第12話
帝国元帥の座を辞して、これから先の人生が白紙となったばかりの頃である。
提督時代もなにかとお世話になっていた帝都大学の教授が、帝都の我が家に訊ねてきた。
ちなみにこのひと、高次知性体生態物性学の第一人者である。
以前、おれが書いた報文の共同執筆者でもある。
「うちの大学に来ないかね。以前の報文をもとに博士論文を書こうじゃないか! さあ、きみには輝かしい未来が待っている!」
ちなみに帝都大学の理系の博士課程を卒業すれば、貴族に準じる資格を得られる。
それくらいの狭き門ということである。
うちの家はもともと下級貴族なんだけどね。
結局、その誘いは断らざるを得なかった。
なにせ、陛下がお隠れになってからこっち、いろいろあったのだ。
下手に帝都に残っていると、おれの存在そのものが政争の種になりかねなかった。
故に、陛下から賜った惑星フォーラⅡの土地に引っ越すことになった。
で、帝都のライブラリを軽く検索した限りでは、惑星フォーラⅡに関する文献は少なく、またこの星以外で形成された超弦流子胞、すなわち”繭”についての研究もあまり進んでいない。
理由は単純で、帝国が、帝国市民が勝手に
惑星フォーラⅡは例外のひとつなのだが、成体の竜との接触はやはり基本的に禁じられている。
おれのように、向こうから接触してきた場合は別なのだが……そりゃあまあ、迂闊な接触によって竜の不興を買うのは誰にとっても望ましくない事態であるからして、これは当然の措置であった。
おれだって、自分が警備担当者だったら止める。
全力で学者と竜とのコンタクトを制限する。
だから、密猟者たちがやったことは、本当に「これヤバい、マジでヤバい」案件なのだ。
放置していた総督がガチで無能すぎる……。
話を戻す。
おれの第二の人生について、だ。
帝都大学にいなくても、論文は書ける。
ことに、惑星フォーラⅡにはヒトに友好的な
幸いにして、ホルンという考えられる限り最高の相手と友誼を結べた。
たぶん、恩師が知ったら失神するほど喜ぶだろうな……。
しばらく静かに暮らしたいから、まだ伝えないけど。
どうせ、時間はこれから山ほどあるのだから……。
それはそれとして、
※
一連の事件が終わったあとの、とある日の昼、屋敷の応接室にて。
おれはそんなことを、つらつらとホルンに語った。
「なるほどのう。研究、か。われらと、われらのつくった”繭”を研究したい、と」
「”繭”はきみたちからすれば何でもないものかもしれないけど、おれたちヒトからすれば、とんでもなく興味深い代物なんだよ」
「以前も、”繭”に興味を抱いた者たちがいた。彼らを通じて、われらはヒトというものを知った」
「エルフをつくった過去の開拓者だな」
「うむ」
エルフというのは、この星固有の環境適応人類だ。
帝国がこの地を領土とするずっと以前に惑星フォーラⅡにたどり着き、”繭”にアクセスする方法を身に着けたものたちである。
彼らとも接触したいところなんだが、まあそのあたりはおいおい、だ。
「そもそも、おれは子どもの頃、研究者を目指していたんだ。ただ、うちは貴族だが、軍人の家系でね。家を継ぐ、という意味では軍人になる他なかった」
「ふむ」
「幸いにして、軍は勉強が好きな奴に手厚い手当を用意していた。階級が上がるたびに行われる研修、そのついでに大学の単位を取ることができた。そこで知り合った教授と
「よくわからぬが、おぬしが尋常ではない道を辿って地位を得たことは理解した」
「ホルンさんは賢いですね。わたしは未だに、兄さんがあと一歩で博士号を取れるのがどうしてなのか、わかってませんよ」
メイシェラは苦笑いしている。
まあ無理もないよ、おれもよくわかっていないから。
知り合いの教授が帝都大学のルールを最大限に悪用したことだけはわかっているけど。
その人物によれば……。
「きみほど頻繁に、運よく
とのことである。
何を褒められているんだか、本当にわからない。
いいんだけどね。
くだんの研究については、おれも望んだことなのだから。
だから、これはたぶん、はWINーWINの関係なのだろう。
「ま、よかろう。われにできることなら何でも協力しようではないか」
「助かるよ。そのうち、お願いすることがあると思う」
うん、そう。
まだこれから、そのうち、である。
とりあえずは……どこから手をつけるかなあ。
卵の方も何とかしないといけないのだけれど。
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