第13話 エルフと魔法(2)

 密猟者たちを捕まえてから数日後の、よく晴れた日の昼日中。

 おれは屋敷の応接間、テーブルの上に立体スクリーンを広げていた。


 中央から七日遅れで更新される銀河ネット上のニュースをざっと眺めているのだ。

 相変わらず、帝国は各地で紛争の種を抱え、辺境では他国とのつばぜり合いを繰り広げている。


 おれがまだ提督府に残っていれば、多忙を極めていたことだろう。

 つくづく、追い出されてよかった……。


 などと考えていたところ。

 今日もメイド服を着たメイシェラが、浮かない表情でやってきた。


「兄さん、今日は来客の予定がありましたか?」

「ホルンは、今日は来ないと言っていたから……他に心当たりはないな。どうした」

「屋敷の外で、こちらを窺っている方が」


 近隣の住民だろうか、とまず考え、このあたりは周辺何十キロも無人であることを思い出す。

 こんな僻地にわざわざ訊ねてくる奴には、間違いなく何か理由があるに違いない。


「様子を見てこよう。メイシェラはここで待っていてくれ」

「わたしも行きます」

「自重してくれ。相手が害意を持っていないとは限らない」


 そう言うと、不承不承、納得してくれた。

 おれが自分で自分の身を守れることは彼女もよく承知しているし、その際、身体強化のひとつもしていない彼女では足手まといになりかねないとも理解しているのだ。


 くだんの人物は、監視カメラで確認できない程度には離れたところにいるとのことである。

 おれは外に出た。


 今日は雲ひとつない快晴で、太陽の光はまぶしいくらいだ。

 人影を捜して――。


 いた。

 丘の下、森のはずれから、ぼうっとした様子でこちらを見上げている人物が。


 子どものように見える。

 十三か十四か、それくらいの年頃の少女に。


 白髪紅眼で、腰まである長い髪が束ねられぬまま風に流されている。

 自然繊維で手編みされたものとおぼしき藍色の服をまとい、己の背丈より長い杖を手にしていた。


 そして、なにより。

 その耳が長く鋭く尖っていた。


 エルフだ。


 この星でのみ発達した魔法という特殊な技術、それを扱うことに特化した環境適応人類である。

 そのついでに、かなり長命に調整されているらしい。


 普通の個体でも二千年以上、長い個体では三千年を生きるとか。

 ちなみにノーマルな人類の場合、抗老化措置に金をかけても三百年かそこらが限界である。


 その十倍近い寿命とは、たいしたものだ。

 そこまで生きたいかどうかは、また別の話だが。


 かつて、あの方はおっしゃっていた。


「何故、皇族が抗老化措置を行ってはならないと法で定められているか。時代の移り変わりに従って、上の者が変化していかなくては、帝国の根はたちまち腐ってしまう。過去の皇帝は、そう考えたのだろう」


 その法に従い、あの方はノーマルのまま八十年間帝国を統治し、寿命を迎えた。

 跡を継いだのは、唯一あの方の血を繋ぐ、まだ幼い孫で……。


 故に摂政の専横を許してしまった。


「あの……つかぬことをお聞きしますが、現在のこの家の主はあなたでございますか」


 と、考え事をしていたからだろうか。

 いつの間にか、小柄なエルフはこちらとの距離を詰めていた。


 二十歩ほどの距離で、小首をかしげて話しかけて、こちらを見上げてくる。

 おれは一瞬、彼女の言葉の意味がわからず、目をぱちくりさせて――。


 少し考えて、納得する。


「はい。ゼンジ・ラグナイグナと申します。陛下から屋敷と丘一帯を下賜され、この地に移住いたしました」

「やはり!」


 女は、ぱっと明るい顔になった。

 ぽんと手を叩く。


「イリヤのお手紙にあった、ゼンジ提督ですね」

「元提督、です。あの、陛下の手紙、ですか」


 女帝イリヤ。

 陛下のことを名前で呼ぶ者は、おれの知る限り王配のあの方くらいであったが……。


 陛下はかつて、こんなことを言っていた。

 もう何十年も会っていない友人がいる、と。


 その友人とは、古式な紙の手紙を使ってやりとりしているのだと。


「はい。イリヤとは時折、お手紙を交換しておりました。ここ最近はよくあなたのお名前がよく出てきておりまして、いったいどのようなお方なのでしょうと、お会いできる日を楽しみにしておりました」


 エルフは、おれのことを舐めるように眺めまわした後、またにぱっと笑顔をつくった。

 深々と、頭を下げてくる。


「よろしくお願い申し上げます。わたくしは、リターニア。親しみを込めて、リタと呼んでくださいませ。あのひとも、わたくしをそう呼んでおりました」

「よろしく、リタ。おれも、陛下からお聞きしたことがあります。幼き日に遊んだ、友人の話を」

「イリヤの葬儀にもお招きされておりましたが、わたくしにはこの星を出る勇気がございませんでした。たいへんな不義理をいたしました」

「あの方は、そんなこと気にしませんよ。どうかお入りください」


 そう、思い出したのだ、ありし日の陛下がエルフの少女と出会い、共に青春の日々を過ごしたという話を。

 そのときに、その少女から竜の話や魔法の話を聞いた、と楽しそうに語っていた。


 だから、うん、きっと。

 これは、そういうことなのだろう。


 はたして。

 屋敷の応接室に案内されたエルフは、懐かしそうに、年季の入った家具調度を眺める。


「あの頃のままです。イリヤはここに帰って来たいと手紙に書いておりました。ですが、ご子息とお孫さんが亡くなって、退位の目処が立たなくなったと……」

「あれは不幸な事故でした」


 ちなみに前女帝の王配は存命だが、政治的には無力化され、実質的な幽閉状態だ。

 あの方の気まぐれに翻弄された彼とは、よく酒を酌み交わした仲である。


「結局、帝国はひ孫さんがお継ぎになったとお聞きしました。いま、おいくつでございましょうか」

「九つです」

「まだハイハイしているようなお年ですね……」

「エルフはそうかもしれませんが、ノーマルの市民ならひとりで学校に通っていますよ」

「それでも、帝国を継ぐには少々早すぎるのではございませんか」


 それは、そうだ。

 ましてや女帝イリヤは偉大な指導者だったのだから、その後を継ぐというのは大変な重圧であろう。


 だから摂政という役目が必要だった。

 それがよりによってあいつだったのが、すべての不幸なのである。


 メイシェラの淹れてくれた紅茶を飲みながら、おれとリターニアは応接室のソファに腰を下ろして会話する。

 エルフの女は、慣れた様子で棚からブランデーの瓶を取り出すと、少しだけ紅茶に垂らし後、「あっ」と声をあげた。


「申し訳ございません、この家のものは、もうあなた方のものです。それがついつい、昔と同じつもりで……」

「構いませんよ。おれは、あまり酒は呑まない方です。そこのメイシェラはまだ未成年ですし」


 っていうか、子どもの姿なのに平然とお酒を入れるんだな……。

 まあ、一部の環境適応人類はアルコールなんて簡単に分解すると聞くが。


 この屋敷に入ってからの手慣れた彼女の様子に、ああ本当にこの人物はあの方と親しかったのだな、と納得する。

 胸が熱くなる。


 あの方を想って、ずっと待っていてくれた者がいた。

 あの方を帝国の指導者ではなく、ひとりのヒトとして理解してくれていた者がいた。


 リターニアは、ならば遠慮なく、と改めて紅茶の香りを楽しんだ後、中の液体を少し口に含んだ。


「たいへん、おいしゅうございます。妹君は、紅茶を淹れるのがお上手なのですね」

「ありがとうございます、リターニアさん」

「わたくしのことは、リタで構いません」

「わかりました、リタさん。是非、また来てくださいね。今度は他のお菓子もつくっておきますから」

「まあ、楽しみです」


 勝手に再訪の約束まで交わしている。

 いや、いいけどね別に。


「ところで、リタはこの近くにお住まいで?」

「二百キロほど離れた森の中に、わたくしたちの町があるのです。飛んでくれば、それほど時間はかかりません」


 小型艇でも持っているのだろうか。


「ええと、ご自分の足で?」

「空を飛びます。一時間くらいでしょうか」


 エルフたちは魔法で飛ぶ。

 時速二百キロということである。


 一部の鳥はそれくらいの速度を出すと聞くが、ヒトが生身で出せる数字ではない。

 無論、軍には極限まで肉体改造手術をほどこした兵士もいたし、そういった者たちならばやってやれないこともないだろうが……。


 陛下の言葉が正しければ、彼女たちエルフはそれを何の肉体改造もうけず、生身でやってのけるのだ。


「魔法、ですか」

「興味がございますか」

「資料では見ました。ですが、この目で見てみたいとも思います」

「紅茶のお礼に、少し実演させていただきましょう」


 メイシェラも含めた三人で、外に出た。


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