第16回空色杯【500文字以上/未満の部】
かみひとえ
Fallin'
息もできない浮遊の中で。
夜明けの空の色のように世界の中に墜ちていく。東から差し込む光の速さにワタシの身体は追い付けない。
1083秒の刹那、高鳴る鼓動の不協和音が滲んで凍える。眠れないワタシの脳髄に喧しく冴え渡る。まだあと少しだけ。
遥か彼方の地平の先、前後不覚に揺れる視界不良、必死に見開いた瞳に滲むその色を。
息をして、息をして! 吹き荒れる大気の冷たさと星の輝きの最期を交互に感じる。晴れ渡る空の球面収差の拡散と収束、その在り処をワタシはまだ知らない。
張り詰めた焦燥と、不自由な開放感と、猛烈な落下速度と。この無重力は嫌いじゃないけど。
まだ終わりじゃない、まだ始まってもない。目も眩むような乱気流、時間が静止した耳元で空気の重さだけが鳴り響く。ワタシの身体を風切る色に染めていく。
バサバサと舞い上がる髪を振り払うことも、翻るスカートを抑えることもできない。ただ北北東を掴むだけ。
しがらみなんてない。過去も未来も現在すらも置き去りにして。この煌めく星明かりの何もかもを振り払って。
渦巻く雲が足元へと墜ちて、目まぐるしく回転する世界の色。ワタシはまだバラバラになっていない。
次第に拡大する世界とどんどん縮小していくワタシの存在定義。こんな世界が嫌いだったはずなのに。こんな自分を変えたかったはずなのに。
一身に浴びる-33.8℃、体感速度の限界のその先へワタシの想いは届くだろうか。ワタシの願いは耐え切れるだろうか。
手足をばたつかせても空気は無力に流れて、すべてが遥か遠くに感じられる。周囲の静寂とともに孤独を響かせて、この胸の奥が冷たく強く締めつけられる感覚に襲われる。ノスタルジーなんて味わってる場合じゃないのに。
頬を撫でる、まだ墜ちているという感覚。そろそろワタシは夜の終わりに巡り会う、朝の始まりと見つめ合う。
箱庭の世界が大きくなっていく。平行感覚の喪失、軋む最高速度。ただ淡い地平線に手を伸ばして。
さあ、ワタシを置いてきぼりにしていよいよ夜は明ける。ワタシはその中に制御不能なまま飛び込んでいく。
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