第8話 カスハラか、ただの酔っ払いか
パブの店内で演奏していたはずの楽器隊や踊り子達は既に撤収しており、オーナーと一人の男が言い争っていた。
「そんなに怒る事ないじゃんかよ~」。
男は欠伸をしながらヘラヘラと笑っており、酔っているのか若干足がおぼつかない様子だった。
(センター分けセミロングの金髪に無精髭とやせ型の一八〇くらいの長身...。シャツの胸元は大きく開いて服装は乱れてはいるが、茶色い洒落たスーツもなんか高そうだし浮浪者ではなさそうだな...。少し若作りしている感があるが...。まぁ、風貌からして四十代くらいか...? )。
ハリガネは神妙な面持ちで自身の顎を撫でながら男の分析をしていた。
「絡み酒に踊り子や他の女の子へのセクハラ行為ッッ!! さらに、女性客にナンパと散々迷惑行為を繰り返した上に金を払わないだとぉぉぉぉおおおおおおおおッッ!? ふざけるなぁぁぁぁあああああああああああッッッ!!! 開店早々だが、お前の様な輩は今後の出入り一切禁止だぁぁぁぁあああああああああああああああッッッ!!! 代金もしっかり払ってもらうからなぁぁぁぁああああああああああああああああッッッ!?!? 」。
「おいおい、別に俺は払わないなんて言ってないよ~? ただサービス料諸々なんか高くないかなって、いちゃもんつけてるだけじゃ~ん! 」。
男はオーナーに怖気づいている様子もなく、相も変わらずヘラヘラしていた。
「い、いちゃもんだとぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおッッッ!?!? 」。
オーナーの顔は怒りでみるみるうちに赤くなっていき、スキンヘッドの頭はまるで茹でダコの様であった。
「いや、そりゃそうだよ~。だって、この価格は全然適正じゃないでしょ~?? ぼったくりもいいところだよ...というか完全にぼったくりだよ、これぇ~。そういえば、この前飲んだ店と同じ価格だったんだけど、そこは国外の山賊とつながってたんだよなぁ~」。
「お、俺が賊人だって言いてぇのかぁぁぁぁああああああああああああああああああッッッ!?!? あああああああああああああああああああッッ!?!? 」。
すっかり憤ったオーナーはこめかみに青筋を浮き立たせて怒りで身体を震わせていた。
「別に賊人って決めつけたわけじゃないんだけどね~。あれぇ~? もしかして図星?? なんか、ぱっと見た感じそんな気が...しなくもないから本当に...」。
「そ、そんなわけねぇだろぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!?!? 」。
「本当~?? 」。
「く...っっ!! も、もう代金はいい...ッッ!! これ以上長居されたら営業妨害だッッ!! 早く帰ってくれッッ!! 」。
狼狽するオーナーを余所に男は椅子にドカッと腰を下ろすと、飲み干して空になったグラスをオーナーの顔に向けた。
「な、何の真似だッッ!? 」。
「お・しゃ・く」。
男の一言に、周りで様子を眺めていた客からドッと笑い声が起こった。
「はぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああッッッ!?!? 」。
オーナーは驚愕した様子で口をあんぐりと開けて声を上げた。
「はははっ!! 」。
「いいぞぉ~! 」。
「やったれ! やったれ! 」。
周囲の観客は面白そうに野次を飛ばし始めた。
「なんか、面白い酔っ払いだな~」。
その光景を客と傍観していたミドルがハリガネにそっと耳打ちをした。
「本当にただの酔っ払いなのかと疑っちゃうけどな。随分と弁が立つし、あの
ハリガネは男の立ち回りに両腕を組んで感心していた。
「代金いらないって事は、今日は飲み放題って事でしょ? 俺は料金が高くないかと聞いただけで別に帰るとは言ってないよ? だから、今日は思う存分この店で飲むことにしたよ~ん! 」。
「だからぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!! 出禁だっつってんだろぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!?!? 」。
オーナーは男にそう叫びつつ、その場で地団駄を踏み憤り続けた。
「あ、そこのボーイさぁ~ん? 赤ワインの“ポイズン”ボトル三十本、あとクロちゃんの丸焼きにフルーツの盛り合わせよろしくね~ん! 」。
「ぬぉぉぉぉおおおおおああああああああああああああッッッ!!! 全ッッッ然話が通じねぇぇぇぇええええええええええええええッッッ!!! こうなりゃあ、実力行使だぁぁぁぁああああああああああああッッッ!!! お前らぁぁぁぁあああああああああああああああッッッ!!! コイツを力ずくで追い出せぇぇぇぇええええええええええええええッッッ!!! 」。
オーナーがそう叫ぶと、その隣にいた屈強そうな大男の一人が居座る男の下へ歩み寄り...。
ブン...ッッ!!
その男がグラスに注いでいる酒瓶を...。
ガシャァァァァアアアアアアアアアアアアン...ッッ!!
持っていた木刀で叩き割った。
「...っっ!? 」。
「キャァァァァアアアアアッッ!! 」。
瓶の割れた甲高い音と共に、周囲からはざわめきと悲鳴が再び巻き起こった。
「オラァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!! こちとら、慈善事業やってるんじゃねえんだぞぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!?!? とっとと出てけぇぇぇぇええええええええええええええええええええええええええッッッ!!! 」。
大男がそう叫んで居座る男のシャツの襟を乱暴に掴むと、今までヘラヘラしていた男から笑顔が消えて眼の瞳孔が急に開いている様子をハリガネは目撃した。
「おい...。汚ねぇ手で触んなや...」。
目の据わった男がドスの効いた声でそう呟くと、襟を掴んだ大男の顔に
(...っっ!? 魔法陣...魔法使いかっ!? )。
ハリガネは男の手の甲に浮かび上がった光る魔法陣に注目した。
黄色く眩しく光るその魔法陣はさらに輝きを増し、その掌から強風が吹き荒れた。
「グァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!?!? 」。
「ヌォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!?!? 」。
立ちはだかっていた複数の大男達とオーナーは、近くにあったテーブルや椅子などと共に宙を舞いながら後方へ吹き飛ばされた。
ガシァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアンッッッ...!!!
「ぬぐぉぉぉぉっっ...!! 」。
オーナー達は派手に転倒し、地面に這いつくばって悶えていた。
「うほっ! すげぇ! あれ、魔法だよな? 風を出す魔法かい? なんか見かけによらず強そうだなぁ~、あのオッサン」。
「ああ、“ザ・ウィンド・ブロウウェス・ウェア・イット・リステス”だな」。
「ハリガネから見ると、あの魔法って強い方なの? 」。
「魔法が強いとかそういう事じゃなくて、あの魔法が操れるオッサンが並みの魔法使いではないって事は確かみたいだな。ちなみに、あの魔法は解読すると“風は思いのままに吹く”という事で、実力がちゃんと備わってないと効果が発揮されない。しかし、片手であんな風を起こせるなんて...。しかも、詠唱じゃなくて魔法陣召喚で瞬時にあれを出すとは...。一体、何者だ? 」。
ハリガネとミドルは小声で言葉を交わしている時、オーナーはよろめきながら立ち上がった。
「クソがぁ...。舐めやがってぇ...。も、もうタダじゃおかねぇッッ!! オイッッ!! 」。
オーナーの呼び掛けで二十人程の大男が店内に姿を現した。
オーナーと同様、厳つい容貌に傷だらけの顔や身体は“その筋”の人間にしか見えない。
大男達の手には釘や剃刀が刺さったバット,瓶,こん棒や金棒に鎖と様々な凶器が握られている。
「何だい? おたくは“反社”を用心棒として雇ってるのかい? 」。
男は凶器を構える大男達を、興味津々な様子で眺めながら椅子から立ち上がった。
「ククク...。こういう商売じゃあ、こういう傷は付き物なんだよ。お前みたいな魔法だの魔術だの面倒クセーもん使う厄介者を追っ払うのも楽じゃないだよ、ホント。そして、ここにいる用心棒はそんな魔法使いにも対抗できるスペシャリストだ。大人しく出て行くなら今のうちだぞッッ!? 」。
オーナーがそう言うと、用心棒達は不敵な笑みを浮かべながら持っている凶器から炎や電流を脅すように放っていた。
「ほう、魔力を注いだ武器ねぇ~。戦争や獣退治では普段魔力を使わない戦士とかに利用させるってのはあるあるだよねぇ~」。
男はたじろぐ様子を見せず、悠長に口笛を吹いていた。
「武道家や武器使いの集まりだぞぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!?!? コラァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!! フィジカルも万全よぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!! それに魔法使い対策はできてるっていったろぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!?!? 野郎共ぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!! 袋叩きにしちまぇぇぇぇええええええええええええええええええッッッ!!! 」。
「うぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!! 」。
オーナーの掛け声と同時に用心棒達は男を目掛けて突進していった。
「でも、それだけじゃ無理なんだよなぁ~」。
男は神妙な面持ちでそう呟きながら両手を前に突き出し、手の甲から黄色く輝く魔法陣を再び呼び出した。
用心棒達は男に攻撃した瞬間、先程と同様に後方へ吹き飛ばされて倒れ込んだ。
「グァァァァァアアアアアアアアアアアア...ッッッ!?!? 燃えるぅぅぅうううう...っっ!! 」。
「アガガガガガガ...ッッッ!!! 」。
武器から炎を繰り出した用心棒は貰い火を受け、電流を跳ね返された用心棒はその電流をまともに食らって痙攣しその場に倒れ込んで悶え苦しんでいた。
(“ディヴァイン・ジャスティス”だと...ッ!? そ、そんな魔法まで召喚できるのかよぉ~!? )。
男の高い潜在能力を見てハリガネは思わず唸った。
「ぐぅぅううう...っっ!! き、貴様...っっ!! 」。
ダメージを負ったオーナーはふらつく身体を懸命に支えながら、懐に隠し持っていた拳銃を男に向けた。
(あ~あ、もう完全にやけになってるな~)。
オーナーは怒りですっかり自我を失っている様で、目の焦点も定まっていない様子をハリガネは感じ取っていた。
「死ねぇぇぇぇえええええええええええええええええええええええええッッッ!!! オラァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!! 」。
バァン...ッッ!! バァン...ッッ!!
拳銃の銃口から数発の実弾が男に向けて放たれた。
「フフ...。愚かな...」。
男は冷酷な笑みを浮かべながらオーナーの方に掌をゆっくりと向けた。
すると、オーナーが放った銃弾は回れ右をしてそのまま主の元へ戻っていった。
「ぬぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!?!? 」。
オーナーに向かった弾の一発は銃に着弾し後方へ弾き飛ばされ、残りの実弾はオーナーの顔面目掛けて飛んで行った。
「ぐぁぁぁぁああああああああああああああああああ...ッッッ!? 」。
「はははっ!! 顔を掠っただけで脳や急所には当たってないから安心しなよ~。良かったじゃん、また傷が増えて~。ヒュ~! カッコイイよぉ~! 」。
「き、貴ッ様...ッッ!! 」。
顔面はすっかり血だらけになり、その場に悶えてうずくまるオーナーに男は煽り立てた。
(これは、もう勝負あり...だな)。
戦況をずっと眺めていたハリガネは、男の強さと度胸に感心しながら何度も頷いていた。
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