第35話 だからなに?

 母さんは力強く宣言した。


「当面の目標をお伝えします。1つはこれ以上犠牲者を出さない方法を見つけること。2つ目は失われた家族を取り戻す方法を見つけること。どんな些細なことでも構わないから、情報を見つけたら共有しなさい。良いわね」


 重苦しい雰囲気だったが、ほとんどの人間が返事をした。


 返事をしなかったのはこの家に馴染んでいないパドマと、


「ふーん……」憮然顔で話を聞いていたギンだった。「失った家族を取り戻す……? それって、俺たちの意識を消すってことになるんだが?」


 ……本物のギンの意識が戻れば、今のギンは消えてなくなるのだろうか? その処理はわからないが、ギンが言うならそうなるのだろうか?


 アマリリスやベロニカさん……その2人についても同様だろうか?

 

 ギンは挑発的に続ける。


「それって殺人じゃないのか? そんな権利がお前にあるのか?」


 本物のギン、アマリリス、ベロニカさん……それらを取り戻せば、今の3人の意識は消えてなくなる。それは人殺しと同義かもしれない。


 そんな挑発は母さんには効かない。正義の味方相手になら動揺を誘えたかもしれないが、あいにく母さんはもっと利己的だ。


「だからなに?」母さんは冷たく言い放つ。「今すぐにでもあなたの首をはねてギンランさんが戻ってくるのなら、私はそれを躊躇なく実行する。それを覚えておきなさい」

「……は……?」

「私は人助けをしてるんじゃない。大好きな家族を守りたいだけ。家族以外の人間がどうなろうが、私の知ったことじゃないわ」


 母さんが身寄りのない子供を引き取る理由は1つ。


 家族がほしいから。寂しいから。1人でも多くの家族に囲まれていたいから。


 ただそれだけ。人助けなんて微塵も考えていない。


「私から見れば、あなたたちは侵略者でしかないわ。暴れないのなら衣食住くらいは提供してあげるけどね」

「……侵略者って……」ギンは母さんの迫力に怯えつつも、「……じゃあ、パドマも侵略者なのか?」

「それは今から見極めるのよ」一度見ただけではわからない。「私の家族を傷つけるなら……パドマさんも侵略者。でもパドマさんは……むしろ助けてくれたと聞いてる。今のところは信用してるわ」


 信用というのは行動の積み重ねだ。今のギンは負の信用を積み重ね、パドマは逆に正の信用を積み重ねた。


 だからパドマのことは信用して、ギンのことは疑ってかかる。


 ……


 実際に……母さんに追い出されたメイドや使用人も数人はいる。母さんは家族を傷つけたやつに容赦はしない。


 それでもギンは食って掛かる。彼としても……会話の主導権は握っておきたいのだろう。


「家族を傷つけるやつって……じゃあサザンカとかライラックは良いのか? アマリリスとベロニカを傷つけただろ?」


 さっきの戦闘のことを言っているのだろう。たしかに俺はベロニカさんを傷つけて、サザンカさんはアマリリスを傷つけた。フィオーレもナナもパドマも同じだ。


「もうあの子達は別人なのでしょう? ならば家族ではない。見た目が同じでも別人なのだから」母さんは一瞬下を向いてから、「それでも……見た目は家族と瓜二つ。そんな相手を殴った感触は一生消えないでしょうね」

「……」

「私は侵略者を許さない」ゾッとするほどの声音だった。「私から家族を奪うことは許さない。別の世界から来たらしいけれど……それだけは覚えておきなさい」


 ……


 母さんは家族以外には容赦ないからな……本当に今のギンには興味がないのだろう。


 ……

 

 屋敷の人間を皆殺しにするのなら、俺じゃなくて母さんなんじゃないかな……なんてことを思った。

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