第五十章 神もまた見ているのか

 神の依代——?


 言葉通りに受け取れば、この飾り気のない質素な長剣に何か神霊的にものが宿っているということになってしまうが……。


「原初の転生者アカシャは、神の使いとともにこの世界の混迷を祓ったというが……あまりに古すぎる時代の話ゆえ、我ら竜の叡智においてもその存在は朧げにしか分からぬのじゃ」


 サラが腕組みをしたまま俺のほうに――いや、俺の腰に下がっている長剣にその鋭い視線を向けた。


「しかし、もしお主さまの持つ剣が真に神護の剣であるとすれば、お主さまにはもはや比喩でもなんでもなく、文字どおり神の庇護の下にあるということなるのでは……」


 もはや一人の世界にでも入ってしまったかのように、ブツクサと呟いている。

 何をそこまで真剣に考察しているのかは俺には少し分からないが、あるいはもしもこの場にフィーがいたとしたら、二人で盛り上がっていたかもしれない。

 まあ、この場で言えることがあるとしたら、いちおう俺は『転生者』であるわけだし、何かしら神の庇護くらいは受けいてもおかしくないのではなかろうか。

 というか、俺の【絆】スキルなんてその最たるものだろうし……。


「たわけ。そういう話ではない。これまでの転生者も神から何らかの恩寵を受けておったであろうことは間違いないが、転生者アカシャやお主さまはそれに加えて神から何か直接的なの形で支援を受けている可能性があるということじゃ」


 サラがギロっと俺の顔を睨みつけながら言う。

 言わんとすることは分からなくもないが、それこそ俺には【絆】スキルという神から特別に与えられたスキルがあるわけだし、それだって十分に直接力を与えられていることになるのではないのか……?


「であれば、お主さまが出会った娘を次から次へとその手で籠絡していくことも、神は最初から想定していたというのか?」


 うぇっ!? い、いや、それは、ええと……。

 と、とりあえず、そういう話をいきなりグスタフの前でっていうのは、ねえ……?


「強い男が女を抱くのは義務みたいなもんだ。気にすることはねえ」


 先ほど投げ捨てた剣を床から拾い上げてゴミ置き場のほうに放りながら、グスタフが俺に向かってそんなことを言う。

 で、でも、それはオーガ族の考えかたですからァ……。


 ——とはいえ、思い返してみれば、確かに少し気になることはあった。


 今まで特に疑問視していなかったが、【絆】スキルの派生の仕方はあまりに有機的で、言いかたは悪いが、時に場当たり的なところすら感じることもある。

 もちろん、このスキルを授けてくれたのが本当に神なのだとしたら、最初から俺の身に起こることなどあらかじめお見通しだったというだけのことかもしれない。

 しかし、だとしたら【運命力】なんてものが存在するのは少し不自然ではあった。


 今さらだが、もしや【絆】スキルには何かもっと特別な秘密が隠されているのか……?


「ねえ、おじさん」


 ——と、不意にシエラが俺たちの間に割って入ってくる。

 彼女の手には一振りの無骨な長剣が携えられており、どうやら木樽の中に突っ込まれていたものを引っ張り出してきたらしい。


「どうした」


 グスタフがシエラのほうに向き直って訊くと、シエラは持ってきた長剣をグスタフのほうにずいっと差し出しながら言う。


「この剣、売り物にしないなら、シエラが使ってもいいかな。前にもらったやつ、ボロボロになっちゃったから」

「……そうか。おまえさんもリンドブルムとやりあったんだったな」


 グスタフが少しだけ目を見開き、そらからシエラの差し出す長剣を受け取ると、すらりとその刀身を鞘から抜き放った。

 飾り気のないその剣の刀身はやけに分厚い造りをしており、先にシエラが譲り受けた剣と同様に身幅もかなり広めのように見受けられる。

 どう見ても切れ味には期待できそうにない形状だったが、とにかく頑丈な剣であることは間違いなさそうだ。


「……なるほど、良い判断だな。お嬢ちゃん、俺の弟子になるか?」


 グスタフがニヤリと笑いながらシエラの目を見つめる。

 しかし、シエラはあっさりと首を振って、何故か俺のほうを見た。


「やめとく。マスターがヤキモチを妬いちゃうから」


 いや、別にそんなことで妬いたりはせんが……。


「そうか。まあ、これが欲しいというならくれてやる。ただ、どうせならもう少し使える状態にしておきてえ。少し時間をもらってもいいか」


 グスタフが長剣を鞘に戻して作業台の上に置き、それから俺のほうに視線を向ける。


「キョウスケ、おまえの盾も明日には仕上げておく。何か急ぎの用があるみてえだが、一日くらいかまわねえだろう?」


 そんなもの、待てと言われれば待つに決まっている。

 確かにダンジョン攻略については急いだほうが良い案件ではあるが、どのような凶悪な敵が待っているか分からないし、準備は万全に整えておきたい。

 それに、そもそも長剣に関してはシエラの単なるワガママだし、俺の盾に関してはそんなに早く完成するとすら思っていなかった。


「そうじゃ、グスタフよ。おぬしに少し聞きたかったのだが……」


 ——と、再びサラが口を挟んでくる。

 その顔は、工房の窓際に並べられた石像のほうに向けられていた。

 まだ制作途中なのか胴体より下は手がつけられていないが、顔についてはもう完成品かと見紛うほど精巧に掘られていて、どうやら美しい面持ちの男性を模した像であるらしい。


「もしやとは思うが、あの像のモデルは……」

「ああ、勇者リュトスの像か」


 勇者リュトス———今から六百年前にこの地に降り立ったという転生者の名だったか。

 そういえば、サラの前世的なものである紅き竜王とは因縁があるんだったな。


「竜王殺しの勇者の像を掘ってたら裏山に竜の王が現れるなんて、なんの因果だろうな」

「この姿、おぬしの想像で掘ったものではあるまい?」

「雑貨屋で人竜大戦時代の文献をたまたま見かけてな。それで、ちょっくら伝説の勇者さまを掘ってみようかと思ったわけさ」


 グスタフが皮肉げに笑いながら肩をすくめてそう答えた。

 雑貨屋で——となると、フィーの店だろうか。

 あの店では冒険者からの買い取りもしているという話だし、あるいは単にフィーが学者時代に所持していたものをそのまま売り物として置いていた可能性もある。


「ふむ、そうか……」


 サラが神妙な顔でポツリと呟き、そらから再び石像のほうに視線を向けた。


「よくできておる。まさか、この後に及んでこの顔を拝むことになろうとはな……」


 その目は、何処か懐かしいものでも見るかのように細められていた。

 そうか、サラは今でもリュトスの顔を覚えているんだな。

 かつては互いに命を奪い合った相手とは言え、当時の状況はよく分からないし、紅き竜王にもいろいろと思うところがあったのかもしれない。


「……ねぇ、キョウスケ」


 ——と、今度はいつの間にかそばに来ていたらしいラシェルが声をかけてきた。

 俺の腕を掴みながら、何故か彼女も訝しげな視線を石像の方に向けている。

 何か気になるところでもあるのだろうか。


「あの像の顔なんだけどさ……」


 ラシェルがそう言って石像の顔を指差し、俺もそれにつられるように精巧に掘られた石像の顔を改めて観察する。

 先ほども思ったが、実に端正な顔をした男性の像だ。

 上半身の体つきからして男性に間違いないと思うのだが、その顔だけを見れば女性に見間違えられてもなんら不思議はないほど美しい面立ちで……。


 ——あれ? ちょっと待て。この顔、何処かで見たことなかったか……?


「やっぱり、似てるわよね? ほら、あのとき、馬車で一緒になった……」


 そうだ、あの重装備に身を包んだ女冒険者-――確か、名をセレスと言ったか。

 見れば見るほど、よく似ている……。


 何の偶然か、グスタフの掘った勇者リュトスの顔は、俺たちがノティラスに向かう馬車でたまたま乗り合わせた、あの勇ましい雰囲気をした女冒険者の顔に瓜二つだった。

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