第3話 帰宅した時、二度と会いたくない奴が家の中にいやがった


「...はぁ。やってらんねぇよ...」。


友人のミドルと別れた後もめげずに就活を続けていたハリガネであったが、今日は特に良い収穫はなかったようだ。


やがて日も暮れていき、オレンジに染まった帰路をトボトボと歩いていた。


「う~ん、何とか単発の仕事を見つけることができたけど。でもそろそろお金もヤバいし、また日雇いとかも探していかないとな...。はぁ~、世知辛い...」。


ハリガネ=ポップの家系は、先祖代々伝えられてきた剣術や武具を用いて戦場で活躍してきた戦士の名家であった。


父のハリボテ=ポップも人間や獣問わず斬り殺し、国内からは恐戦士として恐れられていた。


ハリガネ自身もポンズ王国配下の兵士として戦場前線で戦い続けて王国に貢献してきたが、父ハリボテの不祥事もあり立場上除隊せざるを得なくなった。


そして今となっては、力仕事をメインとした日雇い仕事で食いつないでいる始末である。


「とりあえず、明日もまたグッバイワークで今度はなんか短期の...」。


ザワ...ッッッ!!


「...ッッ!? 」。


自分の家に近づいた時、戦士として培ってきた緊迫感と闘争心がハリガネの身体中を一気に駆け巡った。


ハリガネは両眼の瞳孔を開かせて家を凝視し、耳を澄まして家の周囲を看視した。


(...家から人の気配がする。呼吸からして...一人か。足音がしないから盗人が中で物色してるのか? 武具の音はしないが、中から飛び道具や銃を使ってくるかもしれないから用心しよう...。最悪、魔法を使ってくる可能性もあるしな)。


ハリガネは前線で戦闘に参加するだけでなく、敵地への潜入捜査等といった偵察活動も経験している。


今となってはあまり日常で利用されなくなった戦場での立ち回りも、この事態になって発揮されるのが戦士であるハリガネの強みである。


忍び足で足音を立てず、じりじりと家に近づきながら自身の聴覚と嗅覚を頼って家の中に潜む侵入者の偵察を続けた。


家との距離が近くなった時、紅茶に似た甘いヤニの香りが漂ってきた。


(...ん? この匂いは...アイツか...? )。


正体を察知したハリガネは、抜刀のために剣の柄を握りしめていた手で、自身の家のドアレバーを捻った。


ドアを開けてリビングへ入るハリガネを待ち受けていたのは、赤いキセルで煙草を吹かしている赤いショートカットヘアーの男であった。


夕日に照らされて真っ赤に輝く髪とミルクコーヒーの様な褐色の肌をしたその男は、剣を携えているハリガネに対し微動だにせずテーブルに腰掛けたまま佇んでいた。


男はリビングに姿を現したハリガネを一瞥したが気だるそうにキセルで煙草を吹かし続け、煙草の白い煙と甘い香りが睨み合う二人の空間を支配していた。


ハリガネは舌打ちし男を睨み続けながら、肩に掛けていたリュックを背もたれ椅子の上に置いた。


「...生きてたのかよ」。


「ああ、お陰様でな~」。


男は不機嫌そうなハリガネに対し、気にも留めていない様子でひらひらと片手を振りながら答えた。


ハリガネは男を睨んだまま、リビングの換気扇をつけて煙を外へ逃がした。


「フンッ!! 何がお陰様だ、不法侵入者の分際で。それに煙草吸うんだったら窓開けるなり換気扇つけるなりしろや」。


ハリガネの一言に重そうに細めていた二重眼を見開いて驚いた表情を見せた後、フッと微笑を浮かべた。


「おいおい~、突っ込むとこそこかよ~。それに侵入者がいるのに無防備で入ってきていいのか? 一応は兵士の端くれだろ? 身構えることくらいはしてろよ~。何か白けちまうんだよな~」。


男はそう言って、ハリガネを小馬鹿にしているかの様にクスクスと笑った。


「勝手に白けてろや。賊人の分際で何言ってやがんだよ。仮にそんな無能なコソ泥が入ってきても“一応兵士の端くれだったから”撃退する自信はあるけどさ~。あと、賊人が盗むもんなんてここにはないぞ。それだけは言っておくよ」。


ハリガネは露骨に不快な表情を浮かべて男にそう答えた。


「う~ん」。


男は楽しそうにキセルを回転させる等して弄びながら辺りを見回した。


「やっぱり隅にある置時計かな~。年代ものだし値打ちがありそうだな~。後で仲間達に運ばせておこうかな~」。


男はそう言って、その置時計を興味津々な様子で見つめていた。


「そいつは残念だな。この時計は昔、魔術師の職人に防犯魔法陣を敷いてもらってて動かないようにしてあるんだよ。魔法陣の解き方は魔法が使えない俺には分からないし、針も動かない今となってはオブジェ同然だな」。


「あら、まぁ...。でも、そんな気はしていたよ。オンボロなこの家には不釣り合いなくらい立派な置時計だったのにな~。残念、残念」。


「...んな事はどうでもいい。それより何しに来た? わざわざご丁寧にピッキングまでして入ってきて。お前ら国外の方で活動してたんじゃなかったのか? 」。


「う~ん...」。


ハリガネに問われた男はキセルを弄び続けたまま長考した。


「...」。


「...」。


しばらく、二人の間に沈黙が続き、外からは誰かが会話をしている声が聞こえていた。


「...もうお前とは何年も会ってないからな。たまたまポンズ王国を通りかかったんで、ついでに...顔出しにね」。


火を切った男の答えを聞いたハリガネは、心底うんざりとした様子で大きな溜息をついた。


「...俺は二度と会いたくなかったぜ。それにお前にとっての顔出しってのは不法侵入のことを言うのか? ...まぁ、山賊だもんな。賊人のユーモアが効いてるぜ...まったく。戦士出身の俺んちで呑気に煙草吹かしてるのはお前くらいだよ」。


ハリガネが皮肉を言うと、男は表情を曇らせた。


「ふん、あんな下品で野蛮な奴等と一緒にするな。俺はあんな私利私欲に塗れた下等動物みたいな輩とは違う」。


「高貴な盗人だと言いたいのか? さすが反逆軍の中でも一二を争う“ノンスタンス”を束ねる“赤髪のデイ”だ。五億ゴールドの懸賞金をかけられている凶悪犯の言う事は実に説得力があるなぁ~」。


ハリガネがぶっきらぼうにそう皮肉を重ねると、デイはおどけた表情を浮かべて肩をすくめた。


「当たりが強いな~。怒ってるのか? 」。


「そりゃあ、泥棒に家入り込まれたら誰だって心穏やかじゃないだろが。それに国際指名手配犯のお前が顔出しのためにただ俺に会いに来たわけじゃねぇだろ? 家にまで入ってきやがって...何を企んでやがんだ? 」。


「う~ん」。


デイは再びキセルを横にクルクルと回しながら天井を見つめた。


「今まで何度もゲリラを決行して国家転覆を企んできたお前等だ。また、同じ事を繰り返すつもりか? 」。


「まず“ノンスタンス”は反逆集団ではなく、国家による階級や身分差別,卑劣な混血差別等の様々な問題を抱えた有志が結束して戦い続ける革命部隊だ。我々の活動は国家転覆じゃなく、若き有志達の明日のために改革活動をしているのだ。...さて、俺はこの辺で失礼するよ」。


「おいおい、待て待て。また騒ぎを起こすつもりか? やめとけ、最近は戦争が無くなったから憲兵の組織も大分強化されてお前も無事じゃ済まなくなるぞ。これ以上犠牲者を増やすつもりか? 」。


ハリガネがそう言うと、デイは不敵な笑みを浮かべた。


「俺より弱い奴にそんな心配はされたくないね」。


「何だとっ...!? 」。


ハリガネが詰め寄ろうとするとデイが自身の掌でそれを制し、全身を覆っている茶色いマントコートをめくってみせた。


「なっ...!! 手榴弾と火炎瓶っ!? 」。


デイがコートをめくると、腰には多数の兵器が装備されていた。


「ハリガネ=ポップ、君は偉大な父を持ちながら才能そのものまでは継承出来なかったようだね。君は呑気に煙草を吹かしてる様に見えたかもしれないが、火薬の匂いを誤魔化すのも戦術の一つさ。そのくらいは読んでいたかな...と思ったんだが」。


(...チッ!! 煙草で薬品と火薬の存在を隠してやがったのかっ...!! 迂闊だったっ!! ってか、そもそもコイツが丸腰で王国に忍び込むわけがねぇだろう...。俺のバカ...)。


図星を突かれて思わず眉間にしわを寄せてしまうハリガネ。


「...遂にポーカーフェイスすらできない程にまで落ちぶれたか~。はぁ~、こんな奴に俺等ノンスタンスは何度も壊滅されかけたのか~。平和ボケってのは怖いねぇ~」。


デイはハリガネの反応を見るなり、やれやれと言わんばかりに首を振って呆れた表情を浮かべた。


「...」。


ぐうの音も出ないようで、ハリガネはすっかり気落ちし苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべて黙っていた。


「このくらいの潜在能力だったら、俺じゃなくても片づけられるだろうしな~。まぁ、この際ぶっちゃけちゃうよ。お前は長らく戦場に出ていないらしいから、俺らの脅威になるかな~って“挨拶”がてら今日試しに来てみたんだよな~。厄介になりそうだったら始末しちゃえばいいかなって思ったけど、そうする必要もなさそうだな~」。


ただただ呆然とするハリガネを余所に、涼しい顔で素通りしていくデイ。


「あ、そうそう」。


デイがドアノブを掴んだ際、立ち止まってハリガネの方に振り向いた。


「今回は見逃すけど、俺等の邪魔をするようならば容赦なく消す。“戦士として次に会った時が最期”...なんて、そんな事を何かの小説に書いてあったような気がするけど、まぁいいや。とにかく、今後は決して俺達の邪魔だけはしてくれるなよ? このまま、平和にのうのうと生きていたいならば...な」。


「一体何を...」。


ハリガネがそう言いかけた時、デイはさっさと立ち去っていった。


「...」。


一部始終デイに圧倒され、落ち込むハリガネは無言のまま地面を見下ろしていた。


(お、俺としたことが...。何も出来なかった...)。


ハリガネは一気に虚無感に襲われ、近くにあった椅子に崩れ落ちる様に座った。


「平和ボケか...。俺の場合は人に殺される前に社会にハッ殺されそうなんだがな...あっ!! 」。


ハリガネがうなだれていた時にある事を思い出し、ハッとなって顔を上げた。


「そうじゃんっ! 明日は日雇いの仕事があるんだった! 早く寝て明日に備えないとな...」。


明日の支度をしている際、先程言っていたデイの言葉がハリガネの脳裏をよぎった。


“戦士として次に会った時が最期”...。


(まず、今の俺フリーターだしっ!! 戦士職の仕事なんかもう無いしっ!! い、言えねぇ...。今、国家を守る以前に自分の生活を守る事で精一杯です...なんて言えねぇ...。今は剣を使わずに日雇いで食い繋ぎながら生きてます...なんて言えねぇ...。明日はパブの用心棒やりますなんて言えねぇっ...!! )。


悩めるハリガネは頭を抱えてテーブルに突っ伏していた。


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