第2話 恐戦士という名のクソ野郎


ハリガネ達が昼食のために向かった場所はユズポン内にある飲食店だった。


「いらっしゃい!! お、二人揃っての来店とは珍しいねぇ~! 」。


「マスター、久しぶりっす! 俺、いつものAランチね~! 」。


男はこの店のマスターに笑顔で手を振りながらカウンター席に腰掛けた。


「...じゃあ、俺はBランチで」。


ハリガネも椅子に座り、メニュー表を手に取って注文した。


「はいよ~」。


マスターは注文を聞くと手早くフライパンを振るって調理を始めた。


「はぁ...」。


ハリガネは差し出されたグラス一杯の水を一気に飲み干し、大きな溜息をついた。


「ハリガネ君、また今日もダメだったのかい? 」。


マスターは落胆するハリガネの様子を一瞥して問いかけた。


「...」。


ハリガネは返事する気力も無い様子で、無言のまま深く頷いて答えた。


「マスター、もうコイツどうしよもないからこの店で雇ってあげてよ~」。


「いや~、うちも余裕なくてね~。それこそミドル君のお店なんかはどうだい? 繁盛してるって聞いてるし、人手が足りないんじゃないのかい? 」。


マスターは鍋に入ったスープをかき混ぜながら男にそう問いかけた。


マスターがミドルと呼ぶ男は、ミドル=ヘップバーンという道具屋の一人息子。


ハリガネとは幼馴染であり、両親が営む道具屋の手伝いをしている。


今でも、ハリガネとはこの店で食事を共にしたりする仲だ。


そのミドルは肩をすくめながら首を横に振った。


「ダメダメ。コイツ剣とか兵器しか扱ったことがねぇから全然使えない。コイツがまだ戦場に出てた時に何回か店の手伝い頼んでた時があったけど...。まぁ~、届け先は間違えるわ~発注品は間違えるわ~。親父もお袋もさじを投げて『アイツにはもう頼まない』って言ってるから、まぁ無理だわな~」。


「こっちから願い下げだ、馬鹿野郎」。


ハリガネは舌打ちしながら、ぶっきらぼうに言葉を返した。


「まぁまぁ、自棄になんなって~」。


「なってねぇ」。


すっかり拗ねてしまったハリガネは、ミドルからそっぽを向いてしまった。


「分かった、分かった。でもよぉ~、さっきも言ったけどもう“戦士が必要な時代じゃない”っていう事はお前だって分かってるだろ~? 我が国ポンズ王国と争ってきた諸国が長年の戦争で瀕死な状態になった末に、ようやく友好条約が結ばれたのが五年前の話じゃないか~」。


「あぁ~、もうそんなに経つのか~」。


ハリガネはそう相槌を打ちながら小さく溜息をついた。


「あれから戦争も無くなり、魔法使いはその特殊な能力を利用して多くの業界で活躍しているし、獣使いだって大型魔獣を使って運送業始めてるらしいぜ~。武道家だって最近はヨガやエクササイズがブームでインストラクターとして活躍してるらしいじゃない? 」。


ミドルの話を聞くと、ハリガネは天井を見上げた。


「一時は剣術道場でも開いて荒稼ぎしようって考えたんだけどなぁ...。もう道場は無いし武具もそんな残ってないし...。そんな金も今は無いしな~。...はぁ~」。


「道場? ああ、あったんだよな道場。でもあれだろ? お前の親父が国と色々と揉めた際に罰金が払えないから、それとの引き換えに土地も建物も差し押さえ食らっちまったんだよな。それに、今は剣術も王国の認定が下りないと人に指導も出来ないし、道場や教室も開けないだろ~? 」。


「う...ん。まぁな...」。


ハリガネは気まずそうに答えた。


「確か、俺が知る限りでは特殊な事業をこなす為に、技術や十分な知識や経験が必要だから国王認定試験に合格して資格を所持してないといけないんだっけ? 自分の流派を教えるのも師範格の免許所持してないといけないんだよな? 」。


「うん、そうだよ」。


「試験受けないの? 」。


ミドルにそう問われると、ハリガネは首を横に振ってうなだれた。


「無理なんだよ。試験を受ける以前の問題なんだよ」。


「え? でも実戦の実務経験があるじゃん」。


「さっきも言ったじゃん。金が無いんだよ」。


「どのくらいかかんの? 」。


「受験手数料で二十万ゴールド。実践試験で三十万ゴールドに合格証発行や諸費用含めて四十万ゴールド。必要最低限でも九十万ゴールドで試験先のポンズ王城での研修や滞在費もかかるから、これより倍近くかかるって窓口の職員が言ってたわ」。


ハリガネの答えを聞いたミドルが苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべた。


「うへぇ~!! マジかよぉ~!? じゃあ約二百万近くかかっちゃうわけっ!? かぁ~!! 庶民の足元を見てるねぇ~!! 王国は~!! それじゃあ、一人用の空中絨毯買った釣り銭で魔法使い用の杖とか魔導書とか一通り揃えられちゃうじゃ~ん!! だったらお前、魔法使いに転職した方が早くね?? 職場先豊富だぜ?? 魔法使いが重宝されてるのはお前だって知ってるだろ?? 」。


「だから、そんな金ねぇって言ってんだろ」。


ハリガネはげんなりとした表情を浮かべ、遂にテーブルに突っ伏してしまった。


「あ、そうか。親父のさんの事とかで財産とかほとんど持っていかれたんだっけ。てか、お前の親父何やらかしたんだっけ? 」。


ハリガネは突っ伏した上体をゆっくりと起こしながら、天を仰いだ。


「今、思い出しただけでも頭が痛くなる。戦時中に飲酒やパワハラに王国への背信行為、支給品や軍資金の横領等々...」。


「あとは王国下に従事している女性兵士へのセクハラとか、政治家の貴族に対しての暴行だろ? 」。


「んだよ...。知ってんじゃねぇかよ」。


ミドルが悪戯っぽく笑いながらそう横槍を入れると、ハリガネはばつが悪い表情を浮かべて舌打ちした。


「ただ、お前の親父さんは確かに王国内屈指の強戦士だったしなぁ~」。


「“狂”戦士の間違えじゃないか? 狂気の文字の方。若い頃なんかは獣使いを仕留めた後に、その使いの獣をバラして角やら皮を商人相手に売りまくって荒稼ぎしてたって話だ。あと戦時中に侵略した敵国の聖職者や魔法使いに富豪家を恐喝して、見逃す代わりに金品強奪したり賊人じみたことをやってたらしい。王国下の兵士がすることじゃねぇよ、まったく...。腐ってやがる...」。


「僕らの若い頃だとお父さんは“恐”戦士って呼ばれてたみたいだよ~。恐怖の文字の方だね~。文字通り恐怖の戦士として恐れられていたらしいね。破天荒っていうレベルでは収まらない思うけど、戦場では人も獣もなりふり構わず殺した後にその亡骸からは遺品奪って、高値な獣からは部位を剝ぎ取ってたりして“死神”なんて異名で呼ばれてて軍の組織内でも恐れられていたらしいね~」。


マスターが二人の食事を運びながら話に入ってきた。


「うひゃあ~!! まるで羅生門の話みたいだな~!! 」。


ミドルは目を丸くて驚いた様子を見せた。


「それに実際、お父さんの部下から聞いた話なんだけど、十年前のソイ=ソース共和国へ侵略する任務を無視して複数の小隊と魔獣狩りに行っちゃったらしいね~」。


マスターが苦笑しながらそう言うと、ハリガネは疲れ切った表情を浮かべたまま深い溜息をついた。


「マスター、侵略はしたのよ。その後、調子こいた“奴”は侵略した酒場から酒を調達して最前線区域で部下と酒盛りを始めやがったのさ~。それで更に気分を良くした“奴”は魔獣狩りと鉱石探索のために近くの山脈に大軍引き連れて前線から離脱しやがったわけ。もちろん、軍から指示を受けていた敵地上における侵略前線区域での待機任務を無視してね」。


「とても前線に構える隊長のすることとは思えないな...」。


ミドルは苦笑しながらフォークで野菜を突っついた。


「そんでスカスカになった我が国の前線部隊は“奴”がいない間に盛り返してきた敵軍によって壊滅してしまった。しかも“奴”はそのまんま現場へ戻らずに、何食わぬ顔で討伐した魔獣を部隊に運ばせて王国に帰還したという」。


「二度も同じ事言っちゃうけど、とても前線に構える隊長のすることとは思えないな...」。


「そんでもってノコノコ帰ってきた国賊同然の“奴”を王国が歓迎するわけもなく、そのまま御用。重罪人...つーか国家反逆者として軍法会議にかけられた尋問の場でも、『このくらいの戦力だったら十分過ぎる。魔獣も簡単に仕留められる俺なら一人でもソイ=ソース軍なんて子犬の群れ同然。逆に死んだ奴等はその程度のゴミ人間』なんて宣う有様...。まさに“クソ野郎”」。


「凄まじい事を言うな、お前の親父...」。


「本来は反逆罪で死罪も免れないはずだったが、普段からたぶらかしていた貴族出身の世襲議員共を根回しして何とか回避したということだ」。


「ああ、コネを使ったのか~」。


ミドルの言葉にハリガネは頷いて話を続けた。


「ただ、散々やりたい放題やらかした分の罪を見逃すわけにもいかず、その件が決定打となって王家直属の兵士としての役職,実績,財産等の築き上げてきたものもほとんどを剥奪された...。まぁ、当たり前だわな~。王国から追放処分されて今となっては、何処で何をしてるのかも生きてるのかも分からないってわけよ」。


「ここで息子が国外追放された父親に対して涙の一言! 」。


ミドルがニヤニヤしながらハリガネにコメントを求めた。


「お前が消えて嬉しいよ。もう二度と戻ってくるな。そして顔も見たくない。...クソ、俺に負債を押し付けやがって...」。


バッサリと父親を切り捨てたハリガネに二人は苦笑した。


「そうかぁ~、話を聞いて改めて実感するけど、あの“ハリボテ=ポップ”がポンズ王国からいなくなって十年くらい経つのかぁ~。時の流れは早いもんだなぁ~」。


マスターは感慨深い様子で小さく何度も頷きながら食器を磨いていた。


「結局、王家配下の兵士だった俺も立場上居づらくなり、歩兵部隊からフェードアウトして最終的には除隊...。今は“奴”の賠償金を肩代わりしながら、肩身が狭い中で細々と暮らしていかなきゃならんいう...。かぁ~!! もうやってられんわぁ~!! 」。


ハリガネは苦悶の表情を浮かべながら天を仰いだ。


「王家配下のエリート兵士が今となってはフリーターかよぉ~」。


「エリートって程でもねぇよ...。俺は幹部候補を育成する将校上がりじゃないし」。


「あ、そうなの? でも、人生ってのは何が起こるか分からんなぁ~」


「お前...他人事だと思って...」。


ハリガネは歯を食いしばりながらミドルをじっと睨み付けた。


「だって他人事だも~ん。他人の人生だろ~? 自分でしかどうにもならない事なんだし~」。


「分かってるよ。そんなこと...」。


フンッと鼻を鳴らしてミドルに些細な反抗的な態度を見せるハリガネであった。


「まぁ、あれだ...。話は戻すけど、今後の人生しっかり考えた方が良いぞ? もうお前も三十過ぎだろ? 戦士の他にも自分に合う仕事はあると思うぞ? まぁ、俺も何か良い仕事とか聞いてたら教えてやるからよぉ~」。


ミドルはそう言った後、不意に店内の時計に視線を移した。


「さて、これ以上遅くなったらどやされるな。俺はそろそろ仕事に戻るぜ~。マスター! 会計! 」。


ミドルはカウンター席から離れ、コートからジャラジャラと音を立てておもむろに金を取り出し会計を済ませた。


「あ、そうそうっ! 」。


ドアに手を掛けたミドルがいきなり後方を振り返ると、ハリガネが腰から外して傍に立て掛けた剣を指差した。


「今朝、国会中継やってたけど“国内においての武具,兵器とみなされる危険物品所持及び使用の禁止”法案に関しての審議をしてたぞ。これが議会で通った暁には、お前みたいな無資格の人間が持ってるその剣も憲兵に没収されるからな~」。


「憲兵? ...ふんっ!! 御上の庭犬なんて追っ払ってやるさ~」。


ミドルの言葉に対し、仏頂面で腕を組み意地を張るハリガネ。


その様子を見たミドルは苦笑しながら肩をすくめた。


「昔にお前の親父が店の酒買いに来た時にも同じような事を言ってたぞ。『王の機嫌を取ることしか脳の無いゴミ貴族議員共のクソ広い無駄な館を片っ端から焼き払ってやるッッ!! 』とか」。


ミドルはそう言い残し、さっさ扉を開けて仕事場へと戻っていった。


「...俺はアイツと違ってテロリストじゃねぇよ」。


ハリガネはぶすっとした表情で独り言を呟いた。


「まぁまぁ、ハリガネも就活頑張ってよ~」。


見かねたマスターがハリガネに優しい言葉をかけた。


「うん、俺も頑張らないとな! マスターもありがとねっ! 」。


「あ、ちょっとっ!! ちょっとっ!! 」。


「え?? 」。


ハリガネが席を立ち、店を出ようとするとマスターに制止された。


「ウチ、出世払いのシステムは受け付けてないよ~」。


「え? でも確かミドルが...」。


マスターはカウンターテーブルに置いてあるミドルが残したお金を指差した。


「...っっ!! ア、アイツっっ!! 」。


その金を凝視すると、ハリガネはある事に気づいてしまった。


「自分のだけしか払ってないじゃないかっ!! 奢りって言ってたのに...。すっかり忘れてやがったアイツ...。ち、畜生ぉ~!! 」。


ミドルに憤慨しつつも、がっくりとうなだれるハリガネであった。

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