第1話 お前さえいなければ……!
関係は良好だったと思っている。
ずば抜けて仲良しだったわけではない。とはいえ憎しみ合ってもいない。なんとなくお互いに距離感をわきまえていて、そこそこの棲み分けができていた。
しかしそう思っていたのは俺だけだったのだろうか?
「お前さえいなければ……!」
就寝中。夜中。深夜12時。
部屋に忍び込んでくる気配に目を覚ました俺の目の前に、剣を抜いた男の姿が見えた。
ああ……なんだ夢かと思った。自宅の自室の中で寝ていて、いきなり剣を持った男に襲いかかられるわけがない。そんな物騒な地域には住んでいないし、屋敷の中にいる人がそんな暴挙に及ぶわけもない。
ハズだったのだが……
「え……ちょ……!」
本気で剣が振り下ろされて、俺は慌ててベッドから転げ落ちた。なんとか一撃目は回避したが、その後も立て続けに攻撃が飛んでくる。
「お前さえいなければ……!」男は暗闇の中で、もう一度同じ言葉を繰り返した。「ライラック……俺がお前の息の根を止めて、この物語をハッピーエンドにしてみせる……!」
「……?」首を傾げることしかできない。「……なんの話だ……? なにかあったのか……? ギン……」
ギンラン、というのが彼の名前である。俺は彼のことをギンと呼んでいるが。
銀髪の彼は血走った目で俺を睨みつけながら、
「お前さえ消えればいいんだ……! そうなれば……!」
目の前にいるギンは、どうやら冷静さを失っているようだった。いつもの温和な彼とは似ても似つかないほど、狂気的な雰囲気を身にまとっていた。
「お、落ち着けよ……とりあえず紅茶でもいれるから……」
「問答無用……!」
「ヒェ……」
情けない声を出して、俺はギンの剣を回避し続ける。
その途中で疑問が浮かんできた。
「……お前……本当にギンか……?」見た目は間違いなくギンだが……「そんな力任せに振り回すような奴じゃなかっただろ……」
もっとギンには技があったはずだ。なのに今のギンは、力任せに剣を振り回しているだけである。いくら冷静さを失っているとはいえ、そんなことがあるだろうか?
「うるさい……! 黙れ!」
「……うるさいのはそっちだろ……夜中に大声出さないでくれ。家族が起きちゃうだろ」
夜中に屋敷の中で大騒ぎ。この屋敷は山の中にある静かな場所なのだ。
案の定……
「お兄ちゃん……!」血相を変えた妹が部屋に飛び込んできた、「大丈夫……? なにがあったの……?」
さらに、
「ご無事ですか」
メイド長まで来てしまった。さらに他の使用人やメイドさん、最後には親まで起き出してきたようだった。
というわけで俺の部屋の中には……俺と、剣を抜いたギンがいる。その姿を全員に見られたわけだ。
その状況を見て、全員が混乱していた。いつも冷静なメイド長ですら言葉を失っているようだった。
「お兄ちゃん……?」妹であるナナが言う。「……なにが、あったの……?」
……
使用人のギンに命を狙われました、と伝えるのが正確なんだろうけど……
「ああ……悪いな騒がせて」俺は立ち上がって、「さっき……窓の外から変なやつが入ってきてな。ギンが追っ払ってくれたよ」
「……」ナナは明らかに不満そうな表情で、「……ホント……?」
「ああ。騒がせて悪かった」
まだギンが俺の命を狙った理由もわからない。そんな状態で真実を伝えても意味がないだろう。
何より……ギンがこれほどの行為に出るのだ。たぶん……俺がなんかやっちまったのだろう。
「皆さんも……騒がせてすいません」俺は全員に頭を下げて、「もう夜中ですし……休みましょう。もちろん怪しいやつには気をつけて」
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