第12話 歌姫の劣等感
「金の話をしよう」
探索者に襲われた翌日の放課後、俺と良太と洋平はガイコツガーデン近くのファミレスにやってきていた。
「俺たちが獲得した魔道具が全部で十個。使わない分の四個を売り払った場合の利益見積は三百万ほどになる。それと俺たちが狩っていたスケルトンの『魔核』も売り払ったら全部で百二十万くらい。つまり、全部で四百二十万だ……」
通帳残高を確認しているとニヤけが止まらない。
いや、この程度の金で満足している訳ではないが、実際に通帳に記載された額の桁が上がっていく感覚はクセになるものがある。
「で、これの分配なんだが……」
「僕は要らないよ。将来的には芸能系の仕事で稼ぐ予定だし」
「俺もだ。協会からお前等の護衛料は貰ってるからお前等からも取る訳にはいかない」
……待て、ってことは満額俺のモンってことか?
マジで? ええんか?
「いいのか?」
「いいって」
「かまわねぇよ」
「スゥー、取り敢えずここは奢るわ」
「ありがとう」
「ごちー」
なんだこいつら、聖人か?
いや良太にしてみても洋平にしてみてもこの程度の金額ははした金なんだろう。
俺ももっとビッグな金銭感覚に慣れないとな。
「それで中階層にはいつ行くんだい?」
「あぁ、明後日を予定してる」
「うん、その心は?」
「情報収集ってもほとんどはもう調べてある、けど最終チェックをしたい。洋平も、もし何か調べておいた方が良いことがあったら教えてほしい」
「分かった。要点はメールで送っといてやるよ」
「じゃあ今日はまた低階層に行くのかい?」
「いや今日と明日は休みだ。丁度明日は土曜だからしっかり休んで日曜の探索に備えてくれ」
「了解。僕も調べ直しておこっと」
「それと洋平の雇用期間ってどうなってるんだ?」
「まぁ詳細には決まってないが一月くらいは面倒見てやるよ」
「なるほど。分かった」
じゃあそれまでには中階層をまともに探索できるくらいにはなっておくべきだろうな。
じゃないと洋平から協会への報告内容によっては俺たちの降格もあり得る。
「じゃあ今日はこれで解散だ」
「ごちそうさま。僕は帰って休むよ」
「俺も帰るわ。今日は嫁から娘の送迎頼まれてるし」
嫁に娘がいるのか。
そりゃ無理はさせられないな。
引退する理由もその辺が関係してるんだろう。
二人を見送った後、ファミレスの机でノートパソコンを開きポケットWi-Fiの電源を入れる。
探索者が出してる動画や記事で中階層の情報を見直すためだ。
SNSとかに新発見の情報とか攻略のヒントが乗ってる可能性もあるしな。
「初めまして」
しかし、作業を始めようと思ったその瞬間、良太が座っていた席に誰かが座ってきた。見たことない女だ。歳は多分二十代。
サングラスに黒い帽子をしてる。めっちゃ不審者みたいな見た目だなこいつ。
「誰だ?」
「
サングラスを少しずらしながらそう名乗ったその女をチラリと見る。
西園寺ってことは良太の家族か……多分姉だろうな。
というか少し離れた席で俺とこいつの様子を伺ってる黒服三人はなんだ?
「良太の姉か。俺に何か用か?」
「あんた生意気ね」
精神年齢だけで見ればお前の三倍くらい生きてる訳だからな。
けど確かに今は16の高校生だ。
それに平塚さんの時のようなことは俺も反省するところだ。
「申し訳ありません。良太くんのお姉様ですよね? 何か御用ですか?」
「それはそれでキモいわね……」
「どうしろっちゅうねん」
「まぁいいわ、普通に喋りなさい。今日は貴方にお願いがあってきたの」
「ほう」
「良太に探索者を辞めさせたいの、協力しなさい」
「断る。帰れ」
俺がそう言いうと少し唖然としたものの沙里は笑みを作り直して提案してくる。
「取引しましょ。幾らでも好きな額を上げる」
「ほう、幾らでもか……?」
「えぇ、好きな額を小切手に書いていいわ」
「じゃあ百兆円だ」
「は?」
「正確には99兆9999億9600万円だ」
少なく見積もっても四百万は自力で稼げそうだからな。
「あんた、ふざけたことも大概に……」
「俺はふざけてない。この額は一円も負けられない。そして良太と俺なら稼げる額だとも思っている。だから良太が探索者を辞めることで発生する俺の損失と釣り合う額として適切な価格だ」
「はぁ? 意味わかんない。そんな額稼げる訳ないでしょ」
「なんでそう思う? 今の時点で何十兆円も持ってる探索者だって存在してる」
「それは世界の頂点の話でしょ? あんた達まだ高校生じゃない」
「だからなんだ? 高校生から人生計画を立てることの何に問題がある?」
「それは計画って言わないの。妄想って言うの」
「あんたこそふざけるな。あんたが言っていることが全てあんたの妄想だ」
良太の家は天才一家らしい。
有名芸術家や先進的な薬の開発者や世界の歌姫まで居るとか。
良太以外の兄弟は各々の分野で名を遺すような天才なのだと山田が『自分はそんな奴と友達なんだよ自慢』で言ってた。
ってことはこの女もそんな何かの天才なんだろう。
「あたし、面と向かって馬鹿にされたのめっちゃ久しぶりだわ」
「馬鹿になんてしていない。ただ事実を言っているだけだ。というか、あんたは何かの成功者なんだろ? じゃあなんで良太は成功を手に入れられないと思うんだ?」
「あの子には才能がないから。運動も勉強も芸能も芸術も、いつも、あたしたち兄弟の中で一番のものを何も持っていない。だから探索者なんてやっても死ぬだけ。そんなの悲しいでしょ、家族だし」
心底、良太のことを信じていないんだな。
そして同じくらい良太のことを下に見ている訳だ。
この女を見ているとあいつがひねくれたのも分かる。
それに、今の時点でもお前ら家族の誰も良太に殴り合いで勝てないだろ。それは才能と認めないのか?
「自分たちで作った勝手なルールで相手を測る人間ほど下らない奴もいないな……まぁいい、お前の提案を呑む理由が俺にはない。これで話は終わりだ」
「ふざけんな……その気になればスナイパー雇ってあんたの家族全員殺すことだってできるのよ?」
「じゃあお前の家に今日忍び込んで良太以外の全員殺してやるよ。俺は探索者だ、お前が連れてるボディーガード程度が役に立つと思うなよ」
「あんた気が付いて……」
「当たり前だろ。つうか黒ずくめでファミレス入るのやめとけって言っとけ」
けど、ちょっと言い過ぎたか……
俺より大分年下だろうし。
「よく分からんけど、良太が成功するのが嫌な理由があるのか?」
「……別に」
「良太が探索者になって何が悪い? 自分で決めたことだ。それにあんた等兄弟は皆自分の得意分野で成功してきたんだろ。なら良太にも自由にやらせればいいじゃないか。探索者の地位はかなり上がってきてる。ダンジョンが増え続けている以上今からも上がり続ける。その頂上に良太が居ることの何が不満なんだ?」
「不満がある訳じゃないわよ。そうなったら凄いことだってのは分かってる。でも……」
「自分より下の人間にしか優しくできないのか?」
「っ…………」
良太がそうであるように、西園寺家はなんとなく競争してる感じが強い。
誰が一番とか才能があるとか、そんなこと普通の親兄弟は気にしない。
けれど優秀な親に優秀な兄弟ばかりの家に生まれれば、必然的に自分もそうならなければならないと思ってもおかしくはない。
全ては、家族の一員として認められるために。
そんな競争が全ての家における唯一の何もできない凡人。
だからこそ勝たなくてはいけないという感情を抜きにして接することができる。
絶対に負けないという確信があるからだ。
この考えがどれだけ合っているのかは分からない。
けれどこれだけは分かる。
こいつはずっと怒っていて、こいつには全然余裕がない。
この女だって良太と同じくらいひねくれてる。
「良太は凄い奴だよ。あんた等がどう思おうと俺はそう確信してる」
「そう……なんだ……」
「それに、あんたは良太を探索者は危険だからって理由で辞めさせようとした。その安全を願った。その思いを信じればいいじゃないか。あんたは立派な良太の家族で愛情も注いでる。きっとそれは神様だって認めてくださる」
「何それ、聖職者みたいなこと言っちゃって……」
「あいつの目標の邪魔になる愛情を注ぎ続けるか、それともあいつの目標を応援する愛情を注ぐのか。過去がどうであれこの先の接し方を決めるのは今のあんただってことだ」
パタリと俺はノートパソコンを閉じて鞄に入れた。
どうにもここじゃ集中できそうにない。
伝票を持って立ち上がった。
「俺はもう帰る。あんたに協力はしない」
「分かった。もう行っていいわよ」
ファミレスを出ると店先で良太が待っていた。
「聞いてたのか……」
「姉さんが僕を尾けてるのは分かってたから、あの黒服目立つし。何かあったら止めに入ろうと思ってたんだけど燈泉には必要なかったね。……それと、ありがとう」
「別に思ってることを言っただけだ」
「それでも、君と組んで良かった」
「そらどうも。つってもお前の兄弟ってあの女だけじゃないんだろ? とりあえず全員の貯金額抜いて全員黙らせようぜ」
理屈的な理由がある訳じゃないが、俺は西園寺沙里って女が嫌いだ。
だからきっとこいつの他の兄弟も嫌いだ。
そいつ等に良太が見下されている状況もなんとなくイラつく。
あんな家、どうせ一兆円やそこらで買い取れるくらいの連中だろう。
直にそうしてやる。
「中階層、さっさと攻略するぞ」
「あぁ、当然だ」
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