第6話



 男の動きが、わずかに止まったように見えた。


 微かな変化だった。


 ほんの少し、指と指が触れるくらいの。



 ドッ



 交錯した体の中心から、泡ぶく雫の音が聴こえる。


 深くて、それでいて…



 ほんのわずかな「間」はあった。


 針が通るくらいの隙間で。


 “動きが止まった”と言えるほどの確かさはなかった。


 ただ、“くっきり”とはしていた。


 まっすぐ何かが通り抜ける。


 そんな明瞭さを伴いながら、時間が前に倒れていた。


 目で追えるほどのスピードじゃなかった。



 少なくとも、そう見えたんだ。



 男が振り翳したナイフが、しおりの頬を掠める時に。




 「…クッ」



 男は顔を顰めていた。


 マスク越しでもわかった。


 苦しそうに後ずさりながら、胸を押さえていた。



 優位なのは男の方だった。


 状況的にも、体勢的にも。


 突然現れたしおりに対して、少しだけ驚くような素振りはあった。


 ただ、それでもすぐに持ち直していた。


 ナイフを持つ手が掴まれた後も、動揺する素振りさえ見せず。

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