3-2
せっかくふたりきりになれたのに、話すことがなにも見つからなかった。
幼いころから知っているキリコと陽向くんの話しなんか、これ以上聞きたくもなかったし。
――でも。本当は知りたいって気持ちもないわけじゃない。本当はすごく気になっている。キリコは陽向くんの前ではどんな女の子なのか。陽向くんはキリコにどんな態度で接するのか。
陽向くんはキリコのことをどう思っているのか。
だけど聞けない。
あたしは陽向くんから半歩遅れてついていった。
キリコと陽向くんが通っていた幼稚園は近いところにあった。あたしも知っている幼稚園だ。
その幼稚園の系列には大学と高校もあり、この辺では有名な学校法人が運営していた。グラウンドはさほど大きくないが、温水プールや体育館が併設されていて、こぢんまりとした公立保育園に通っていたあたしとしては、そこに通っている子たちがうらやましかったことを思い出していた。
「音無さんって、キリコと仲いいの?」
陽向くんは唐突に尋ねてきた。
「えっ。全然。接点がなくて。キリコってどちらかというと、ひとりでいることが多いし」
「そういうところあるよな。いつの間にかそうなっちゃったみたいで」
「そうなんだ」
知らないふうを装って相づち打った。本当は一人きりにさせているのは周りの人たちだってこと、あたしは知っていたから、胸の奥が少しヒリッとした。
陽向くんにも見透かされていそうで、怖い。
陽向くんは遅れ気味についてくるあたしを振り返った。
「それなのに、どうしてこうなったの。ケンカしてたわけじゃないよね?」
ケンカとはどういうことだ。あたしとキリコじゃケンカにもならない。イジメとかならわかるけど。
「ケンカなんてしてないよ。本当になんも関わりないのに。ケンカなんて……」
「うーん、そっか……」
真剣に協力してくれようとしている陽向くんに対して、ちょっと後ろめたかった。
あたしも半ば気がついていた。あたしのキリコへ対する態度が今回のキリコの行動に繋がっていたのかもって。
表面的なキリコとの関わり合いはないといえばないけど、キリコが胸の奥にしまい込んでいるモヤモヤをつまびらかにしたらあまり気分のいい内容ではない。
会話もはずまないまま幼稚園にやってきた。
幼稚園もちょうど帰宅時間のようで、保護者が迎えに来ていた。校門のところには、監視役なのか、エプロンを着けた先生らしき人物が立っている。
陽向くんは「すみません」と声をかけた。
「ぼくたち、ここの卒業生なんですけど、春田園長先生はいらっしゃいますか」
その女性の胸元には『ふくだみよこ』と書いた名札がついていた。二十代前半くらいの若い人だった。
陽向くんが通っていたころはまだいなかったのだろう。面識はなさそうだ。
ふくださんはというと、陽向くんとあたしを見比べながら、ちょっと戸惑っているようでもあった。
あたしたちは制服を着ているから、近くの中学校に通っている現役の中学生だってことはわかっているだろう。
でも、今の時代、そうやすやすと幼稚園の敷地内には入れてもらえないのかもしれなかった。
「いまは違う方が園長をされているんだけど……。あなた」
いぶかしげにふくださんはあたしを見た。
「このあいだも来たわよね?」
あたしと陽向くんは思わず顔を見合わせた。
あたしがキリコになってからはもちろん来たことがない。ということは、キリコはあたしと入れ替わる前に、ここへ来ていたのだ。
思いがけないことに対応できないあたしにかわって陽向くんは「あ、そうなんです」と答えた。
「彼女たちふたりは双子で、先日来たのは妹のほう。なんか、ここのところ、ちょっとヘンで。ここに来たのを見たって友達がいたから、なにか知ってることがあったら教えてもらいたくて。彼女の力になりたいんです」
「そうなの」
陽向くんのとっさのウソに、一応は納得しているようだった。
「春田先生は、いまも幼稚園の裏にお住まいですか?」
「ええ」
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