閑話 行商人リカード

 キヨシが村長の家でゆでたジャガイモも振る舞っていたころ、フィオレラ村の近くで野営をしている商人達がいた。

 焚火を囲み、猪肉を焼きながら話をする。


「明日にはフィオレラ村やな……今回が最後になりそうやわ」


 小さな眼鏡をかけた商人の男は変わった訛りで護衛のエルフの少女に話す。

 フィオレラ村より離れた商業都市オーミの言葉だ。

 

「そうか……私にはどうでもいい話だ」

「もー、セリナはべっぴんなんやから、笑顔えーがお。護衛ゆーてもワイの補佐もしてもらうんやから、営業スマイルは必須やで?」

「むぅ……難しい」


 笑顔の見本を見せる商人の男——リカード——はセリナの事情を知っているのでそれ以上はツッコミを入れない。

 エルフではあるものの、長い耳の先が切られているのは奴隷として売られた証拠だ。

 長命な種族ではあるものの綺麗な森でなければ生きることが難しく、世界が瘴気にあふれたことで森を追われてしまい、そこを奴隷商人にとらえられたというのはよく聞く話である。


(ワイとしてはそーゆー商売は邪道やけど、儲かるんやからしかたないんよなぁ)


 リカードが内心思うように、エルフは男女どもに見た目麗しく、奴隷として高額で取引されていた。

 セリナを見つけた時、リカードは太った厭らしい目をした貴族に買われないようにその日の売り上げをすべて投げうったくらいである。


「私には村での商売が最後なのはどうでもいい話だが、リカードはそう思わないのだろ?」

 

 見た目ではリカードは20代後半、セリナは10代後半だがセリナはエルフのために実年齢は上だ。

 そのため、奴隷であっても呼び捨てを許している。

 もちろん、二人きりの時だけだが……。


「まぁ、親父の代からの付き合いやけども最近実入りが少ないからなぁ。安物ばかりしか売れへんし、代わりに貰う農作物も大したものがないしなぁ……旨味がないねん」

「そういうものなのか……私を買ったことに旨味はあったのか? 手を出されたこともないんだが」

「あかんあかん、そーゆーはセリナが本気で惚れた相手にいうもんやわ。奴隷とご主人だからという義務感で付き合われても困る」

 

 手を振ってセリナの言葉を遮ったリカードに対して、セリナはボソリとつぶやく。


「……別に義務感じゃないんだけど……な」


 その言葉は焚火がはぜる音で打ち消されてしまったのか、リカードは積み荷の確認をし始めた。

 セリナはその後ろ姿をため息をついて見送ると、周辺の警戒のために森の中を歩く。

 精霊の気配の感じない、エルフの住めない森だ。


「精霊のいる土地があれば、暮らしていきたいな……いや、そんなものを願うのは夢、幻か」

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