第25話 これが転生の力というものだ

 素晴らしい能力を授かった。


 ベロニカさんはそう言って、俺に右の手のひらを向けた。


 その瞬間、


「――!」急に体が重くなって、地面に叩きつけられた。「……なんだ……! これは……!」


 地面に吸い寄せられているような感覚だった。上から巨大な岩に押しつぶされているような、それくらいの重量を体に感じた。


「これが私の能力――」ベロニカさんの言葉の途中で、ナナがベロニカさんに飛び蹴りを放つ。「おっと……相変わらず元気なお嬢様だね」


 ベロニカさんはナナの蹴りを両腕で受けた。威力を吸収しきれず2、3歩後ずさったが、まだまだ不敵な表情が崩れない。


 ベロニカさんがナナに気を取られているうちに、俺に降り掛かっていた謎の力は小さくなっていった。どうやら能力が解除されたあとも、しばらくは効果が残っているらしい。


「お兄ちゃん」ナナが戦いながら叫ぶ。「重力操作。有効範囲は手のひらから直線上に10メートルくらい。手のひらを向けてる方向にしか能力は発動できない」


 それはナナが戦闘で得たベロニカさんの能力の概要だろう。端的にわかりやすく伝えてくれた。


「ふむ……」ベロニカさんが感心したように、「素晴らしい分析力だな。あの短い戦闘で、そこまで分析するか」

「どうも」ナナは適当に礼を言ってから、「でも――っぐ……!」


 言葉の途中でベロニカさんが能力を発動する。その瞬間にナナの動きが鈍って、地面に膝をついた。

 

 おそらく強烈な重力がナナに降り掛かっているのだろう。歯を食いしばれば地面に叩きつけられることはないが、行動は不能になる。それくらいの重力。


 だが有効範囲がある。発動制限もある。手のひらを向けた相手にしか能力を発動できないという制限があるのだ。


 ならば俺達のやることは1つ。常に相手の背後に回り続け、視界の外に出る。そして手のひらが向けられないように立ち回り続けることだ。


 俺はベロニカさんの背後に回って、足払いを狙う。


 しかし、


「当然、背後を狙ってくるだろうな」ベロニカさんは軽く飛び上がって、俺の足払いを避ける。「連携速度も悪くない。だが……」


 飛び上がったのは間違いだ、と言おうと思った。着地の隙を狙ってゲームセット、のはずだった。


 しかしその言葉は俺の口から出てこなかった。


 ベロニカさんは、続ける。


「しかし私は……人知を超えた力を身に着けたのだよ。これが転生の力というものだ」


 ベロニカさんは上空にゆっくりと浮遊していく。どうやら自分自身の重力も操ることができるらしい。


 上空からベロニカさんは右手を俺に、左手をナナに向ける。


 上空から狙われたのではかわす方法がない。今のベロニカさんに死角なんて存在しない。


 手のひらを向けられた瞬間、また重力が何倍にも膨れ上がる。なんとかこらえようとするが、重力には逆らえずに膝をついてしまった。


 骨がきしむような感覚だった。一瞬でも気を抜けば地面をベッドにして寝てしまう。


 このまま重力をかけられ続けるだけで、俺達は力尽きるだろう。それほどの力を感じた。


 冷や汗が流れてきた。果たしてこのバケモノに勝てるのだろうか……?


「ごめんお兄ちゃん……情報を修正……」ナナが苦悶の表情で重力に耐えながら、「能力の発動範囲は、ベロニカさん自身と手のひらを向けた方向……」

「……了解……」声を出すのも辛い。「……どうする……?」

「わかんないけど……とりあえず……1いないと話にならない……」


 そうだ。人数が足りない。ベロニカさんの能力は手のひらを向けている方向にしか発動しない。

 ならば3人いれば、1人は能力をかいくぐって行動できる。だが2人では、こうやって動きを封じられて終わってしまう。


 俺は言う。


「……サザンカさんは……?」

「アマリリスの対処も辛そう……向こうも、なんか能力があるっぽいから……」


 アマリリスも今のベロニカさんクラスの力を持っていると思ったほうがいいだろう。ならばサザンカさんやフィオーレの加勢は期待できない。


 フィオーレも強いとはいえ、まだ子供だ、サザンカさんがいなければ最悪の事態になってしまう可能性もある。


 そしてローズさんは買い出しの最中だ。ギンは……まだ山の上だろうし……


「現状の戦力で、なんとかするしかないってことか……」

「……そうなんだけど……」ナナが歯を食いしばって、「……動けないんだよね……」

「……俺もだ……」


 ……


 これはまいった。ローズさんが帰って来るまでベロニカさんが待ってくれるはずもない。


「終わりにしよう」上空からベロニカさんの声が聞こえてきた。「まずはライラック・ロベリア。お前からだ」


 ベロニカさんは地上に降りて、何度か蹴りの素振りをした。


 ベロニカさんは言う。


「力は人並でね。何度も蹴って苦しませると思うが……まぁ我慢してくれよ」


 このままではマズい。死の気配がすぐ近くまで来ている。ベロニカさんの攻撃が飛んでくれば、すぐにでも絶命してしまう状況になっている。


 ……


 なんとかしてナナだけでも逃さなければ……ベロニカさんからしても、俺を殺すメリットはあってもナナを殺すメリットはないハズだ。


 土下座でもしたら許してもらえるだろうか……? 俺の命はもうなくても良い。妹だけは――


 そんなことを思っていると……


 思わぬ助っ人が現れた。

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