第16話 エルフと魔法(5)

 リターニアは、我が家を頻繁に訪れるようになった。

 何をしているかといえば、応接室に設置してある壁掛けの巨大モニターで、銀河ネットのドラマを熱心に見ているのだ。


「わたくしの国には、あまりこういうものがありません。とても新鮮です」

「エルフについて調べたけど、機械を厭う文明ってわけでもなかったような気がするんだが……」

「そもそも、普人に興味のない方が多いのです」

「普人?」

「あっ、失礼いたしました。我々エルフから見た、原型アーキタイプの方々のことです」

「環境適応人類ではない者たち、という解釈でいいのか」

「はい。もっとも、現在では、我々エルフ以外の人類、という意味で使われることもございます」


 別におれもリターニアも、まったく遺伝子改造されていないわけじゃないんだけどな。

 いまの時代、多少ながらも病気や怪我に強くなる程度の遺伝子改造は常識の範疇だ。


 そのうえで、おれは軍に入る際に肉体強化措置を受けている。

 これも、希望して金を積めば軍人じゃなくても受けられる程度の、常識的なもののひとつだ。


「きみは違うのか、リターニア」

「わたくしは幼いころ、少し理由があって普人の町におりました」


 エルフたちが普人に対して興味を抱かないというわけではない。

 ただ彼ら多くが己の国に引きこもっているが故、外部のことを知らないだけなのだ。


 そして目の前の、いっけん子どものように見える人物は、そういった刷り込みが為されていないが故に、普人にも相応の興味を持っている、と。

 だからこそ、幼き日、陛下の友であり得たのだろうか。


「この屋敷でしばらく暮らしていた、ということもあります」

「うん? 暮らしていた?」


 ちょっと待て、雲行きが変わってきたぞ。

 陛下は当時でも皇位継承順位がかなり高い方だったはず。


 そんな人物の屋敷で暮らしていた?

 おれは目の前の、きょとんとしている人物をじっと見つめた。


「ど、どうかいたしましたか」

「きみ、ひょっとして、きみの国ではけっこう重要な地位についていたりするのか」

「申し忘れておりましたか。これはたいへんな失礼をいたしました。わたくしの父はテリンの王をしております」


 ほへえ、とばかりに首をかしげるリターニア。

 うん、初耳だからな。


「テリン?」

「北方の森にある、わたくしの国です」

「その王が、きみの父上? つまり、エルフの国の王女さま?」

「あくまでも、この大陸のエルフたちが住む国、でございますが」


 彼女が語るには、他の大陸にも別のエルフの国があるそうだが、特に険悪だとか戦争をしているとかではなく、単純に疎遠であるらしい。

 もっとも現在では、エルフの各国で共同会議を開き、その結果を総督のもとに上奏することで、この惑星を間接的に統治している。


 総督がお飾り、というのはこのあたりにある。

 いちおうは陛下の代理人だから、非常時にはいろいろ権限がつくんだけどな……。


 そのあたりは、いまはいい。

 おれはリターニアに頭を下げた。


「姫さま、これまでの失礼をお許しください」

「おやめください、ゼンジさま。いままで通り、楽な言葉遣いで結構でございます」

「じゃあ、そうさせてもらう。いいのか、毎日、ここでサボっていて」

「サボっているわけではございません。おそれおおくも竜を見守らせていただくという重責を担っております」


 リターニアは、えっへんと胸を張る。

 それにしても、竜を見守る、ねえ。


 いやまあ、この屋敷に毎日ホルンが訪れているのは、その通りだが。

 プリンを食べてメイシェラと雑談するために、だけどな……。


 で、目の前の王女は、毎日ドラマを見るためにやって来るという。

 ちなみに彼女が銀河ネットのドラマにハマったきっかけは、前女帝陛下を描いたドラマだ。


「脚色されまくっているからすべてを信じたりするなよ」


 と前置きした上で見せたところ、めちゃくちゃ集中してホロに見入ってしまい、一話一時間の全二十四話を二日で見終わってしまった。

 ちなみに、ドラマにはおれがモデルのキャラも出てくるのだが……。


「ゼンジさま、この提督さん、少々格好が良すぎではございませんか」

「だから言っただろ、脚色されまくってるって」

「超巨大タコ型戦艦との手に汗握る艦隊戦も、でしょうか?」

「それは……実際にあった出来事です……」


 みたいな会話をしながらの視聴で、おれの心にはたいそうのダメージが入ったものである。

 で、それ以来、彼女はすっかり銀河ネットの各種ドラマシリーズにハマってしまったのであった。


 いま見ていたのは、何かよく知らない高次元知性体オーヴァーロードとヒトの女性とのメロドラマである。

 ちょうど全八話の一シーズンが終わったところであった。


「このドラマ、続きはないのでございましょうか」

「知らん。おーい、メイシェラーっ」

「あ、兄さん、そのドラマって不人気で打ち切りなんですよ」


 洗濯物を片づけながら通りがかったメイシェラに訊ねてみたところ、そんな返事が返ってきた。

 家事なんてドローンに任せてしまえばいいと思うが、そこは「兄さんの服はわたしが!」と強く希望されているのだ。


 打ち切りと聞いて、王女殿下はテーブルにばたんと全身を打ちつけ、そのままぴくぴく痙攣してしまう。

 よほど気に入っていたのだろうか。


「ヒロインが崖から落ちるところで終わり、なのですよ!?」

「クリフハンガーか。あー、そうだよな、おれたちにとっては慣れた刺激でも、こういうドラマに慣れていなければそうか……」


 おれはおれで、同じ応接室にいてもタブレットで本を読んでいて全然画面を見ていなかったから、ドラマの展開とか知らなかったんだよ。

 特に興味もないし……。


「次はどれを見ましょうか……。おや、こちらの方のタイトル、暗くなっておりますね。選択できません」

「あ、それは追加課金しないと駄目なやつだな。見たいなら課金するが」

「毎日お邪魔しておりますのに、わざわざそこまでは……。では、こちらの仙公さんシリーズにいたしましょう」


 そんな遠慮をする気持ちがあったのか。

 というか、お邪魔している意識はあったんだな。


 ちなみに仙公さんシリーズは七百シーズンくらい続いているから沼だぞ。

 仙公という子どもにも大人気のキャラクターが各星を旅して頓智で事件を解決する物語で、グッズの売り上げもすごいことになっている。


 この仙公には実在のモデルがいて……。

 いやまあ、その話は別にしなくていいか。


「むっ、何でございますか、その目は。申したいことがございましたら、はっきり申してくださいませ」

「わかってるならいいんだ」

「むうっ」


 ぷくう、と頬をふくらませるリターニア。

 まあ、毎日が楽しそうで何よりである。

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