学校のプリンスと呼ばれる女子の秘密を知ってしまった。

浅木 唯

第1話

「あ、ごめんなさい。」


散歩をしていると前から来た女性と肩がぶつかった。その際に相手の女性がものを落としてしまったのでそれを拾って渡す。


「すみません。ありがとうございます。」


そのまま立ち去ろうと思ったとき、頭にある人が思い浮かんで、それが口に出た。いや、出てしまったが正しいだろう。


「プリンス?」


プリンスとは、俺の通う学校にいるイケメン女子龍宮たつのみや八重やえのことだ。立ち振る舞い、勉学、運動。どれをとっても非の打ち所がない。それ故に男女を問わずよくモテる。


それほど学内で有名な彼女と気がつかなかったのには理由がある。一つ目は、学校の制服を自分で選んでズボンを履いている彼女だが、今日は真っ白いワンピースを着ていたこと。


二つ目は、緩っとしたワンピースでも分かる確かな膨らみがあった。学校での彼女にはあまりあるようには見えなかった。


「え...?」


ゆっくりと振り返った彼女はまるでこの世の終わりかのような顔を見せて来た。学校であれほどポーカーフェイスを保ち、完璧な対応を見せる彼女の絶望。その表情を忘れることはできないだろう。


「君はボクと同じ学校の生徒なのか?」


「そうだ。」


そう答えたとき、彼女は俺の手を掴んで肩を震わせて言った。


「どうかこのことは黙っていてもらえないだろうか?」


「何が心配なのか知らんが、一旦落ち着け。」


その様子から冷静に話ができそうにないと判断した俺は、近くにあった公園でベンチに座って彼女が落ち着くのを待った。


「すまない。取り乱した。」


ひとまず落ち着きは取り戻したが、まだ顔色は優れない。


「安心してくれ。誰にも言うつもりは無い。というか、言うような友達もいない。」


「そう...そうか。良かった。」


ようやく安堵の表情を浮かべた彼女に、俺も安心した。そのせいか、聞かなくていいことまで聞いてしまった。


「そんなに苦しいなら王子様役なんて辞めちまえば?」


いつもの彼女は、プリンスと呼ばれることも満更なさそうなのだ。だからこそ、今日のことは予想外でもあった。まさに好奇心は猫をも殺す。プリンスと呼ばれる彼女が、外で可愛い服を着ていることがバレること、その重大さをわかっていなかった。


思えばここが分岐点だったように思う。何も聞かず別れてさえいれば彼女との面倒な関係は始まらなかった。


「ボクが王子様役をやってるって...?それはどういうことかな?」


「そのままの意味だ。苦しそうに王子様役をやるくらいなら普通に生きりゃいい。」


楽しく生きられないならそんな役はこなす必要があるはずない。そう思っての言葉だった。だが、その一言こそが彼女の心をざわめかせた。


「君にっ!...君は誰かの熱烈な期待を裏切ったことはあるかい?」


一瞬沸騰しかけた心を落ち着かせて聞いてきた。期待を裏切ったことねぇ。


「ない。」


「だったら君にはわからないよ。人が裏切られたときに見せるあの顔が...どれだけ人の心を締め付けて縛るのか。」


「つまり、その期待を裏切った時の顔が見たくなくてそんなことをしてると?」


「ああ、そうだ。」


よくわかった。これは俺には全く理解できないのだと。人の期待に縛られる人生か...


「そうか。俺はバイトがあるからもう行く。」


「そうなのか?時間を取ってもらってありがとう。」


まだ、バイトの時間にはなっていないが、この場にいるこの場にいることが俺は耐えられない。


「最後に一つだけ、お前だけの人生好きなように生きればいい。ただ、悩みでもあったら相談に来い。話くらいは聞いてやる。」


「遠慮なく相談させてもらうとするよ。そういえば、名前を聞いていなかったな。」


え?名前知らない?おかしいな同じクラスのはずなんだが...せっかくかっこよく去ろうと思ったのに腰が砕けそうになったぞ。


大和やまと大路おおみち大和だ。」


「同じクラスじゃないか!?制服じゃないと雰囲気って変わるものだな。」


忘れられてなくて良かった。去り際も名前言うのもかっこよく決められたし満足。


さあ、どうやってバイトまで時間を潰そうか。


───


「やっと見つけた。」


「何しに来た?」


昼休みに購買で買ったパンを貪っていると龍宮が来た。


「ご飯でも食べながら話をしようかと思ってたのに、気づいたらいなくなっててびっくりしたよ。」


「教室では話しかけに来ない方がいいんじゃないか?」


「大丈夫だよ。君と話してるところを見られたからって、噂になんてならない。」


これって、お前なんて取るに足らない存在だから問題ないって言われてる?目から汗が出てきそう。


「そうか。俺なんて雑魚と話しててもなにも無いよな。」


「雑魚?何を言ってるんだ?」


「なんでもない。」


うん。多分ディスられた訳じゃなかった。だから、そんなに真面目に俺の小ボケを返さないでください。恥ずかしいので。


「それで、何しに来たんだ?」


「さっきも言っただろ。君と話そうと思ってね。」


「相談事でもあんのか?」


「いや、なにも無い。」


無いのかよ!なんかあるみたいな雰囲気だっただろ。


「無いなら来ないでくれ。ここは俺の心安らぐ場所だからな。ただの校舎裏だけど。」


「つれないこと言わないでくれよ。校内探し回ってようやく寂しくご飯を食べてる君を見つけたんだから。」


「俺はお前と話す義理はねえぞ。」


「わかったよ。」


龍宮がそう言ってどこかへ行った。しかし、それは今日だけの話で翌日もそのまた翌日も当然のように、パンを食べている俺の場所に来た。


龍宮が話しかけてきて、それを俺が無視し続ける。その攻防を続けること一週間、ついには俺が折れて龍宮の話し相手になることにした。


「お前のその弁当は自分で作ってるのか?」


今日も今日とて俺のところに来て、すぐ隣で弁当を広げた。そして、ちょっとした興味本位でそう聞いてみた。


「...」


「なんだ間抜けな顔は。」


龍宮は口をあんぐりと開けて俺を見てきた。


「いや、まさか君から話題を提供してくれると思わわなくて...明日は槍でも降るんじゃないかな?」


「ああ、そうか。お前は俺と話したくは無い...と。勝手に話しかけて悪かった。どうぞ、一方的に話しかけてくれ。」


「いや、違うんだ。君が話しかけてきて驚くのも仕方ないじゃないか。そもそも、君がボクを無視し続けたのが悪いだろう。」


「冗談だ。少しからかってみようかと思ってな。いやはや、期待通り...いや、期待以上のリアクションだった。」


普段の龍宮が見ている俺は、ここまで取り乱すとは思ってなかったこともあり、俺の腹筋が崩壊寸前で堪えている。


「わ、笑うことはないだろう?」


「いいもの見させてもらった。」


「そ、そうだ。ボクのお弁当の話だったね。ボクは自分で作ってるよ。」


強引に話題を元に戻された。話を変えるの下手すぎるけど、付き合ってあげる。


「そうなのか。すごいな。」


「そんなっ、褒めても何も出ないぞ。」


何か知らんが嬉しそうにしてる。龍宮くらいになれば歩くだけでも褒められてそうなくらいなのに。


「別にいらない。」


「少しくらいなら分けてやってもいいんだぞ?ほら、これとか美味しそうだろ。」


「そこまで言うなら貰ってもいいか?」


そんなにアピールされるも食べたくなるってもんだ。実際美味そうなので貰えるものは貰っておこう。


「口開けて。はい、あーん。」


言われるがまま口を開けると、龍宮が卵焼きを掴んだ。そして、そのまま俺の口へと近づけてきた。


「ちょっと待ってくれ!なにをしようとしてる!」


「見たままだが?恥ずかしがることじゃ無いはずだぞ。ボクたちはただのクラスメイトだからな。なにもやましくない。」


そこまで淡々と言われるとその通りな気がしてきた。ただのクラスメイトだから、全く恥ずかしがることは無い。


むしろ、恥ずかしがったことの方が恥ずかしいまである。自ら意識していると公言したようなものだから。


「すまん。」


一言謝ってもう一度口を開けて目を閉じ待機する。


「では、改めて。あーん。」


龍宮がそう言って俺の口に運んできたはずなのに、一向に俺の口に卵焼きが乗せられた感触がない。さすがにおかしいと思って目を開ける。


それに合わせて、


「ん〜、美味しい。さすがはボク。完璧だ。」


これみよがしに言われて気づいた。俺は龍宮にからかわれたのだと。


「間抜けな顔してどうしたの?」


今度は俺が間抜けな顔を晒しす番だった。しかし、こんな手に騙されてからかわれるなんて一生の不覚。


「おいっ!笑うなよ!」


「まさか、こんな簡単に騙されてくれるとは..笑いをこらえるのに必死だった。」


「堪えれてねえよ。」


「ご、ごめっ...ふふっ。」


龍宮はしばらく笑い続けたがようやくおさまってきた。自分でやっててなんだがこれ程ムカつくとは思いもよらなかった。


「そんなに怒らないで、ほらもう一つあるから。」


「もういらんっ!」


「あーあ、拗ねちゃった。」


「拗ねてない。」


ただ、もうおかずを貰う気が無くなっただけだ。それを拗ねてると言われるのもムカつく。

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