第四話 君は僕の命の恩人です。
カッコン。
そのコッキング音は、僕が聴くと想定していないタイミングで鳴った。
このタイミングで鳴っていい音ではない。
この音が鳴っているという事は、仕留めていないという事なんだから。
「ダメだ!間に合ってない!!」
ダンッ!!
爆風を潜り抜け、それは僕の肩を抉り取り、鎖骨を砕いた。
「あぐっ!!」
言葉にもならない声を出しながら、僕の体は呆気なく落下し、地面に叩きつけられた。
「うわあーー!!!お兄さあああん!!!」
女の子の叫びが聞こえると共に、次のコッキング音を耳にした。
爆風が風と共に消え、その中央に現れたのは、銃口が抉れてはいるが、ルゥダミサイル四号と接触するすんでのところで発砲し、ギリギリ銃の機構を破壊されずに済んだ狙撃銃。
何か…方法はないか…。
せっかくこれがきっかけで自分の殻が破れると思ったのに…、結局僕はカーテンにしがみつくセミでしかないのか…。
消えゆく意識の中、僕は転がったあるモノに気づいた。
それはポケットに入れていたポケベルだった。
ふと、もう一度、ポケベルに表示された長い数字の羅列と向き合った。
『4104434401413232522104724104219145124344』
「こんな時に何やってんのー!?」
女の子は僕をベンチの裏まで引きずりながら、僕の姿を見てそう言った。
僕は羅列を見ながら、この別世界のような地域に来て感じた違和感を振り返った。
年季が入った古い病院。
どこか昭和ムードが漂う街並み。
スマホがポケベルに変わっていた事。
僕の感じた違和感の共通点は、全て昭和かというくらいに古いというところだ。
自分の置かれている状況が、霧が晴れるようにだんだんわかってきた。
「ごめん、これ読める…?」
僕は女の子にポケベルの画面を見せた。
「こんな時に何っ!?」
「翠葉が僕をここに連れてきたって事は、そのメッセージは多分、翠葉が僕に伝えたい事…、なんだと思う。」
「貸してっ!」
僕がなんとなく予想した事。
それはこの世界は何故か昭和時代にタイムスリップしたように目に映る全てが昭和チックだという事。
ポケベルも、その一部だ。
という事は、そこに住んでいるこの女の子は、間違いなくこのポケベルを知っていて、尚且つ読めるはず。
「だって私、死神だからと言ってって、書いてる…、けど?これって…。」
やはり、予想は当たった。
こんな小さな女の子がほぼ読めるはずのないポケベルの数字をスラスラと解読した。
「だって私、死神だからと言って…。どういう事だ…?」
『合言葉認証、承認。網膜認証、承認。パンペルシェラ、開きます。』
仰向けになりながら、微かに残る意識の中、そんな言葉が機械的な声で耳にした。
すると突然、雲一つない青い空から、銀色に鈍く光るアタッシュケースが太陽を背にゆっくり降下してきているのが見えた。
この状況、いつかのどこかに似ている…。
そう。ここへ来る前に見た、野球部だった頃の夢の内容と一緒だ…。
土の匂い、声援、夏の日差し、しょっぱい汗。
野球と翠葉が僕の青春の全てだったっけ…。
『ど真ん中よ。』
かつて好きだった人の優しい囁きが、耳の内部から聞こえた気がした直後、アタッシュケースはガバッと豪快に開き、何かが飛び出してくる。
空から舞い降りたそれは、翠葉が僕の首を刈った、あの大鎌だった。
「出た…。ニアお姉ちゃんのパンペルシェラ…。」
青天を神々しく光らせる鎌刃は、回転しながら飛来し、狙撃銃に向かって轟音と共に落下した直後、
キイィィィン!!
金属と金属がぶつかる音が響いた。
僕の目の前で生まれ落ちたその鎌は、狙撃銃を真っ二つに切断していた。
その切断面は、一切の凹凸がなく、その隙間だけ空間が抉り取られたように綺麗で、恐ろしいものだった。
「や、やった…。」
「やったよお兄さん!」
女の子は急いで僕の元へ駆け寄ってくれた。
「君…名前は…?」
僕は消え去りそうな意識を必死に保ちながら、声を絞り出して聞いた。
「ルゥダ。お兄さんは…?」
「ルゥダちゃん…。僕は刹李。
「あなたを守る事が、ワタシがここにいる意味だもん!」
「…へ…、何言ってんのさ…。」
「えっへん!」
ルゥダちゃんはそう言いのけた。
まるで、翠葉のあの口癖のように、自信満々に堂々と訳のわからない事を言ってのける所までそっくりだ。
と思ったその時だった。
「お兄ちゃん!右!!」
突然のルゥダちゃんの叫びと共に、一発の発砲音が僕の右耳から響いた。
パン!!
耳鳴りが僕の頭をつんざき、脳が揺れた。
目の前には血飛沫が舞い、ルゥダちゃんの悲壮な顔が見える。
そしてもう一つ、白くて丸い何かが宙を待っているのが目に入った。
それは、僕の右目だった。
それは宙で回りながら何回も僕と目が合う。
目が合う毎に、僕は驚愕した。
その瞳はエメラルドの光を放ち、こちらを見ていた。
翠葉…?
僕の眼窩から飛び出していったその目玉は、紛れもなく翠葉の瞳と同じものだった。
その瞬間、僕の視界は無数の牙に覆われた。
自分の肩から無数の牙が僕の顔を覆うように伸びていき、やがて顔全てを包み込む程の牙の量が肩から上に出現した。
ピンク色のゴツゴツとした盛り上がりが見える上顎のようなものが見える事から、僕の顔は何者かの口内にすっぽり収まったようだった。
それはまるで体の内側から何かに食われているみたいで、奇妙な光景だった。
「セツ兄…、どうなってんのそれ…?ワニ…?」
そのワニのように見えている顎は、僕の右隣に立っている一人の青年に方向を定めた。
僕の顔も顎の動きに合わせて同じ方向に向く。
その青年は、患者服を着ているまだ十代くらいの若い姿をしていて、まだ銃口から煙が舞う拳銃を震えながら握り締め、おどおどと今の状況に恐怖していた。
「あんた!?狙撃銃のパンペルシェラの持ち主!?」
ルゥダちゃんが患者服の青年に訊く。
「いや、俺はこいつが狙撃銃を操っているからこれで撃てって言われたんだ…。」
「誰に!?」
消えそうな意識の中、そんな会話が聞こえている間にも、無数の牙を持つ顎は、よだれを垂らしながら青年に狙いを定めている。
それに気づいた青年が、思わず膝から崩れ落ちた。
「やめろ!!食べるなああああ!!!」
突如、目の前が暗闇に包まれた。
バクン!!!
その牙は、青年の頭を噛みちぎり、僕の顔に大量の血飛沫がかかった。
暗闇の中、閉ざされた大きな口の中でゴロゴロと何かが転がる音だけが聞こえ、最後にぼんやり見えたのは、頭だけになった青年の涙を流しながら助けを懇願する悲痛な表情だった。
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