第5話 密猟者退治(2)

 高次元知性体オーヴァーロードの特殊物性と生態に関する丙種特記事項の補追。

 軍にいた頃、おれが書いた報文である。


 正確には、帝都大学のとある教授に気に入られ、口説かれ、なかば強引に書かされたものなのだが……。

 いつかきちんとした論文にしたいという気持ちは、ずっと抱えていた。


 子どもの頃、銀河ネットのホロで見たヒトを越える生命のかたち。

 それは幼き日のおれの心に焼きついた、強い憧れ。


 幼年学校通っていた頃のおれは、学者になりたかった。

 背伸びをして超物性体生物学の教科書を読み、ネット上に専門家の講演があると、必ず視聴した。


 長じるにつれ、己の立場というものがわかってきた。

 軍人の家系で裕福というわけでもない我が家では、軍学校に行く以外の選択が難しいことも理解した。


 幸いにして、軍人の才能はあったようだ。

 軍学校を出てから驚異的な速度で出世して、最年少での提督府入りを果たした。


 その過程で、なぜか高次元知性体オーヴァーロードとも関わることとなる。

 そう、おれが高次元知性体オーヴァーロードを友としたのは、ホルンが初めてではない。


 あの方から命じられた仕事で銀河のあちこちを飛びまわり……。

 その中で数度、高次元知性体オーヴァーロードに邂逅しているのだ。


 とある一個体とは、個人的な友誼を結んだ。

 帝国の公式な記録からは削除された出来事だ。


 その個体は、とある惑星全体を覆う粘性の流動体で……端的に言ってしまえば、惑星ひとつを覆うスライム状生命体だった。

 ただし、とても頭がよくて、とてつもないちからを持つスライムである。


 いろいろな事情があって、おれはそのスライムと一対一で対話することになり、結果としてこのスライムにえらく気に入られてしまったのである。

 彼とも彼女ともつかぬその存在は、別れ際、おれに贈り物を渡した。


「贈り物……卵のように見えるが」

「卵だよ。きみにわかりやすいように、概念化したものだ」

「きみの子どもか?」

「広義で言えば、そのようなものだ。いつの日か、きみがひとつの場所に落ち着いたら。そのときはこれを孵すといい。必ずや、きみの助けになってくれるだろう」


 ただし、とスライムは卵を孵すために必要なものについて、つけ加えた。

 それは容易には手に入らないもので、だからおれは卵を特別な容器にしまい込んだまま、ずっと忘れていた。



        ※



 孵卵器に入った卵を、ホルンが興味深そうに眺めている。

 引っ越し後の荷物整理をしていたメイシェラが、箱の奥詰まっていたこれを発見し、応接室に持ってきたのだ。


 ああ、これ……。

 おれもすっかり、その存在を忘れていた。


 まったくもって薄情な話だ。


「たいしたものであるな。われでは、これの中が見えぬ」

「それって、すごいことなんですか? ただの大きな卵に見えますけど」

「少なくとも、われが認識できる範囲を超えたモノであるな。ゼンジよ、おぬし、これをどこで手に入れた」

「知り合いに貰ったんだ。自分のかわりに、これを育ててくれって」


 ホルンは、ほほう、と口の端をつり上げた。


「おぬしのつがいか」

「兄さん!?」

「なぜメイシェラが驚くんだ」

「だって、兄さんそんなことひとことも……っ」

「そもそも、仮に結婚した相手がいたとして、卵が産まれるものか。落ち着け、からかわれているんだ」


 メイシェラとホルンは、一斉に「えっ」とこちらを向く。

 あれ?


「からかってはおらぬが。ほんのわずかだが、この卵からはおぬしの因子の気配があるぞ」

「待て、それは初耳だ」

「よほど好かれておったのだなあ」


 ホルンは腕組みして、うんうん、としきりにうなずいている。

 メイシェラが冷たい目でおれを睨んでくる。


「兄さん」

「はい」

「その人は?」

「えーと、まあ、いまでもあの星にいるんじゃないですかね」

「捨てた、ってことですか? 行きずりの関係ですか? 宇宙の男は港ごとに女を持つんですか?」

「おまえは何を言ってるんだ」


 おれは深く息を吐く。

 うーん、あの存在とのコンタクトは、いちおう帝国軍の機密なんだよ。


 どこまで話していいんだっけ……。

 いやそもそも、あれっていつまで秘密にするんだっけか……。


「ちょっと待ってくれよな。ええと、あれが高次元知性体オーヴァーロードってことは話しても……まあ、大丈夫か」

「ほう」


 ホルンが楽しそうな声をあげる。


「まあ、そうであろうな。少なくとも、われと同等の存在でなければ、このようなものは組み上げられぬであろう」

高次元知性体オーヴァーロード……ホルンさんみたいな?」

「すまんが、どういう姿形をしているかは帝国軍の機密にあたる。場所も説明できん。本来なら、これも帝国軍に預けるべきものなんだろうが……陛下のお許しでな」

「あ、えっと、本当にすごいもの、なんですね」


 陛下、という言葉を聞いて、メイシェラは居住まいを正す。

 帝国市民なら、普通はそうなるものである。


 一方、帝国の権威にはまるで興味がないホルンは、メイシェラの態度の変化を見ても、きょとんとした顔であった。

 こいつに陛下の偉大さについて語っても仕方がないので、まあそれは置いておくことにする。


「でも兄さんはこれ、箱の奥にしまい込んで忘れていたんですよね」

「言い訳すると、これを貰ってからいろいろ忙しかったから……あと、どうせよほどのことがなければこの卵は孵らない、って言われてたし」

「よほどのこと、ですか」

「うん、あー、まあ……」


 おれは、腕組みして楽しそうにしているホルンの顔を見た。

 ホルンは、何が嬉しいのか、にやりと笑ってみせた。

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