第23話 ライ坊

 ギンが別人になった。それだけでも許容範囲をオーバーしているというのに、今度はベロニカさんまで……


 演技には見えない。そもそもベロニカさんは演技ができるような器用な人じゃない。こんな冷たい目線の女を演じることなど彼女にはできない。


 目の前にいる女性は……姿形はベロニカさんだが別人。そう信じるしかなかった。


 俺は思わず聞いた。


「お前……誰だ? ベロニカさんをどこにやった?」

「なにを言っている? ベロニカなら目の前にいるだろう?」

「俺の知ってるベロニカさんは――」

「信じてくれないの? ライ坊」


 殴りかかりそうになった。


「似てねぇよ」

「……そうか。声帯は本人のハズだが……イントネーションが違うか」声が間延びしてないんだよ。「そもそも、このゲームはボイスが付いていないからな……ベロニカというキャラクターのセリフには波線がついていることが多い、という情報しか知らないんだ」


 ……イライラする。なにがキャラクターだ。俺にとってはたった1人の大切な人だ。


 ……


 体が熱くなっていくのを感じる。怒りという感情は、いつだって俺から冷静さを奪っていく。


 ベロニカさんが言う――正確にはベロニカさんではないが、便宜上ベロニカさんと呼ぶしかない――。


「他の転生者はどこにいる?」

「……答える義理はねぇな」本物のベロニカさんからの質問なら答えるけれど。「……俺を山頂に呼び出したのはアンタか?」

「……呼び出す? なんの話だ?」

「……こっちの話だ」


 ベロニカさんはギンが転生者だと知らない。ならばギンを呼び出すなんて行動には出ないだろう。


 ……


 つまり……考えたくないが……


 ってことだ。ギンが転生者だと知っているやつが紛れているのだ。


 なんてことだ。誰だ? 誰が別人になっている? 俺の家族は……どこに行った?


 会話を聞いていたナナが言う。


「……たぶん……手紙の犯人はアマリリスさんだと思う」

「……アマリリス……?」そこで気がつく。「……そういえば……サザンカさんはどうした? フィオーレも……」


 ナナとベロニカさんが殺し合いをしている。そんなのを彼ら彼女だが黙って見過ごすわけがない。なのにサザンカさんもフィオーレも、アマリリスもここにはいない。


 ナナは沈痛な面持ちになって、


「……アマリリスさんも暴れ始めてる……」……なんだそりゃ……「……屋敷の裏手。サザンカさんとフィオーレさんが対処してる」

「……暴れてるってのは……」

「そうだよ。この世界はゲームの世界だとか言い始めて……」ナナは深い溜め息をついて、「私が最初に襲われた」

「……」

「なんでも私が推しキャラなんだってさ。だから……力ずくで手に入れようとしたとか」


 ……


 言葉が出ない。俺はこんなときのための言葉を持ち合わせていない。ただ怒りだけが湧き上がってきた。


 推しキャラ、という言葉がどんな意味を持つのか……それは詳しく知らない。だが、身勝手な理由で俺の妹を傷つけようとしたことは理解した。


 もうアマリリスは……アマリリスではなくなっている。それも理解した。


 ナナは淡々と告げる。おそらく感情を表に出したら制御できなくなるから、意識して抑えているのだろう。


「それで……目の前のベロニカさんの狙いはフィオーレさんだった。だからこっちは私が相手をしてる」


 お互いの標的を遠ざけたわけだ。


 ……


 ……


 俺とギンを屋敷の外に誘導して、その間に狙いの人間を襲う。それはわかった。


 今はそんなことはどうでもいい。


「お前……俺の家族をどこにやった……?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る