第38話 僕も
重たい空気の中で食事を終えて、
「……少し休憩を挟みましょうか……」母さんが言う。「ライラック、ローズさん。準備ができたら声をかけて。それから尋問を開始するから」
俺とローズさんが返事をして、母さんが続ける。
「ナナとサザンカさん、フィオーレさんは屋敷のことをお願い。客人の体調にも気を遣うように。パドマさんは……まずは自分の体調のことを最優先で考えなさい。ギンランさんは……大人しくしておくこと」
それぞれが返答して、その場は解散となった。
……
俺も結構疲れていた。戦闘の疲れもあるが、状況を説明するのに思ったより体力を使った。
しかし尋問開始まで、そこまで時間があるわけでもない。軽く休んだら早めに母さんのところに行こう。なんとしてでも突破口を見つけなければ。
そう思って、俺はとりあえず自室に戻った。やはり休憩するなら自室に限る。
ほんの少しだけ眠ろうか? いや……今の疲労を考えると寝過ごす可能性がある。しかしただのんびりしている時間というのも暇だな、なんて思っていると……
「……?」部屋の扉がノックされた。「……どうぞ」
俺は念の為かけておいた鍵を開けて、来客を迎え入れた。
「失礼します」まだあどけないが礼儀正しい声だった。「少し……お時間、よろしいでしょうか」
一生懸命礼儀正しい言葉を話そうとしているのが微笑ましい。大人びて見えるが、まだ彼は10歳の子供なのだ。
その子供……フィオーレは真剣な表情で俺の部屋の前に立っていた。
邪険にする理由はない。俺はフィオーレを部屋に招き入れて、
「ああ……どうぞ。お茶も出せないが……」
「ありがとうございます」
フィオーレは頭を下げて、俺の部屋に入った。
……
フィオーレが俺の部屋を訪ねてくるなど珍しい。それにこんな長文を話すとは……
まさかフィオーレも別人になっているのか? そんなことを思ったが、どうやら違う。彼から発せられるエネルギーが本人のものに見えた。
フィオーレは手近なイスに腰掛ける。俺はベッドに座って、フィオーレが口を開くのを待った。
「あの……」フィオーレはゆっくりと言葉を探しながら、「……相談があるんですけど、自分でも……よくわかってなくて……」
自分が何に悩んでいるのか、それがわからないのだろう。だけれど不安で仕方がなくて俺のところに来た。
よくあることだ。子供だとか大人に限らない。年齢をいくら重ねても、自分の心というのはわからない。
「ゆっくりでいいよ。どうせ暇してた」別に母さんだって急いでないだろう。「そういえば……サザンカさんを助けてくれて、ありがとな」
アマリリスが暴れたときに戦ったのはサザンカさんとフィオーレだ。まだ子供の彼を駆り出すのは心苦しいが、大戦力だからな。
「……あまり役には立たなかったけれど」……まぁサザンカさんが強すぎるだけだ。「……怖くなった……」
「……?」
フィオーレは自分の服の裾を掴んで、
「……難しい話はよくわからないけど……ベロニカさんも、アマリリスさんも、ギンさんも……別人になっちゃんたんだよね……?」
いつの間にか敬語が消えているが、指摘するほどのことでもない。むしろタメ口のほうが嬉しい。
「……そうみたいだな……」
俺もよくわかっていないけれど。
「すごく……悲しい」フィオーレは自分の心を包み隠さずに話しを続ける。「僕は……屋敷の中では新参者。だけど……みんな優しくしてくれて、家族だって言ってくれて……」
新参者、といっても5年くらいは過ごしているけれど。
フィオーレは続ける。
「なんにもできなかった子供の僕に、いろいろ教えてくれて……優しいお兄ちゃんとお姉ちゃんで……」……きょうだい、みたいだったもんな。「それが突然別人になったって言われても……僕には、受け入れられなくて……」
「……安心してくれ。俺も受け入れられてない」
誰も受け入れられてない。家族が突然別人になって……受け入れられる人間などいないだろう。
「それで、ね……」フィオーレは目に涙をためながら、「……すごく僕は、怖い……」
「……」
「……僕も……僕も別人になっちゃうの……?」
……
……
その問題からも逃げられないよな……
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