真面目で堅物な女騎士が、生意気少年を育てることになるお話
村沢黒音
1 成長しすぎです!
団長、こんなことになるなんて聞いてません!
フェリシカは心の中で絶叫した。
今までの8年間で蓄積された思いをすべて吐露した瞬間だった。
危機感を煽りたてるように、心臓が早鐘を打っている。額に浮かび上がる汗がじっとりと肌をなぞる。
まるで獰猛な魔物に睨みを利かせられているかのようだ、と彼女は思った。そして、今、彼女をそこまで追いつめている人物は――
「つまりさ」
フェリシカは顔を上げることができない。
目の前の人物と視線を合わせたくなかった。できればこのまま背を向けて逃げ出したい。
だが、それは叶わない。後ろは壁。横には手をつかれていて、眼前には鍛え抜かれた胸板。完全に追いこまれている状態だった。
自分がこんなに手も足も出ないでいるなんて。
フェリシカは悔しかった。
彼女は決して軟弱な淑女ではない。むしろ、その逆を行く。ローグヘルツ王国の近衛騎士団第2部隊長フェリシカ・リーネルと言えば、国内で名を知らぬ者はいない。
彼女の知名度の高さは、その能力と見た目のためだった。
目を見張るほどの美麗な容姿。銀糸のような長いプラチナブロンドと、宝石のように輝く碧眼。背が高く、均整のとれた体付きだ。街を歩けば老若男女を問わず注目を集める恵まれた見目――そして、そのイメージを裏切る戦闘能力の高さ。
ひとたび剣を握れば一騎当千、戦場では敵なし、敵が見惚れ、味方が戦くほどの華麗な剣さばき。国一番の女性剣士の名を上げよと問われれば、多くの者はフェリシカの名を口にすることだろう。
そんな彼女が今や、食われる寸前の小動物のごとく追いつめられていた。
その相手が問題だった。彼は見知らぬ男というわけではない。むしろ、相手は自分がよく知る人物だからこそ、フェリシカは混乱しきっていた。
「あんたにとって俺ってただの子供だったんだろ? だから、あんなに無防備でいられたんだ。一緒に風呂に入ろうとか、寝る前に本を読んでやるから抱っこしてやろうとか。果てはお子様ランチ? 本当、俺のこと馬鹿にしきってるよね、あんたって」
「待ってくれ、ロイ……」
フェリシカはやっとのことで声を出した。
今の自分は例えるなら、捕食者に爪で押さえつけられて、今にも首筋に牙を立てられようとしている獲物。だが、このまま大人しく食われてやる気もない。
それは騎士としての自分の矜持(プライド)が許さない。
だから、フェリシカは必死で弁解をする。
「私はそんなつもりはなかった。私はただ……」
「ただ、何? 保護者気取りだったっての? 8年も経ってるのに、未だにそうなの?」
「いや、そんなことは……。君だっていつまでも子供のままでいるわけじゃない。現にこんなに……」
フェリシカは顔を上げて、男と目を合わせる。
そして、ごくりと唾を飲みこんだ。
8年前までは確かに少年だった。華奢で、か弱くて、紅顔の美少年。
それが8年経ったら見事に化けた。想像以上の化けっぷりだった。
いくらなんでもデカくなりすぎじゃないか!?
フェリシカは胸中で叫ぶ。
自分だって女性の中では上背はそれなりにある方である。だが、目の前の男はそれよりも更に背が高く、ガタイも良い。壁に手をつかれただけで、フェリシカが身動きできなくなってしまったくらいなのだ。
「あのさ。この際だからはっきり言うけど。俺、あんたのこと、一度も保護者だとかって思ったことないから」
なぜこんなことになってしまったのか? フェリシカは必死で頭を回転させる。
あのかわいい少年はどこに消えてしまったのか? どうやったらこんなに急成長を遂げてしまうのか?
「俺は……ずっと、あんたのことが……」
そして、なぜ自分がその男にこんな風に迫られているのか?
わからないことだらけだ。だから、フェリシカはせめてもの抵抗で、心の中で団長に八つ当たりをしていた。
団長……。
なぜあの時、あんな命令を私に下したのですか?
フェリシカは走馬灯のように、彼と初めて会った時のことを思い出していた。
――8年前のあの日のことを。
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