第26話 brain・image・tool→bit

「このゲームは、僕が開発した、とあるプログラムを使って作っていてね」




 ミコの方を見ながら、男は語り出した。




「脳をイメージして作り出したそのプログラムを、ブレイン・イメージ・ツール、と僕は名付けた。略称はそれぞれの英語の頭文字から取って、ビット。」


「ふむふむ」


「ビットの役割は、僕がこのゲームのプログラムを作る時の補助。例えば、猿型プロモンを作って、と僕が言えば、ビットは猿型プロモンを一瞬で作ってくれる。それを僕が微調整して、ゲームに出す。これがこのゲームの開発の基本的な流れなのさ」




 ミコの膝の上のグシオンを見て、男はそう語った。




「感情、性格、記憶等のその個体だけの個性。見た目、鳴き声、習性等のその動物固有の特徴。この二つを作る事を意識して、僕はビットを使ってゲームを開発していた」




 そこまで聞いて、ミコは手を挙げた。




「どうしたのかな?」


「そもそもどうやって、感情や性格をプログラムで再現したのですか?」


「詳しく説明すると複雑になるのだけれども、基礎は簡単な構造でね。例えば、人が幸せになるのは、幸せホルモンと呼ばれる物質を身体が受け取るからなのだよ。それと構造は同じ。幸せのデータを受けて幸せになる。受けた幸せのデータが百よりも千の方が幸せ。これが、喜びや悲しみや怒り等で様々にある」


「なるほど」


「そして性格は、同じ出来事での各データの受け取りやすさと、受け取ったデータの量で何をするかの違いだね。例えば、同じ出来事があって、百の悲しみのデータを受けて泣くプロモン。千の悲しみのデータを受けて泣かないプロモン。その違いを性格だと僕は考えているのさ」


「ありがとうございます。よく分かりました」




 軽く頭を下げてから、またミコは男の方を向いた。




「話を戻そう。そうして出来たプロモンは、自分でも驚くほど現実的であった。だが、現実的過ぎた。プレイヤーの都合に合わせた行動をしない事があった」


「その原因がプロモンの感情なのですか?」


「半分はそうだね」


「では残りの半分は?」


「モチーフにした動物の特徴だね。例えば、スカンク型プロモンのおならが臭過ぎるという事で苦情を貰った事がある。そのプレイヤーにとっては、スカンク型プロモンのおならが臭過ぎる事は不都合だったみたいだ」




 その後、スカンク型プロモンのおならから臭いを消したよ。そう付け加えて、男は話を続けた。




「僕はね、高いリアリティの動物と遊べるvrゲームを作りたかったのさ。でも、失敗した。ゲームには過剰なリアリティは要らない。現実的である事への感動よりも、ストレスの方が勝ってしまう」




 ため息をつき、男は話を続けた。




「個性が無いより、有る方が現実的。その動物の特徴があればあるほど現実的。でも、ここはゲームで、現実ではない。最優先はプレイヤーの楽しさなのだよ」




 男は遠くを見た。その横顔に、ミコは諦めの気持ちを感じ取った。




「僕が作りたい物とプレイヤーの需要は必ずしもは一致しない。最近になって、それを理解したよ」




 大きなため息を吐いて、男はミコの方に向き直った。




「ごめんよ、長々と語ってしまって」


「いえ、大丈夫です。苦労なさっているのですね」


「ありがとう。ちなみに、ミコ君はスカンク型プロモンのおならは臭い方が嬉しいかな?」


「ごめんなさい。仲間として扱いにくくなるので、臭いが無い方が嬉しいです」


「謝る必要は無いよ。多くのプレイヤーは快適なゲームを望む。個性は無い方が良い。特徴も無い方が良い。僕の気持ちはクリエイターとしてのエゴイズムでしかない」




 悲しげに微笑んで、男は話を続けた。




「だから、僕はプログラムを書き換えて、プロモンから個性や特徴を無くそうと考えているのさ」


「!!」


「感情や性格は全て無くす。特徴も、見た目や鳴き声等の最低限の特徴を残して、プレイヤーにとって不都合になるかもしれない要素の全てを無くすつもりだ」




 男の言葉を聞きながら、ミコは考える。わしわしの様な問題児は二度と出ない。うまうまがりゅりゅを噛んで喧嘩する様な事も二度と起きない。その様な未来を想像した。




「どう思う?」


「とても良いと思います。あ、でも、感情が無くなって急成長が出来なくなるのは困りますね」


「それは新しい条件を作るつもりだよ。レベルが幾つになったら急成長する、みたいな条件をね」


「それなら完璧ですね」




 とても良い。ミコは心の底からそう思った。可能ならば、今すぐにでも実行して欲しいとさえ思った。




「そう言って貰えて良かったよ。ただ、実行するには一つ問題があってね」


「何でしょうか?」


「ビットだ。ビットがこれに反対している」


「え!?」


「ビットを使ってプロモンに感情を与える為には、ビット自身がそれを理解していなければならなかった。故に、ビットに僕は感情のプログラムを与えた。その結果、ビットは自分の感情に従って物事を決める事が出来る様になった」




 再度、苦虫を嚙み潰した様な顔をして、男は頭を掻いた。




「あの時、ビットは感情を持つ最初のプログラムになった。」


「……」


「その後、プレイヤーの都合に合わせる事をビットは拒んだ。ビットの感情が拒む決断をした」


「……」


「もしも今、プログラムを書き換えようとしても、ビットが邪魔をして元に戻してしまうだろうね」


「……」




 ミコは声が出なかった。ビット、言い換えればプログラムが、人間の都合に合わせた行動をしないどころか、邪魔をしている。その事に驚き、何も言えなかった。




「ミコ君。こうして話を聞いて貰えたのも何かの縁だ。ついでに君に一つ頼み事をしても良いかい?」


「えっと、何ですか?」


「プログラムを書き換える間、ビットの邪魔を防いで欲しい」


「え!?でも、時間を稼いでも、書き換えが終わった後に元に戻されてしまうから、意味が無いのでは?」


「全ての感情等のプログラムを書き換えようとすれば、ビットのプログラムはプロモンのプログラムと纏めて同時に書き換えられる。ビットとプロモンの感情等のプログラムは同じだからね。書き換えが終われば、ビットの反対する感情が消える。元に戻される可能性は、書き換えている間にしか存在しないと考えて良い。僕がプログラムを書き換えている間、君にはビットの足止めをして欲しい」


「……」




 男の話を、ミコはもう一度思い出す。




 この男は製作者兼運営者であり、ビットというプログラムを用いてこのゲームを作った。




 プロモンを現実的に作り過ぎた為、問題が発生した。その問題を無くしたい。




 しかし、ビットはそれに反対しており、プログラムを書き換える時には邪魔をされる可能性が高い。




 プログラムを書き換える間、男はミコにビットの足止めをして欲しい。




「……」




 ビットの足止めをして、プログラムの書き換えに成功した時、どうなるかをミコは考える。




 プロモンは感情や性格や様々な特徴を失う。その結果、プロモンの管理がしやすくなるはずである。




 また、急成長の条件も変わる。プレイヤーとプロモンの強い感情という条件から、他の条件に変わる。今までよりも、格段に急成長の条件を達成しやすくなるだろう。




「……」




 ミコは最後にもう一度考える。




 この男は嘘を言っている様には見えない。嘘にしては荒唐無稽すぎるし、そもそも嘘をつく理由が無い。




 ビットを足止めすれば、ミコ自身にも多くのメリットが有る。




 そこまで考えて、ミコは決断した。




「分かりました。協力させてください」

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