第46話 『こわい』

 普段から忘れっぽいベロニカさんは、大切なことはメモしていた。それはもはや日記のようになっていて、彼女の部屋のどこかにあるハズだ。


「なるほど……」ローズさんは頷いて、「精神が入れ替わる前に異変があったのなら、そのことが書かれてるかもしれませんね」

「そうですね……まぁ秘密の手帳を見るのは抵抗がありますけど……」


 今は緊急事態だ。仕方がないだろう。ここで手帳を見ないという選択肢を選ぶのは、後悔につながる。


 というわけで俺とローズさんは、アマリリスとベロニカさんに食事を与え終わった。食事の途中でベロニカさんに「手帳の中身を見ていいか」と聞いてみた。


「私に許可を取る必要はない」


 そっけなく、そう言い返されてしまった。たしかに今のベロニカさんは別人なのだから、聞く必要もなかったかもしれない


 そして俺とローズさんは階段を上がって、屋敷に異変がないか確認をした。一通り見て異変なかったので、俺とローズさんは再び合流する。


 一応ベロニカさんの部屋に入ること、母さんに許可をもらった。必要ないとは思うが、念の為である。

 

 なんとなくノックをしてから、俺はベロニカさんの部屋の扉を開けた。マスターキーがあったので、部屋の鍵は簡単に開いた。


 部屋の様子を見るなり、ローズさんが一言。


「ベロニカさんらしい部屋ですね……」


 同意しよう。


 ……まぁ言葉を選ばずに言えば、結構汚い部屋だった。掃除が苦手なベロニカさんらしい部屋だ。もちろん世の中にはこれ以上の汚部屋もあるだろうが、ロベリア家の部屋としては汚い部類である。


 ホコリもあって、ゴミもある。他にもベロニカさんの私物らしきものが床に散乱していた。


 俺はそれらをできる限り踏まないように注意して部屋の中央まで進んだ。


 ローズさんが言った。


「……あれは……なんでしょうか」


 ローズさんが指さしたのは机の上においてある、いくつかの小袋だった。


 片手で持てそうな小さな袋。しかしその袋だけはホコリも被らず、キレイな状態だった。


 個数は……8個か。8個の袋が並んでいた。


「……? なんでしょうね……」俺にもわからないものだ。「後で中身、見てみますか」

「そうですね……危険物の可能性もありますから」


 爆弾ってことはないだろうけど……


 ともあれ俺達はベロニカさんのメモ、手帳を探し始めた。


 ベロニカさんの証言によれば……それは引き出しの2段目だか3段目にあるらしい。


 2段目を探すが見当たらない。じゃあ3段目かと思って探して見当たらない。


 そして、


「……1段目じゃねぇかよ……」1段目からそれらしきものが見つかった。「……覚えるために書いたメモの位置を忘れるのか……」


 なんともベロニカさんらしい。今となっては……なにか懐かしく感じる。


 ……


 早く本物の彼女に会いたい。そう思いながら、俺は手帳を引き出しから取り出した。


「……10冊あるのか……」


 多いな、と思っていると隣でローズさんが、


「少ないですね」

「え……?」

「え……?」

 

 ……ローズさんの手帳って、もっとあるんだろうな……俺からすれば10冊もメモを取るというのは偉業なのだが、ローズさんからすれば少ないのだろう。


 ……


 ただの認識の違いだ。ちょっと気まずくなったが、気にするほどのことでもない。


 俺はそのうち1冊を開いて、1ページ目を見てみた。


 ……


 拙い文字だった。まだ文字を覚えたての子供のような……いや、実際に文字を覚えたての子供の文字なのだろう。


 ……日付は10年以上前……まだベロニカさんは10歳にも満たない子供だっただろう。


【◯月✕日 あめ(だったきがする) にっきをつけてみたらどうでしょう、といわれた】


 ここまでがタイトル。


『メイドちょうの人に「にっきをつけてみたらどうでしょう」といわれた。にっきにきもちをはきだせば、すこしはラクになるかもしれない、ってことだった』


 ……ほとんどひらがな、か。そりゃ子供ならそんなものだろう。ベロニカさんはこの屋敷に来た頃は読み書きができなかった。そのことを考えるとすごい進歩だ。


 ちなみに日付は最初から書き込まれている。日記を見ると、全てのページを書いたら365日分の日記が完成するもののようだった。


 ……それを10年分……3000ページ以上も日記をつけていたのか……


 そしてメイド長……ってローズさんか。


 ……ローズさんって俺が物心ついたときからメイド長だったんだよな……何歳のときからメイド長なんだろう。


 ……


 しかし……ハッキリ言って読み辛い時だった。全部ひらがなで、筆圧が強くて、グネグネと歪んでいる。やる気だけは感じるが、お世辞にもうまいとは言えなかった。


 それでも……これがベロニカさんの日記だった。この屋敷にはじめて来てから約10年。そのすべてが綴られた日記だった。


 そして次の行を読むと……


 意外な言葉が書かれていた。


『こわい』

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