第4話 密猟者退治(1)

 惑星フォーラⅡの片田舎、丘の上の一軒家に引っ越してきてから四日目。

 妹のメイシェラは朝から上機嫌で、朝食の後にプリンをふたつも出してくれた。


「嬉しいんです。ずっと兄さんが家にいてくれます。兄さんがずっと地上勤務だった五年前を思い出しますね」

「すまなかった」

「いいんです。兄さんは国のために、陛下のために頑張っていたんですから。でもこれからは、もう少しわたしのことも見てください」

「ふむ、つがいの機嫌を取るのは大切なことだ。よく励め」


 そんな兄妹水入らずの空気に水を差したのは、いつの間にか食卓の椅子に座っていた、燃えるように赤いドレスの少女だった。

 竜のホルンである。


 おれたちが彼女の方を見ると、ホルンはなぜか、えっへんとばかりに胸を張った。

 豊満な双丘が大きく揺れる。


「それと、このプリンをいただこう」

「おれとメイシェラはつがいじゃなくて兄妹だし、唐突に現れるなと言っただろう。あとこのプリンはおれのだ」

「大丈夫ですよ、ホルンさん。冷蔵庫にホルンさんのプリンも用意してありますから」


 メイシェラは突然のホルンの登場にも動じた様子を見せず、笑顔でプリンを取りにいった。

 ホルンは上機嫌で、差し出されたプリンのカップを手にする。


 もう片方のその手には、持参したとおぼしき木製のスプーンがいつの間にか握られていた。


「ひょっとして、毎日来るつもりか」

「迷惑か?」

「おれは嬉しいぞ」

「ふむ、われに好意を持つか」

「友好的な高次元知性体オーヴァーロード。ヒトに似たその姿がどれほどヒトを模倣しているのか。どうやってその姿で空間跳躍しているのか。実に興味深い。そもそもきみたちの”繭”は……」


 ずい、と顔を近づけると、ホルンは身をのけぞらせた。


「なんじゃ、おぬし、早口になりおって。少し気持ち悪いぞ」

「おっと、すまん。なるべく我慢していたんだが、つい漏れた」


 ホルンが、メイシェラの方を向く。


「こやつ、ちょっと変わっておるな?」

「兄さん、高次元知性体オーヴァーロードオタクというか……ちょっとそっちに詳しいんですよ」

「ふむ……まあ、よい」

「あとホルンさん、家の中にいきなり現れるのはやめましょう。心臓に悪いですよ」

「よかろう。あとで庭にくさびを打つ」


 くさび、とは転移のための目印であるらしい。

 竜は空間を三次元ではなくもっと高い次元で捉えることが可能で、しかしその場合、彼らがくさびと呼ぶものがなければ転移の際、ピンポイントで現れることができないのであると。


「なるほど、宇宙船のジャンプアンカーのようなものか。重力の歪みを感知している? そうか、重力波は高次元で伝わるから……」


 おれがひとりで納得しているうちに、ホルンはメイシェラの手からプリンを受け取り、上機嫌で上部のカラメルを少しだけスプーンで掬って口に運ぶ。


「うむ、よい。このほんの少し苦い部分が、実によい。下の白い部分との比率で味が変化する。なんと奥の深い菓子か」


 こいつ、プリンの秘奥に気づくとは。

 なかなかやるな?


「多めにつくったので、今日はホルンさんも、もうひとつ食べてもいいですよ」

「なんと」

「おれの分は食べるなよ?」


 ホルンは上機嫌でプリンを二個とも食べ終えると、さて、とおれに向き直った。


「もしかして、プリンを食べに来ただけじゃないのか」

「おぬし、われをなんと心得る」

「プリンが好きな高次元知性体オーヴァーロード

「間違ってはおらぬが、実はわれ、竜の中では少々偉いのだぞ?」

「それは、昨日の時点でだいたいわかってる。きみが帝国の戦艦と戦ったときの映像も見たことがある」

「うむ、あの映像な。きちんと撮影するよう命じた上で、戯れてやったのだ」


 妙にいいアングルで撮れた映像だと思ったけれど、やっぱり仕込みだったか。

 いやまあ、竜のヤバさを帝国軍の者たちに伝えるためには、それが必要だったのだろう。


 仕込みだったとしても、戦艦のバリアと装甲を一撃で貫通しているの、普通にめちゃくちゃヤバいからね。


「あのとき、相互不可侵と、われらとおぬしらの関係が定められた。故にわれらはおぬしらがこの星を管理することについて、口も牙を出さぬ。同時に、おぬしらもわれらに口も牙も出さぬ。そういう取り決めよ」


 うん、そんな感じだ。

 高次元知性体オーヴァーロードに対してできる、帝国の最大限の誠意である。


 武力で高次元知性体オーヴァーロードを抑えることは、まあできなくはないだろうが、その益は少ない。

 それよりは相互不可侵として、帝国は領土という実益を得る方がいい。


 一方、高次元知性体オーヴァーロードは、星がなくても生きていける。

 もっとも、竜たちはこの星に愛着がある様子で、これまでただの一度も星系の外に出たことはないとのことであるが……。


 まあそれはそれとして、くだんの映像の通り竜は真空中でも平気で行動できるし、帝国の技術の粋を集めた戦艦が相手でも勝利する。

 それくらいできなくては高次元知性体オーヴァーロードと認定されることもない、という話ではある。


 故の、相互不可侵。

 幸いなことに、成体となった竜は、ほとんど他人のこと、他の生命体のことにあまり興味を持たないのだという。


 だから、目の前の少女にしか見えないもののれっきとした成竜が、目をきらきらと輝かせてプリンを食べたり、メイシェラのことを目で追ったりしていることが、おれにはどうにも不思議なのである。

 報告書にあった竜の話とは、だいぶ違う。


「われは成竜の中でも少し変わり者、と言われておるよ」


 そんなおれの疑問は、ホルンの言葉で解消されることとなった。


「他の成竜は、幼体のことすら気にかけぬからな」

「幼体が傷ついていても、か」

「故に、狩猟者が現れる。その無関心につけ入って来るのだ」


 その目が、すっと細められた。

 おれの背筋に冷たいものが走る。


 幸いにも、メイシェラは洗い物のため台所に行ったところだった。


「帝国は竜の幼体の狩猟を認めていない。密猟者だ」

「で、あろうな。こちらの警戒を上手くくぐり抜けておる。おぬしたち、大半の帝国人がこの星を丁寧に扱っていることはよく理解しておるのだ。しかし、そうでない不埒者が、まれにやってくる。以前は120年ほど前であった。空の上まで追いかけて船を粉々に砕いてやったのだ。それに懲りて、もう来ないと思ったのだがな……」


 そりゃまあ、120年も経てば、当時の密猟者なんて誰ひとり生きてはいないだろう。

 帝国の人々はそれなりの医療にかかっていれば二百年くらい生きられるが、アウトローの身でそんな待遇は望むべくもない。


 そもそもあいつらすぐ死ぬから、世代交代が早いし。

 つまり、貴重な教訓は失われている可能性が高い、ということだ。


 故に新しい密猟者がこのあたりの宙域に入り込んできた、というあたりだろうか。


「近年だと、一昨日の被害が初めてか?」

「以前から行方不明の幼体がかなりいるとわかった。あれから幼体の数を数えてな。それまでは、おかしいとも思っておらなんだ。先も言ったように、たいていの成竜は幼体にすら興味を持たない。ヒトの中には、竜は生物として進化の袋小路にいる、と語る者もいる」


 たしかに、聞く限り竜のありかたは、通常の生き物のそれとはだいぶ違う。

 昨日、ざっと読んだ報告書によれば、ここ数万年は男女のつがいになる者も減少の一途を辿り、幼体の数もますます少なくなっているのだとか。


 そんな幼体がいなくなっても、何年も気づかない。

 ヒトの感覚では、ちょっと考えられないことである。


 まあそのあたり、数万年、場合によっては数百万年生きた個体すら現存しているという長命の種であるということも一因ではあるのだろうが……。

 ちなみにこの星の一年は、銀河標準時の一年とだいたい同じである。


「この星を管理する者……総督といったか? その者のところにも行った。だがヤツは、相互不可侵故に手を出せぬ、とぬかしおってな」


 一昨日、挨拶した総督の顔を思い出す。

 まるまると太った、臆病な様子の中年男であった。


 ことなかれ主義の官僚、その典型のような相手であったように思う。

 うん、ああいうタイプは本来の庇護下にあるはずの現地民にすら、そういうことを言うのだよなあ。


 で、現地民の不満が溜まりに溜まって、爆発すると真っ先に責任転嫁して逃げるんだ。

 知ってる知ってる、そういう輩の尻拭いで、何度、緊急出撃させられたか……うっ、頭が。


「兄さんも、よく海賊を狩ってましたよね」


 紅茶を淹れて食卓に戻ってきたメイシェラが言う。

 どうにかって言われてもなあ……。


「おぬし、害獣退治の専門家であったか?」

「害獣って……いや、間違ってはいないか」


 いくら退治してもポコポコと湧いてくる点は同じである。


「簡単に言えば、おれは船の船長だったことがあるし、その船を束ねていたこともある。もちろん星の海に乗り出す船だ。でも、いまはそうじゃない。それに密猟者は、辺境のステーションや輸送船を襲う海賊とはだいぶ違うよ」

「うむ、奴らは星の船に乗って来るのだ。われが破壊したこともあるが、きりがない」


 普通、生き物は宇宙船を破壊するなんてできないんですけどね。

 くだんの、赤竜が戦艦と戦う映像を思い出す。


 改めて、目の前で紅茶を飲んでいる少女が規格外の化け物だと認識させられる。

 ところが、その化け物のような少女は、腕組みしたまま、むむむ、と天井を睨みつけていた。


 何か迷いがあるのか。

 口に出したいが、出せないことがあるのか。


 いや、わかっている。

 先に話題が出た通りなのだ。


 総督の言葉通りなのだ。

 この地が帝国領でありながら竜たちが自由に暮らせるのは、帝国と竜が不可侵条約を結んでいるからである。


 この星において、竜は帝国の意向を気にすることなく、好きに生きることができる。

 同時に、竜は帝国の民に積極的な干渉をしてはならない。


 ホルンが総督を通すことなく、おれに直接手助けを求めるのは、この積極的な干渉にあたる可能性があった。


「少し考えさせてくれないか」

「む? ……ふむ、気を使わせてしまったか」

「きみの悩みはわかっている。だけど、いまのおれには部下もいないんだ」


 その日は、それで終わった。

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