翠葉の実態その2。(小学一年生の夏休み前半)
「おーきく深呼吸!吸ってー、吐いてー。」
住宅地の一角にある小さな公園。
そこで僕と翠葉は、持ってきたラジカセから流れる曲に沿って、ラジオ体操をしていた。
「はい終了ー。」
「翠葉…。これ何日続ける気…?」
「もちろん。夏休みが終わるまでよ。」
「付き合ってらんないよー…。」
時刻は午前六時前。
空はまだ薄暗く、普段聴かない鳥の囀りや、虫の声があちこちから聞こえてくる。
そんな中、犬の散歩をしている大人がチラホラいるくらいの静かな公園で、僕らはこんな事をかれこれ十回以上は毎日繰り返している。
「出して。」
「はい…。」
僕は首にかけている厚紙を翠葉に見せる。
翠葉はポケットからスタンプを取り出して、ボチンと厚紙に八月一日と書かれている枠に押した。
ちなみにスタンプは翠葉の手作り消しゴムスタンプで、厚紙の枠も翠葉の自作だ。
作った消しゴムスタンプは一つだけで、何なのかよくわからない同じ動物のハンコが、夏休みが始まった七月二十一日から変わり映えもなく延々と押されている。
「さて、あとはお祈りだけね。持ってきた?」
「うん…。」
そして僕らは公園の片隅にある、赤い鳥居が目印の小さな神社に入った。
その神社は、屋根のようにこんもりと緑を被った古い樹にひっそりと隠れるように公園内にあり、玉垣に囲まれた赤い鳥居を抜けると、所々に大きな石碑や謎の石組みが段をつくっていて、その中央には朱色の社殿が僕らを迎える。
今日も僕らはいつも通り、バカみたいにどんぐりを一つ、社殿の前の岩の上に起き、お参りする。
「よし。終わり。」
「ねえ。何なの毎日毎日…。夏休みくらい家でゆっくり寝させてよ…。」
翠葉の謎の行動にしびれを切らし、家に帰ろうとしたその時、翠葉は何かを見つけて、小声で僕を呼んだ。
「刹李君、見てよ。」
「何?」
翠葉は神社の石組みの上で僕らを見下ろす黒猫を指差していた。
「きっと神の使いよ!ついに私達の行動が実を結んだわ!」
「え…、マジで…?」
「一緒に手を合わせるわよ!早く念じて!!」
「な、何を念じればいいの!?」
「願いよ願い!その為に毎日こんな事やってきたんだから!!」
「まさか…、今までの朝のラジオ体操とお参りって、願いを叶えてくれる神の使いを呼ぶ為の儀式だった…!?」
「さあ!いくわよっ!!」
パン!!
同時に二人で手を合わせる。
願い…。願い…!願い…?
僕の願いって何だ…?
やばい!いきなりすぎて何も思いつかない!!
「よし!念じたわ!!」
「え!ど、どうしよ…。僕まだだよ…。」
「早くしないと逃げてっちゃうわよ!」
「うううーー…。」
この時、僕は何を願ったんだろう…。
いくら思い出そうとしても、そこだけは記憶にポッカリ穴が開いたように、思い出せない。
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