リンダベル ―異世界飛行船―

はくすや

肝鍋 ―二等室レストラン―

 大型客船は南の大陸上空を南西に向けて飛行していた。

 二等室レストランは混んでいた。

 ここは原則として二等室と一等室の客が入ることができる。ただ三等室の客でもその都度追加料金を支払えば利用できることになっていた。その点が一等室の客以外絶対に利用できない一等室レストランとの違いだった。

 その日、三等室の客が二等室レストランに紛れ込んで来ていた。ただその利用エリアには何かと制限があった。

「お客様、ただ今大変こみ合っておりまして、円卓の相席あいせきならご案内できますが、如何なさいますか?」

「構わない」

 そうして中央にどんと配置された大きな円卓に六人が腰かけることになった。

 貴族らしい初老の夫婦。学者然とした四十代の男。この三人は二等室の客だった。

 そこにでっぷりと太った三十代の男、ひょろっとした蒼白い顔の二十代の男、そして室内でも魔法帽エナンを脱がない二十代の女。この三人は三等室から追加料金を払ってここに来た。

 初老の夫婦以外は互いに見知らぬ関係だった。

 メニューを見せられた三等室の三人は手を止めていた。すでに入室に安くない金を払っている。できれば出費を抑えたいと考えても不思議でなかった。

 三等室レストランに飽きてここに来たが額の割に見返りは悪そうだ。第一、料理の名前からそれがどのようなものかわかりづらかった。

「手頃な価格のお薦めはないのですか?」蒼白い顔の若者が給仕に訊いた。

「日替わりのスタンダードがございます」

「どんなもの?」

 給仕の説明ではミドテーラ海でとれた魚介類と大陸の木の実を大きな鍋で煮込んだ料理のようだ。

「肉はないのか?」太った男が訊いた。

「それでしたら」と給仕は説明を始めた。

 それを聞いて一人分の料理はかなり割高になるようだと誰もが思った。大皿のものをシェアした方が断然安い。少しグレードが高くなっても構わないかなと思わせるものだ。

 するとその様子を見かねた二等室の学者然とした四十代の男がリーダーシップをとって提案した。

「みなさん、如何でしょうか、ここは一つ『大陸の六種の肉と海の幸』にしては」

 それに大陸の野菜果物とパンをオーダーして六人でシェアすることになった。

 オードブルのサラダと魚のカルパッチョが運ばれてきた。器こそありふれているがコース料理のようだ。

 やがて六人は少しずつ話し出した。

「私は××××です。口承伝説を研究している学者です」

「あの××××を書いた?」初老の夫婦が目を丸くした。

「拙著をお読みいただき光栄です」

「学がなくてすまんが俺は読んだことはない。お前知ってるか?」

 太った男が隣の蒼白い若者に訊いた。若者は首を振った。

「童話集は読みました」

 帽子エナンを脱がない若い魔法師の女が言った。ほとんど喋らない女は学者の著作を知っているようだ。

「そもそもその何とか伝説というのは具体的には何だ?」

「大人からこどもへ口伝えに受け継がれるお話です」

「昔話とかいうやつだな。それなら俺も聞いたことがある。何なら俺自身のことを語ってやっても良いぞ。これでも俺は少し前まで南の大陸で冒険者をしていた」

「ほう、それは興味深い。ぜひお聞かせ願いたいですな」

「言っても構わんが少し値が張るぞ」太った男がニヤリと笑った。「冗談だ。少し肉の分け前を多くしてくれたら良いんだ」

「面白ければ私の分を差し上げましょう」学者は言った。

 しかし太った男の話はほとんど彼自身の冒険たんであり、童話として成り立つようなものではなかった。

「ところで」と蒼白い顔の若者が口を挟んだ。「冒険に出かけた時の食事はどうしていたんです?」

 ちょうどメインディッシュが運ばれてきたタイミングだった。

 円卓の中央に大きな鍋が置かれた。そこから湧き上がる良い匂いに誰もが心躍らせた。

 太った男は自分でとろうとしたが給仕が分けるようだ。

 学者が彼に多めに渡すよう給仕に言った。

「森に入って木の実をとったり、野生動物を狩ることになるな」太った男が話を再開した。

「南の大陸ですと?」どのような動物がいるのかと学者が訊ねた。

「鹿類か猪類が手頃だ」太った男は自分の皿に盛られた肉をフォークで突き刺し、次々に口に入れ、頬張った。

 給仕に言って太った男に多めに盛らせている。二等室の初老の夫婦と学者がそれを許していた。

「本当は食用の家畜に勝るものはないのだが野生動物に太った肉牛などはいないのでな」

「食料に困ることはなかったのですかな?」初老の夫が何気なく訊いた。

「もちろんあるさ」太った男は答えた。「食うものにすら困ることもあった。冒険にそうしたことはつきものさ」

「そういう時は何も食べられなくても我慢するのですか?」蒼白い若者がしつこいように訊いた。

「仕方がないだろう」

「私はあちこちで冒険譚をうかがいましたが、中には人肉を食したケースがあったそうですよ」学者が言った。「死者の肉を食したそうです」

「まさか食うために殺したなんてことは」蒼白い若者の顔がさらに蒼くなった。

「心配するな。お前みたいな痩せた奴とか女は食うところがない」

「まるで食べたことがあるみたいな言い方ね」魔法師の女が言った。

 学者が重い空気を整えた。「どうなんでしょうね。冒険家が向かう先には命を落とした冒険者の遺体がごまんとあったとか」

「そうだなあ」太った男はニヤリと笑った。「意外とうまいかも知れんぞ。死人の肉でも。腹が減ってればな」

「今は何をされているのです?」学者がまた話題を変えた。

「後進の指導だ」

 どこまで本当の話かわからないが、こうして見も知らぬものたちの会話は続いていた。

 店内が賑わっていて給仕がそばにいなかった。

 皿が空くと太った男は自分でとり始めた。「食べないのか?」

「いただいてます」蒼白い若者は答えた。遠慮している訳ではない。ペースが異なるだけだ。

「ん?」太った男は身を乗り出して大鍋の底の方を見た。「もうないのかと思ったら何やらうまそうな塊があるぞ」

 太った男は上機嫌でみんなの分を取り分けた。

 軟らかく白っぽい肉の塊。

きもでしょうか?」蒼白い若者が訊く。

「深海魚の肝にしては大きいですな」学者が言った。

「でもうまいですよ」蒼白い若者が言う。

 はじめは目をそむけていた魔法師の女も一切れ口にして目を丸くした。「本当ね」

「どれどれ」太った男がむさぼるように食べ始めた。「太らせた鳥類のきもに似ているが大きさがまるで違うな。肉牛くらいはありそうだ。しかし味が違う」

「まさか人肉なんてことは……」

「こんなに脂がのった肝など、どれだけ太った奴なんだ」太った男が高笑いし、その場の誰もが眉をひそめた。

 しかしその後、食が細いと思われた蒼白い若者も、女魔法師も、初老の夫婦も別腹を埋めるように食べた。

「これが人肉なら首の後ろに光る輪ができますな」学者がふと洩らすように言った。

「何だそれ?」太った男が手を止めた。

「そういう言い伝えがある地方があったのです。人肉を食した者の首の後ろに薄い緑色の光る輪が現れると」

「ほお……」太った男はうなじに手をあてていた。

「光っちゃいませんぞ」ホホホと初老の夫が笑った。

「このきも、元気が出ますね」

「あなた、顔色が良くなっていますぞ」

「私も何だか若返ったみたい」

「肌のつやが違うわ」

 若者の顔には赤みがさしていた。初老の夫婦は肌に張りが出ていた。女魔法師は十代の美少女のようだ。

「俺は食いすぎたようだ。後は食ってくれ」太っていた男がかすれた声で言った。

「おや、あなた少し痩せましたかな?」

「何?」かつて太っていた男は自分の顔に触れた。

「本当、何だか小さくなったみたい」

 もはや太っていない男は自分の腹を触った。

「ベルトが緩くなっていますな。もっと食べられるでしょう。いや食べた方が良い」

「もう、食えない……」すっかり痩せて蒼白くなった元冒険者の男は同じテーブルの者たちを見回した。「お、お前ら、その首、どうしたんだ?」

「「「は?」」」

 元冒険者の男はずり落ちそうなボトムスを押さえながら、よろよろして、あちこちつまずきつつ、とるものもとらず出ていった。

 残された者たちは顔を見合わせた。

「金はどうするのでしょう?」

「部屋つけにしてもらいましょうか」

 給仕が戻ってきた。

「デザートは如何なさいますか?」

「パイナップルでもいただこうか」

 大きなゲップがした。

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