第3話

 メイシェラは義理の妹だ。

 おれが二十歳のとき、軍学校を卒業して一時帰省したら、父が赤ん坊を抱いていた。


 そのときすでに母は亡くなっていたから、おれは父に「再婚するのか」と訊ねた。

 父とて貴族の端くれで、親戚からいろいろな話があったことは知っていた。


「おれ、いきなり駆逐艦の艦長だってさ。この先、いつ死ぬかわからない。跡継ぎは、もうひとりふたりいた方がいい」


 軍人なりに気を遣ったつもりでそう言ったら、父は悲しそうな顔で「死ぬなんて言うな。軍人の使命は生きて陛下のお役に立つことだろう」とおれを叱った。

 この会話から半年後、本当に陛下の命をお救いし、陛下を肩にかついで砲火の中走って逃げることになる。


 その時はもちろん、半年後の修羅場なんて知らないわけで……。

 父は赤ん坊の寝顔を眺めて目を細める。


「軍人時代の友人の子だ。引き取ることにした」

「事情があるってこと?」

「ああ」

「おれには言えないってこと?」

「いまは駄目だ」

「わかった、聞かない」


 それから数日、軍の基地に戻るまで、おれは父と共にベビーシッターに勤しんだ。

 それが、メイシェラとの初めての思い出である。


 次に彼女に会ったのは、その五年後だ。

 激務と親愛なる陛下の無茶ぶりで五年間、まったく家に帰れなかった間に、あのときの赤子は大きく成長していた。


「兄さん、初めまして」


 と礼儀正しく挨拶された。

 まあ彼女にとっては初めて会うも同然だろう、と笑ったところ、大変に恐縮されてしまった。


「おれたちは家族なんだ、そんなことで謝らないでくれ」

「ですが……」

「敬語もやめてくれ。ここでは、おれはただの父の息子で、きみの兄だ」


 次に会うときはメイシェラが顔を覚えているうちに、と強く誓った。

 ちなみにこのときのことを陛下に語ったところ、「朕も数年ぶりに会った孫に怯えられたとき、とても悲しかった」とおっしゃられた。


 以後、軍では二年に一度の長期休暇が義務づけられた。

 もっともそれは、部署によっては必ずしも守られるものではなかったが……。


 将官ほど守るように、上が守らぬルールをどうして下が守ろうか、と再度陛下からの通達が出た。

 軍全体が少しだけホワイト化した。


 そして五年前。

 父が、亡くなった。


 事故だった、とされている。

 実際にどうだったかはわからない。


 メイシェラは十歳になっていた。

 おれは最初、彼女を帝都の幼年学校に入れるつもりだったが、彼女はおれと共に暮らすことを選んだ。


「父から聞いています。兄さんはプリンが好きだと。わたし、プリン作りには自信があるんですよ」

「兄の胃袋を掴んでどうするつもりなんだ」

「兄さんに捨てられずに済みます」

「何があってもきみを捨てるつもりなんてないから、安心して欲しい」

「なら、一緒に暮らしましょう」


 軍で老齢の元帥たちを相手に丁々発止のやりとりに慣れたつもりだったが、義理の妹にはあっさりと言いくるめられていた。

 圧倒的な敗北感を覚えた。


 陛下にその話をしたところ、腹を抱えて大笑いし、笑いすぎて主治医が飛んで来て、何故か主治医におれが叱られた。

 それから一年ばかり、おれは地上勤務をさせられ、しかも定時に帰ることが義務づけられた。


 陛下からの命令であったという。

 同僚たちが、何故か少し優しい目で「家族は大切にしろ」と忠告してきた。


 まあその後、いろいろあっておれは元帥号を賜り。

 提督府に押し込められて、激務でほとんど帰宅できなくなったのであるが……。


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