異能ハンター
我愛你
一話 抜け殻
全身が痛い。まるで有刺鉄線で体を縛り上げられてるみたいだ。冷たい夜の風が体を吹き付けると、全身が裂けてしまってるんじゃないかと思ってしまう。絶え絶えの意識の中いつのまにか僕は月の光に引き寄せられてビルの上にいた。
「綺麗だ…」
思わず手を伸ばしてしまった。少しでも近づこうと無意識に一歩踏み出す。その足は地面を踏み締めることなく宙を踏んだ。体勢を崩して体が空に放り込まれる。そのまま僕は十二月の冷たいアスファルトに叩きつけられる前に意識を失った。
「起きたかー」
目が覚めると白いベットの上で僕は寝ていた。此処はいったい何処だろうか。頭だけを動かして周りを見渡す。そこには黒いコートで身を包み淡い黄色のサングラスをかけた人が、紅茶を作っていた。中性的な顔立ちと長く黒い髪のせいか独特で不思議な雰囲気を感じる。
僕はその人が視線を向けていることに気づいて上体を起こした。
「飲む?」
その人はそう言って瀟洒なコップを僕に渡した。
「ありがとうございます」
おそらくこの部屋の主であろうその人は新聞を読みながら紅茶を飲んでいた。僕は紅茶を火傷しない様にゆっくりと飲む。それは痛んだ僕の体を癒してくれた。
落ち着いてこの部屋をもう一度見渡すと、大量の本と骨董品がずらりと並んでいてアンティークな雰囲気が漂っている。窓辺には植物が飾られていて、その青々しさがコントラストを生み出し、幻想的な空間を作り出していた。
「道路にぶっ倒れてたからここに運んだ」
部屋の主が口を開いた。
「ありがとうございます」
何が起きたか覚えてないが、きっとこの人が助けてくれたのだろう。
「あ〜別に感謝なんてしなくていいぜ。その分働いてもらうからな。まあとりあえず自己紹介といこうぜ。聞かせてくれ」
名前が口に出ない。言葉にならないえずきが漏れそうになった。自分の名前を思いだせない。頭はもの凄い速さで動いているが、暖簾に手押しだ。それが酷く不愉快で気持ち悪かった。
「黙りこくってどうした?話せない理由があるなら別に攻めやしねえが、なんて呼べばいい?」
手に伝わる紅茶の温度がぬるく感じた。
「あの…僕記憶ないみたいです」
新聞紙で隠れていて顔全体は見えないが部屋の主の表情が少し変わった事がわかった。
「う〜んそれは災難だな。まあ私の自己紹介といこうか。名前は…最近は名無しって呼ばれることが多いな。名無しでもお前でも好きに呼んでくれ。一応異能持ちの犯罪者相手専用の賞金稼ぎみたいなのをやってる。質問あるか?」
僕は紅茶を一口飲んだ。
「異能ってなんですか?」
名無しはクスッと笑った。
「いやあまともな奴と話すの久しぶりで忘れてたよ。まあ体験した方が早いな。適任がいるんで呼んでくる」
そう言って名無しはドアから外に出て行った。少しの静寂の間僕は自分の事について考えていた。このベットにいる以前の記憶がない。一般常識や単語は覚えているが、何をしていたか、自分が何者だったかの記憶が無い。靄がかかってるとかではなくて、スッポリと抜け落ちてしまった様な感じだ。
「連れてきたぞ。藍、自己紹介しなさい」
名無しが連れてきた人は、赤いスタジャンと短パンを着ている、短く整った黒い髪をした綺麗な少女だった。17歳くらいだろうか。
「双月藍だ。よろしく」
感情のこもってない挨拶だった。
「藍やってくれ」
藍は手を伸ばして僕の目に当てた。視界が塞がれる。
「ちょいと失礼」
彼女はそう言うと手を僕から離して視界が再び明るくなるはず…だった。実際は目を開けているはずなのに、視界が黒く染まったままで何も見えなかった。
「これは?」
困惑を隠せず質問する。
「これは異能の一種だ。人によって内容は違うが、今のは藍の異能でお前の視界を塞いでる。他にもいろんな異能がある。で私達は異能を持ちながら犯罪に走る奴らをとっ捕まえたり、異能を使った犯罪集団を潰したりしてる」
窓から眩しい光が差し込んできた。
「そんな奴少ないからいつも暇だけどな」
藍が補足する。
「けどなあ最近犯罪組織アザゼルってとこが暴れてんだよ。普通の犯罪組織なら潰せばいいんだが、あいつら全員強えんだよ。だからさ二人じゃ不安だ。だからお前をスカウトしようって思ってここに運んだのさ」
何となく話の筋が見えてきた。
「けど僕は異能なんて持ってませんよ」
当然の疑問だった。記憶を失う前はもしかしたら持ってたかもしれないが、今は異能を使う感覚は何一つ感じない。
「私にはわかるんだよ。異能持ってるか持ってないか何となく。お前はまだ気づいてないだけさ」
そう言う名無しの顔は少し悲しそうに見えた。
「まあ何はともあれ一緒に働いてくれるか?」
答えは決まっていた。記憶がない僕には選択肢が無い、の間違いかもしれないが。
「入ります」
名無しは得意げそうな顔をして、ポケットに手を突っ込んで煙草を取り出した。
「有り得ねえ。怪我人の前だぞ」
藍が止める。名無しの持っていた煙草はまるで魔法のようにいつの間にか消えていた。
「すまない。癖でね。そういえばお前の名前を決めなきゃな」
確かに名前を決めなくては。
「どんなのが良い?名前を本人が考えるなんて少し可笑しいがな」
冷めた紅茶を一口飲んだ。光の差し込む方を見ると窓辺に飾られた赤い艶やかな実をつけた植物が光を反射して緑色に輝いていた。
「あの植物なんて言うんですか?素敵です」
名無しが頭を掻く。
「何だったかなあ。なあ藍覚えてるか?」
藍は頷く。
「あれはアオキ。育て易い良い植物さ。私のお気に入りでもある」
名無しが満足そうな顔をして、手を叩いた。
「それじゃあ決まりだな」
僕は軽く頷く。
「これからよろしくお願いします。アオキって呼んでください」
良い名前だと感傷に浸っていた。名無しが喋るまでは。
「それじゃあ今から殴り合いすっか」
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