第11話 黄金の求心


 目前に迫る槍を、構えた盾で滑らせるように受ける。


 問題は二つある。


 まずは相手の圧倒的な膂力だ。正面から真面に受ければ一方的に腕ごと盾を弾かれる。その衝撃で僕の手首がイカれれば戦闘の継続は困難だ。

 今だって〈治癒ヒール〉を纏う『白浄拳』と〈継続回復リジェネ〉でなんとか衝撃を殺しているが、限界に近いことは変わりない。


 もう一つ、速度の問題がある。

 クラスアップしていることで僕より圧倒的に高い身体能力を持つ相手。

 その突きや払いの速度は、僕の動きとは比較にならないほど素早い。

 盾を使っているからこそ最小限の動きで耐えられているが、相手と同じ槍や剣だったならここまで防御しきるのは無理だっただろう。

 盾で受けるのもウォリアーの〈危機察知〉がなければかなり厳しいくらいだ。


「いつまでそうやって守ってるつもりだ? 反撃しなきゃ勝てねぇぞ!」


 相手も『ウォリアー』だ。〈身体強化〉を常時発動している。

 だから、僕との身体能力に丁度ランクアップ分の差が生まれている。


 そしてサブは恐らく……


「〈加速アクセラ〉!」


 アサシンのスキルが発動し、更に速度が向上する。

 アサシンには厄介なスキルが多い。

 例えば〈無音移動サイレント〉は足音や呼吸音すら消して行動できる。

 それに〈弱点看破〉によって僕の隙を探ってくる。


 目にもとまらぬ速さで僕の後ろに回り込んだ槍使いが、二段突きを放つ。

 しかし〈危機察知〉によってそれを感知した僕は、的確に盾を構えてそれを防ぐ。

 大丈夫、幾ら速度で負けていても〈危機察知〉で攻撃を予測できる。

 幾ら膂力で負けていても〈治癒ヒール〉で取り戻せる。


 それにどれだけ甘い評価をしたとしても、こいつの槍術ウデは僕より数段劣る。


 動きを見れば先を読める。

 先を読めば心が透ける。


 圧倒的な身体能力の差。

 それ以外に僕がこいつに負けている部分はない。


「ほらほらどうした?」


 そのまま調子に乗って打ち込んでこい。


「俺はまだ一発もお前から食らってねぇぞ!」


 それでも僕は防ぎ続ける。

 ただ耐え続ける。


「ッチ、〈武器強化エンハンス〉!」


 槍が淡く光を纏う。

 ウォリアーのスキルだ。

 けど……


「〈武器強化エンハンス〉……」


 それを使えるのは僕も同じだ。

 盾にも効果を発揮できるのは盾を手に入れた翌日に確かめた。


「守ってばかりじゃなくて攻撃してこいよ! それでも男か!」

「未成年二人を大人五人で襲撃してる奴が男とか語るなよ。お前はただの犯罪者だろ」

「ッチ、ぶっ殺してやる!」


 槍の速度が一層上がる。

 その鋭さが増し、一発ごとに込められたパワーも上がる。

 しかし技術で勝れば、速度も力もある程度は受け流すことができる。


 というか、こいつの技術の底はもう見切ってる。

 スキルが関与しなければ百発打ってきたって真面に貰うことはない。

 そのまま膠着状態が続く。

 どれだけ槍で攻撃してきても、僕の身体にはその一切が届かない。

 けれど僕も防いでるだけで決め手はない。


 そんな状態が何分も続く。


「てめぇ……はぁ、いい加減に……はぁ……」


 やっと、息が切れた。相手にも〈継続回復リジェネ〉があるから結構時間が掛かったな。


 獅子を殺すのが必ずしもより強い生物の攻撃ではないように、守ることが攻撃でないとは限らない。


 捕食者が獲物を狩れなかったってことは、それはもう飢え死にするしかないってことなんだから。


 技術に差があれば、疲労に差ができる。

 クラスアップと〈身体強化〉がなければ基礎体力は完全に僕の方が上だ。

 ならば、槍を振り回したり『加速』したりして攻撃してくるこいつは僕よりずっと早く疲れていく。


 そして、その現象を後押しするのが僕の盾の力。

 六等級魔道具『命盾めいじゅんインキュバス』の性質。


【盾で受けたものと物理的に繋がっている生物から生命力をその度に微量に奪い、得た生命力は僕の疲労と傷の回復に自動的に充てられる。】


 あのデュラハンと戦った時から、あの程度の継戦で僕がぶっ倒れるなんておかしいと思ってたんだ。

 あの時もデュラハンはこの盾を使っていたのだろう。そして、だからこそ勝利を確信し僕との殴り合いに興じた。

 結果的に気力で勝てはしたけど、ネタバレされた今考えるとかなり危なかったな。


 でも、その力も、今となっては僕の力だ。


「ライフスティールの魔道具か……?」

「今更気が付いたってもう遅い」


 敵を倒すのに必ずしも強烈な一撃は必要ない。

 ジャブだけで敵を倒すことだってできる。


 それでもウォリアーが距離を取ったって何もできないんだから、こいつは下がることもできない。

 必死に槍を振るしかない。なんとか僕の盾を掻い潜ることを祈って。


「稚拙な技術に加えて疲労の溜まったその身体。それじゃあもう僕に攻撃を届かせるなんて夢のまた夢だよ」

「クラスアップもしてねぇ雑魚が、しゃしゃってんじゃねぇんだよ!」


 槍が思い切り引かれる。

 今更強引な力任せの突き?

 いや、こいつはそこまで馬鹿じゃない。

 この戦いで僕が見抜いた彼の本質。

 それは、馬鹿になれなかった小賢しい小物だ。


 だから、何かある。


「〈同三突き〉!」

「なっ」


 突きを放ったその瞬間、槍先が分裂した……

 クラスアップしたことで得たスキルか、もしくは槍の魔道具の効果か……

 どちらにせよマズい。


 切っ先を結べば丁度正三角形になるような面での攻撃。

 攻撃力的に当たり所が悪ければ余裕で死ねる。

 盾だけじゃ一つまでしかガードできない。


 僕は燈泉あいつと違って同じスキルの同時発動なんて器用なことはできない。

 いや、練習はしてるけどまだ実践は無理だ。


「〈結界シールド〉!」


 上段のものはこれで逸らす。あの軌道だと頭か首に命中する。

 そうなったら僕は即死だ。

 問題は中断の左右。どっちかしか防御はできない。

 防御しきれなかった方は横腹を削っていくだろう。


 このままだとマズいということを〈危機察知〉が明瞭に教えてくる。


 でもさ丁度思ってたんだ……盾の疲労だけで勝ったって華がないよね。


「ガッ!」


 右の槍を盾で逸らし、左に身体を寄せる。

 左側の槍は、僕の横腹に突き刺さった。


「やっ――」


 喜々とした表情を浮かべるその男に、僕は小さく笑って教えてやった。


「内臓は避けてるよ。それに、捕まえた」


 あぁ、異物が体内に侵入してくる感覚は気持ち悪いったらないね。


 でもこれで、あのスキルは封じられた。


 僕がずっと警戒していたのは『ウォリアー』の〈危機察知〉だ。

 あれがある限り、身体能力で負ける僕はどんな攻撃をしたって避けられる。


 でも、この状況じゃもう危機を察知したって意味はない。

 そして魔道具を狙う貴方たちは、自分の魔道具を手放す覚悟なんて持っていない。


「〈過撃充填チャージ〉」


 直剣の魔道具『聖剣プライム』を左手に出現させ、スキルを込める。

 同時に盾の具現化を解除して、右手で刺さった槍を引き抜かれないように掴む。

 盾の殴りじゃ槍を捕まえたと言っても、射程が足りない。

 けれど直剣ならギリギリ届く。

 威力を向上させたその切っ先は、槍使いの右肩から左腰までを撫でるように斬りつける。


「やめっ!」


 舞った鮮血に驚くように槍使いは槍から手を離した。

 馬鹿な男だ、全ての判断がずっと『今更』だ。これでもう勝敗は完全に決した。


 槍を腹から引き抜く。

 普通なら出血するからこんなことは絶対にしないが、〈治癒ヒール〉ですぐに止血すれば問題はない。


 『聖剣プライム』の具現化を解除し、右手で傷口に触れて治療しながら左手に持った槍を〈宝物子インベントリ〉にしまう。

 この汎用スキルは発動までに十秒のタイムラグがあるが、槍を失った槍使いは自分の胸の傷に慌てるばかりで特に妨害してこなかった。


 別に致命傷じゃないよ。

 手当すれば普通に治る。


「よくやった、良太」

「僕等の目指すところに行くためには当然のことだよ」


 近寄ってきた燈泉にそう返すと、槍使いが残った杖に向かって叫ぶ。


「おい! 治療してくれよ!」


 どうやら最後の一人は『プリースト』のクラスを持っていたようだ。

 しかし……


 ドサリ……と音がして杖を持った最後の男はその場に倒れる。

 後ろから現れたのは燈泉が使役しているアンデッド『アル』だった。

 羽衣を纏ったその姿から、何をしたのかは推察できる。


 『幻想娘々ファンタジーニャンニャン』の効果は使用者の対象の最愛の異性と誤認させること。

 唐突に愛する人間がダンジョンに姿を見せて、一瞬も油断しないのは実際難しいだろう。

 それに最後の男が『プリースト』なら近接戦闘は不得手なはずだ。

 『幻想娘々ファンタジーニャンニャン』を使ってアルが接近できれば、決着は一瞬でつく。


 アルの身体能力はこの槍使いですら全く及ばないところにあるのだから。


「よくやったお前等。つうか、俺の相手まで取るなよ」

「二人も譲ってやったんだからいいだろ洋平」

「はぁ、これじゃあ僕だけ一人しか倒してないじゃないか」


 いや実際に、僕等の個人戦力は結果に影響している。

 僕はこの三人の中で一番弱い。確かにそれが現状だ。

 早く、僕もクラスアップしないとな。


「この人達どうなるんですか? というかこの人達の犯罪の証拠ってどうやって証明するんです?」

「燈泉がスマホで撮ってただろ? あれ付けっぱなしにしてたか?」

「まぁ一応」


 そう言って僕が渡したスマホを燈泉が返してくる。

 確認してみると今の接敵の瞬間や戦闘の風景もバッチリと映像に残っていた。

 胸ポケットに入れて撮影していたらしい。


「よくやった。これで証拠になる。今後もこういうことがあるかもしれないから小型カメラは幾つか持っておいて方がいいぞ」

「なるほど、確かにそうですね」


 それがあればもっと簡単に撮影してSNSに映像を上げられる。


「分かった」

「この証拠映像と一緒に協会に連行すれば日本の法律で裁判にかけられる。今回の場合は間違いなく殺人未遂だろうな。それに強盗の罪も問われるだろう」

「今回の事件映像を公開とかって……」

「俺だって法律家じゃないからな、そんな詳しくねぇよ。けど幾ら犯罪者相手でも顔とか晒したら普通にプライバシーの侵害とかになるんじゃねぇの?」

「ですよね……」


 モザイク……でも危ないか。

 結構知名度上がりそうな映像なのに残念だ。


 けどこういう問題のことも考えると、将来的には顧問弁護士とか雇わないといけなくなりそうだな。


「つっても、それはそういうルールになってるって話だ。例えば俺たちがここでこいつ等を全員殺しても、黙ってりゃ誰にも分からない。実際、探索者同士で戦闘になったら一方が死ぬってのはザラにあるが、警察なんて入ってこねぇし大した捜査もされない。行方不明で終わりだ」


 世の中に存在するルールが完璧なものではないということを僕は知っている。

 大企業を収める父だって、全く犯罪に掠っていることをしたことがないとは本音では言わないだろう。


 ガイコツガーデンの新情報の報告を延期した時とは訳が違う。

 こっちは完全に被害者だ。殺したことがバレたとしても映像を見せれば弁明できるし、好感度は殆ど下がらないだろう。


 それなら、僕は「そういうルールなんだからそうしよう」なんて思考停止な選択をする気はない。

 そしてそれは燈泉も同じらしい。


「殺すのが確実だ。仮に、出所した後にこいつ等が逆恨みして俺たちを襲ってこないとは限らない。ここで殺せばその可能性はゼロになるし、俺たちの罪が露呈するのは俺たち三人の誰かが漏らさない限りあり得ない」


 慈愛に満ちた表情でアンデッドの成仏を祈る姿。

 自分の目的のためならばどんな汚いことでもできる姿。


 どちらが本当の燈泉なのか……僕にはまだ分からない。


「けど、こいつ等にはそんな価値もないか……」

「僕もそう思うよ燈泉。この人達がどんな作戦を考えて、同レベルの人間を何人味方に付けても百回やって百回勝てる」

「流石に調子に乗りすぎだぞ良太。今の俺たちじゃこれくらいの強さの連中でも十人も居れば普通に負けるだろ」

「今は……燈泉の言う通りかもね。でも、すぐに僕の言った通りになる」


 僕の言葉に小さく笑った燈泉は、意識がある槍使いの方へ近づいた。


「なんだよ……殺す気か?」

「いいえ、敬虔ならざる神の信徒である私が、貴方方の罪を許しましょう。改心し懺悔の心を持ち続ける限り、神はきっと貴方方を地獄には導かれぬことでしょう」

「は?」


 両手を胸の前で組み祈るようにそう言った燈泉を見て、槍使いの男はポカンと口を開けた


「だが、お前たちには二つの咎を背負って貰う。もし今回の戦闘がどこかで公開されても肖像権侵害で訴えないこと、もし訴えたら映像を使ってお前たちを殺人未遂で訴える。次に、もし今後俺たちを含める誰かを襲うようなことをしていることを俺たちが知ったら、その時は俺がお前ら全員ぶっ殺す」

「……分かったよ」


 その言葉を聞いて頷いた後、燈泉は僕等の方へ戻って来た。


「よかったのか? 許しちまって、つうか今の台詞何だよ?」

「俺たちにとってこれが一番利益の高い選択だったってだけだ。だろ、良太?」

「まぁそうだね。彼等が刑務所に入っても僕等に得はないし。この動画を公開できるなら人気を稼げる」


 僕の個人的な意見だけど、人は自分の正当性を誇示するために他人を見下すのが大好きで、間違っている人間を責めることに快楽を感じる生き物だ。

 普段はそんな醜い部分は大人の対応で隠していても、ネット上の匿名のフィールドではそんな中身が簡単に露呈する。


 だから、こういう明らかな悪者が成敗されるものが好まれる。

 一応顔にモザイクはするけど、あの人達だと気が付く人はいるだろう。

 あの人たちの周りの人間であるほど気が付くだろう。

 それは十二分に制裁として機能すると思う。


「じゃあ帰るか。なんか飯奢ってくれよ、洋平先輩」

「おい、都合のいい時だけ後輩面すんなっての。けどまぁ……ラーメンぐらいなら奢ってやるよ」

「ラッキー」

「ありがとうございます。あ、槍ここに置いていきますね!」


 〈宝物庫インベントリ〉に入れておいた槍をその場に置き、僕等は帰路へとついた。


「そう言えば僕が倒した六等級、魔道具落とさなかったのかな? 急に襲われたから確認できてないや」

「あぁ、それなら出てたぞ。俺も回収するの忘れてた」


 忘れてた……?

 燈泉みたいな守銭奴が大金になる魔道具を?

 なんていうか……


「燈泉は、本当によく分からないね」

「俺を分かろうなんて百年早いっての」


 そう言った燈泉は魔道具を回収し忘れたとは思えないほど、晴れやかな表情をしているように見えた。



 ◆



『どうですか先輩、あの二人は?』


 あいつ等とラーメンを食って別れた後、スマホに掛かってきた通話に出ると女は開口一番そう聞いてきた。


「まぁまぁなんじゃねぇの? 時間さえあればそれなりに強くなっていくだろ」

『私より強くなりそうですか?』

「知らねぇよ。才能があろうが努力しようが、一つの不運で簡単に全部消え去る。それが探索者って業界だ」

『そうですか? でも先輩は私を育てた人じゃないですか』

「はぁ……お前が日本一の探索者になったのはお前の実力だろ。俺は何もしてねぇよ」

『でも私は先輩から学べたお陰だと思ってますよ』

「はぁ……」

『溜息ばっかりついてると幸運逃げていっちゃうらしいですよー』

「誰のせいで……まぁいい。才能があろうがなかろうが、結果を出せない奴は中層で終わる。本番はあいつ等が中層に入ってからだ。才能とか覚悟とか、そういうのじゃどうにもならないのが中層だからな」

『……確かにそうですね。でも先輩が付いてるならきっと大丈夫だと思います。それじゃあまた』


 そう言って通話は切れた。

 全く毎度一方的な奴だ。

 引退前の最後の仕事としてあいつ等のお守りを引き受けたのは、昔俺が少し探索者について教えてやった後輩に頼られたからだ。


 まぁ仕事はするさ。

 あいつ等に才能があるのも分かる。

 プロ一日目でクラスアップした奴なんて初めて見た。

 それに良太だって戦闘センスはピカイチだ。


 それでも『中層』は新人の殆どが潰れる場所だから。


 守りはするさ、けどお前等が通用するかはお前等次第だぜ。

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