大坂に移り住む君へ

もち雪

第1話

 日本には、秋がある。


 しかし昨今さっこんでは、そんな秋を過ごす事はなかなか難しかった。


 けれどやっと今年、秋らしい秋が来た! 私が住んでいた北海道にも。美しい紅葉に目をやり心を和ませる。


 これからも私は、こんな北海道で四季を眺め暮して行くのだろう……。


 しかし青天の霹靂、私が勤めていた会社が、私に大阪の支店へ行けと命じて来たのだ。


 それからは、月日はまたたくまに過ぎ去ってしまった。


 送別会では、ついつい酔っ払い本音がこぼれた。大失態をやらかす。


「会社なんて、社員の希望なんて本当にお構いなしなんですね……」と一人落ち込む私に、皆が揃いも揃って「大阪へ行くって事は栄転って事だから頑張って来てヨ」と、もう私が食べる事は出来ない、新鮮な海の幸を豊富に使った料理を食べながら言う。


 ――大阪へ行ったらもうこんな値段で、この量は、食べられない。


 その思いで、酔いに酔った私は、最後の花束の贈呈の前に記憶が無くなり……。


「私は、偉くなって帰ってきます。増えた給料で、食べれなかった分の新鮮な魚や野菜たちを食べつくします……本当に……本当です……」と、熱弁したらしい。


 次の日に最悪の二日酔いの中、同僚から送られて来た、その時の動画でその顛末を知る事になった。


             ☆


 そして今、ここ東京駅の新幹線の中に居る。


 会社の妙な決まりで、支店を移る者は一同に、東京の本社へと集まり、社長のありがたい話を聞いた後、皆で揃って昼飯の弁当を食べる。そんな本社業務を終えた私が、指定席の椅子に座っていると見た顔がやって来た。


 私より3つ、4つ先輩だろう彼も、一緒にお弁当を食べた人物達の中に居たはずだ。


「あ……」と私が声を出すと同時位。


「田辺です。」そう彼は言い、彼の胸ポケットを探すが……。


「日野川と言います。よろしくお願いします」私が立ち上がり、頭を下げる。


「もう名刺は、ここへ来る前に破棄して来たんでした……」


 そう彼は恥ずかしそうに話した。


「はは、私もです。あえて混乱するので渡さない方がいいかと思い、破棄してしまいました。本当は、良くないかもしれませんけど……」そう言って私は苦笑いをする。


「私は、名古屋生まれで、東京へ出ていたんですが、やっと生まれ故郷の名古屋へ帰る事ができます。日野川さんは、どちらへ移られるんですか?」


「私は、北海道に住んでいましたが、大阪へ」


「あぁ北海道に、いらっしゃったんですか? 北海道は良い所ですよね、海の幸、野菜も北海道って美味しいし。酪農も盛んで……、でも、それなら突然へ大阪はへは大変じゃないですか?」


 彼は、僕を心配するような視線を送る。彼のそんな優しい人柄に漬け込むってわけではないが、私には彼に聞いてみたい事があった。


「それについては大阪に着いてみないとわからないのですが、大阪に行くにあたってすべき事などあるのですか?たこ焼きは食べておけとか簡単なことでいいんですが……、深く大阪触れられるような事だとすごく参考になりうれしいのですが……」


 彼は、しばらく考えたのち、とてつもない秘密を話すように声を小さくし話し出した。


 「これはあくまでも、私の私見であり感想と思って聞いてください。何せ、大阪には通るか、1度遊びに行っただけなので……」


「わかりました。あくまでも感想なんですね」


 私も彼に合わせて声を小さくする。


「日野川さん『お笑いの劇』を見ながらご飯を食べられますか?」


「と、いいますと?」


 僕が、そう言うと彼は何度かうなずく、そして記憶を探るように少しずつ話し出した。


「私が愛知県に住んでいた頃は、ある曜日に放送される『お笑いの劇』を毎週欠かさず、お昼ご飯時に見て育ちました。他にもいろいろ大阪の番組はやっていましたが、東京でふと大阪の事を思い出す時は、その番組の事でした。だから、たぶん私の中の大阪は、あの『お笑いの劇』の番組なのでしょう……。それで私、思うのですが……恋愛をすると相手の語学がわかるようになる様に、喜怒哀楽の喜を刺激する「日常をお笑いで表現するあの番組で、少しは私も大阪を理解出来たのではないか?と勝手に思っているわけですが……どうなんでしょうね?」


 彼は、いたずらを披露した子どもみたいに笑うので、私はすこし戸惑ったが……。


「大阪を、知るには日常を笑いに変えた劇を、見た方がいいと言う事ですね?」


「まぁ……あくまでも、私の私見で正解ではないですが、まぁそうです。なんにせよ……少しの間だけ大阪で暮していた知り合いが、大阪はあったけぇ、大阪はあったけぇと連呼してたので、貴方もすぐなれますよ」


「そうだといいですが……」


 と言う会話の後、田辺さんは、静かになり……横を見ると眠ってしまっていた。


 きっと田辺さんも引っ越しの準備で疲れたのだろう……。


 私はしばらく、もうすぐ着くだろう大阪について考えたのち寝る事にしよう。


 本当の大阪は、どんな所だろう?


 美味し料理はあるだろうか? それだけが気がかりでならない。



    おわり

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

大坂に移り住む君へ もち雪 @mochiyuki5

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ