは知ってる。赤竜の姿のあいつと共闘したことがあるからな」
数日前の大捕物の話をしてやったところ、リターニアの顔が、今は真っ青になった。
赤くなったり青くなったり、忙しいやつだ。
「わたくしどものお膝元でそのようなことがあったとは……。何も知らず、竜の子らが攫われていたとは、まことに不覚です」
「成竜も少しは子どもたちを気にするって話だから、これからは大丈夫じゃないか」
「ゼンジさまのご尽力に、我が国の一同を代表して深い感謝を。ですが、密猟者に気づかなかったのは痛恨です。ああ、改めて竜のみなさんに謝罪しなくては……」
そういうところだぞ。
エルフの堅苦しいところが苦手っていわれるの、いまならよくわかる。
「ふむ、おぬしは少々、難しく考えすぎであるな」
ふと横を見れば、ホルンはいつの間にかおれとリターニアのそばにいた。
リターニアが、ひああっ、と気の抜けるような悲鳴をあげてのけぞる。
「よい、かしこまるな。怯えるな。われは、なにもせぬ」
「は、はい……」
「われのことなど、そこらの赤子と同じでよいのだ」
それはそれで、どうなんだ。
そんな乳のでかい赤子がいてたまるか。
「ヒトの前に姿を現すときは、この姿の方がなにかと都合がいいのだ。なにかと侮ってくれるし、鼻の下を伸ばした者がおごってくれたりもする」
「現金なヤツだなあ。少しでも心得があれば、おまえの佇まいを警戒すると思うが」
「それができぬような輩だから、竜を侮るのであろうな。まあ、最近は宇宙港の近くには姿を現さぬようにしておるが」
そりゃあな。
この星の奴らは当然のように理解しているだろうが、宇宙から来た一見さんには、竜の本質について理解していない輩もいるだろう。
更迭された総督も、さぞ胃が痛かっただろうさ。
それが何で、密猟者と手を組むなんて方向に走ったのかはよくわからないが……。
「まあ、でもそうか。エルフの魔法の基盤は竜が張り巡らせた”繭”だから、そりゃ神と言ってもいい存在か……」
「われらにとっては、通常のちからの行使の範囲。移動のついでにできただけの副産物。言い方は悪いが、糞のようなものなのじゃが」
「本当に言い方が悪いぞ。あと食事中にシモの話題はマナー違反だからな」
「むう、すまぬ。謝罪しよう」
おれに対して、ぺこりと頭を下げるホルン。
それを見て、また目を丸くするリターニア。
「おお、なんと、恐れ多い……」
「まあ、少なくともこの家の中ではこれが普通だ。慣れてくれ」
「む、むむむ、難しいですね……」
エルフは耳をぺたんと横にして、しきりに首をひねっている。
これまでの彼女の中の常識が、がらがらと音を立てて崩れ去っているのだろう。
その常識、さっさと全部壊した方がいいと思うんだけどな。
おれがこれまで会った
「そもそも、ゼンジよ。おぬしがだいぶこう、不遜というか、物怖じしない輩であるな」
「陛下の命令であっちこっちに行かされて、いろいろな目に遭ったんだよ」
「例の卵もそうだが、われらのような存在とも交渉したのか」
「だいたいの場合、交渉したのはおれじゃないよ、それ専門の奴らがいた。たまに、直接やらされる羽目になったりもしたけど」
理不尽が現実にかたちを得たような存在が、
命からがら逃げ帰ったようなことも、一度や二度ではない。
「ホルンはいいやつだよ、ほんと」
「で、あろう。われは褒められると嬉しいぞ。もっと褒めるがよい」
けらけら笑うホルン。
それを見て、百面相をしているリターニア。
今日も我が家は平和である。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます