第10話 密猟者退治(7)

 やれやれ、と……。

 おれは軍の特殊戦闘服に装備された透明化装置ディフレクターを作動させ、足音を殺しながら彼らのそばを通り過ぎていく。


 透明化装置ディフレクターは光を屈折させ、まるで透明になったかのように身を隠す装置だ。

 もっともその性能はさして高くなく、影は消せないし明るい場所ではひどく違和感のある、まるでそこだけ空気が歪んでいるように見えてしまう。


 故に、巨大な赤竜の姿となったホルンが陽動してくれたわけである。

 そう、森の上空で踊っている赤竜は、ホルンの本来の姿であった。


 先日、ホルンと共に銀河ネットの配信番組を見ていた。

 そこでは人類が古から受け継いださまざまな舞踏が紹介されていたのである。


 それが白鳥の湖であり、ソーラン節であった。

 竜がこのアジトを襲えば、幼竜たちに危険が及ぶかもしれない。


 しかしおれが侵入するためには、相手を一時的に混乱させる必要がある。

 故の、舞踏である。


 一度見ただけなのにああして見事に踊ってみせるのは、やっぱり竜の持つ適応能力の高さが故なんだろうか。

 何であんな巨体で、しかも蜥蜴のような身体で、翼まで使って空中でくるくるまわってみせることができるのか、それはよくわからない。


 いやでも、ここまで上手くいくとは思わなかった。

 混乱する洞窟の中、おれは右往左往する密猟者たちに見つからないよう慎重に移動し……。


 ついに、竜たちが閉じ込められている空洞までたどり着いた。


 身の丈五メートル前後の色とりどりの幼竜たちが、金属の拘束具で身体を拘束された状態で転がっていた。

 全部で、五体。


 幸いにして、周囲に密猟者たちの姿はない。

 おれは幼竜の一体に近づき、ホルンから教えられた言葉を耳もとで囁いた。


 ぐったりした様子の幼竜が慌てた様子で顔をあげる。


「しっ、静かに。これからきみたちを助ける」

「あり、がと」

「いま外で暴れている成竜がわかるか。ホルンだ。必ずここの全員を助けるから、待っていろ」


 拘束具の鍵は電子錠だった。

 正直、物理的な鍵だったらマズかったが、電子錠なら簡単だ。


 働き蜂を通して、ロックを解除する。

 かちっとかん高い音がして、幼竜の全身をからめ取っていた拘束具がばらばらにほどけた。


「おい、きさま、そこで何をしている!」


 二体ほどそうして自由にしたところで、密猟者に見つかった。

 双海人が三人、慌てた様子で迫ってくるも――。


「おまえら、きらいっ!」


 おれが何かする前に、自由になった幼竜たちが前に出る。

 突っ込んできた双海人たちが、幼竜の巨体に吹き飛ばされ、洞窟の壁面に激しく衝突した。


 双海人たちは、そのままぐったりと倒れ伏す。

 幼竜たちが、きゃっきゃと喜んで跳ねまわった。


 いくら幼体が弱いといっても、それはあくまで成体と比較した場合だ。

 幼体ですら近隣の生き物たちの頂点に君臨しているからこそ、親たちは幼体の生育に無関心でいられるのだろう。


「落ち着け、静かに! ああもう、興奮してやがる!」


 仕方がない。

 おれは急いで残りの三体の幼竜を解放した。


 その間にも、外からの攻撃で洞窟は激しく揺れている。


「脱出するぞ。あっちの方から――」


 そのとき、ひときわ激しい揺れが起こった。

 立っていられなくて、おれは尻餅をつく。


 壁面が激しい音を立てて崩れ、外の陽光が差し込む。

 幼竜の一体が壁面に突進し、洞窟の壁を破壊したのだ。


「よし、そこから飛び出せ」

「おーっ!」


 幼竜たちが次々と舞い、外に飛び出していく。

 それを見送るおれの方に、ようやく侵入者に気づいた密猟者たちが怒濤のごとく迫ってきた。


 透明化装置ディフレクターはとっくに切れていた。

 もう逃げ隠れすることはできない。


「殺せ、そいつを殺せ!」

「生かして返すな!」


 おれは彼らの方に向き直る。

 腰からひと振りの細長い棒を抜いた。


 軽く手を振ると、棒が長く伸張し、実体剣となる。

 おれが以前から愛用している、おれだけの武器だ。


 何せこの剣、銀河でたったの一本しかない、高次元知性体オーヴァーロードの角の骨を削ったもので……。

 いや、そんなことは今、どうでもいい。


 幼竜たちを解放した以上、もう逃げ隠れする必要はないのだ。


「ちょうどいい。暴れ足りなかったんだ」


 おれはにやりとして、彼らに向かって駆けだした。

 襲ってくる敵の数は、およそ三十人。


「よくも我らの商品を逃がしてくれたな!」

「よくもまあ、どの口でそんなことを……。まあ、おまえらは誰ひとり殺してやらん。生きて罪を償え」


 最初に襲ってきた双海人は手に電磁警棒を握っていた。

 振りかぶった一撃を軽く身をひねってかわし、剣の腹で胴体をなぎ払う。


 双海人の身体が後ろに吹き飛び、いましもおれめがけて銃を放とうとしていたふたりが巻き込まれて倒れ伏す。

 おれは素早く距離を詰めて、洞窟の地面に倒れてもなお銃を握る者たちの腕だけを斬り飛ばした。


「腕がっ! おれの腕があっ!」

「綺麗に斬ってやったから、あとですぐくっつく。おとなしくしていろ」


 続いて、今度は三人まとめて、電磁警棒を握った者たちが襲いかかってきた。

 地面を蹴って、前のめりに加速する。


 一瞬で距離を詰めた。

 彼らの目では、おれの姿が消えたかのような錯覚を覚えただろう。


 おれを見失った次の瞬間には、こちらはもう相手の懐にいる。

 剣を使うまでもない。


 ヒトとしての弱点は環境適応人類でもおおむね同じだ。

 拳を握り、その顎に向けて鋭く振り抜く。


 脳を激しく揺らして、三人は次々と意識を失い倒れ伏す。


「なんだ、あいつは!」

「帝国軍の古式正式剣技エンシェントアーツだ、まさか十剣聖!?」

「馬鹿な、ありえん! そんな者が、何故ここに!?」

十剣聖あいつらだけがこの剣の使い手じゃないんだよ。まあ、薫陶は受けているんだが」


 あっという間に六人が倒れ、残された者たちは慌てた様子で物陰に隠れて銃を構えるも……。

 もう、遅い。


 おれは遮蔽から遮蔽に飛び移りながら距離を詰め、抵抗する密猟者たちを片っ端から始末していく。

 全員を戦闘不能にするまで、五分ほどかかった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る