第18話 弁当の時間
その日の昼休み。
クラスの連中とは関わりたくないので、また屋上で過ごそうと思った。
すると、屋上の入り口には何故かゆかが待っている。
「あれ、なんでいんの?」
「あ、えっと……」
両手を背中に隠し、上目遣い。
まるで、子猫が主人の帰りを待っていたかのよう。
「てか、もう頭大丈夫なのか?」
「う、うん……前川先生には安静にしなさいって、言われちゃったけど」
何か含みを持たせた返事をするゆか。
まぁ、早退しろって言われたのかもしれないな。
「それで今回はなんだ、特に命令するつもりはないぞ」
そう言うと、ふるふると首を振るなりこう言った。
「きょ、今日もね、一緒にご飯食べたいなって……」
コイツは前回のことを覚えてないのか?
性懲りもなくよく続けられるものだ。
「弁当? まぁいいけど、誰かに見つかると面倒だから、とりあえず中に入るか」
「う、うん……っ!」
そんなに恋人ごっこがしたいのか。
いや、教室の隅っこでいるより、俺といた方が安全だと考えたのかもしれない。
それなら少しウザいなと思った。
「……ん、どうしたの、あきらくん?」
だけど、どうしてかそういった小賢しさを感じられない。
ただの居場所探しとは違うような。
「いや、何でもない」
少量の違和感を覚えながらも、俺たちは屋上の中に入る。
今日も晴天で、夏とは思えないほどに気温は低い。
風通しも良くてそこまで不快にはならない。
さて、鍵をかけた事だし、人目に付かなくなった。
「よっこらしょ」
コンクリの床に腰を下ろす。
だが、ゆかがどうしたら良いか分からない表情で突っ立っていた。
「ゆか、何してるんだよ、お前もこっち座れよ」
そう言って、俺は俺の横を指差す。そこに座れと指示をした。
そして、ちまちまと期待混じりの所作でそこに向かうゆかに
「はわっ……」
——俺は足首を引っ掛けてやった。
「ひゃ、ひゃああぁっ!」
どすんと、盛大にこけたゆか。
こんな所でコケるなんてドジな奴、せっかく作った弁当が——
「……マジかよ」
——無事であった。
ゆかが受け身を取らずに、弁当を守っている。
まるで、ヘッドスライディングをした後かのようなポーズで。
「え、えへへ……コケちゃった……」
膝と肘を擦りむき、服は埃で汚れてしまっている。
そんなゆかを見て
「おい、血が出てるぞ、大丈夫かよ」
そう言って、俺は絆創膏をポケットから取り出し、ゆかに貼ってやった。
「あ、あの……そこおでこ……だよ?」
「あぁ悪い、つい反射的に」
頭が悪そうだと思ってつい。
間違いを正されたので、本来当てるべき場所に貼ってやる。
その行為に、ゆかは笑っていた。
「あ、あきらくんって……優しいんだね……」
まるで、皆が圭を称するような口調。
不愉快で、絆創膏を今すぐに剥がしてやろうかと思った。
「ありがとう、あきらくん……」
皮肉な事に、お礼まで言われてしまった。
「……っ」
言葉に詰まってしまう。
動揺しているのだろうか、俺は。
だけど、その柔らかい表情にくっついた温かい眼差しを直視できないでいる。
「お礼なんていう必要ない」
「だって、あきらくん……私を保健室まで運んでくれたから」
「それは成り行きで……」
俺の気持ちが少々ブレている。
ゆかをイジメる楽しさを見出したのに、こんなことをされては困るではないか。
……いや。
「お前の事を大事にしたいと思っているからな」
「……!」
大事に、大事に——壊していきたいから。
その為に、壊れない所までゆかをイジメるのだ。
この時の俺は、これが明確な答えなのだと俺は思っていた。
「あー俺今日弁当持ってきてないから、一人で食べてくれよ」
「う、ううん……あのね、今日も私、つくってきたの……」
ゆかは幸薄そうな声で、両手を俺の目の前に差し出す。
「前はごめんね、マズそうだったよね……だから、今回はもっと上手に、キレイに入れて作ってみたの……」
赤い風呂敷に包まれた小さな弁当。
彼女の掌から見れば大きく見えるが、俺の手から見れば何だか物足りなく感じる。
「中、開けてみてもいいか?」
「うん……」
緊張しているのか、自身のないか細い声。
俺はその小さな蓋を開けてみた。
「……やけに彩りが良いな」
前回の弁当の中身をあまり覚えていないが、相当頑張って作ってきたことが伺える。
「これは?」
「たこさんウインナー……なの」
「この野菜を巻いているのは?」
「ベーコンのアスパラ巻き……かな」
「そこどうして疑問形になるんだよ」
少し頭を叩くと「うぅ……」と涙目になった。
それに加えて、卵焼きとブロッコリーか。
ご飯の中央に、梅干しが深く陥没している。個性的だ。
「お前が作ったのか、すごいな」
「そ、そんなこと……!」
褒めてやると、心の置き場がなさそうに照れていた。
口元は半開きで、眉をハの字に垂れ下がる。スカートの裾を握りっぱなしで、行き場を見失った手のひら。
手先は器用そうだが、喜ぶ仕草は不器用な彼女。
まぁ、食うとは言ってない。
食って好感度を上げる気はないし、今日も寝て過ごそうかなと思った時だった。
『ぐぅぅぅぅぅ……』
「……ッ⁉」
みっともない腹の音が鳴ってしまった。
聞いた奴を、放っておくわけにはいかなかった。
ここが屋上で良かった、誰にも聞かれたくない音だったから。
とすると、排除するのはただ一人。
「……」
振り上げた拳は、ゆかの頭の上に鎮座。
「は、はうあう……」
叩く気力がないくらいに空腹だ。
まぁ、運の良い事に、未だにゆかは褒められた事で喜んでいる。
さっきの音は一切聞かれていないようなので、もういいだろう。
そして、割り箸をパチンと鳴らした。
「いただきます」
まぁ、昼食代と買いに行く時間が浮いたと考えればコスパが良い。
俺は何も言わずに、ゆかの手作り弁当に手を出すのだった。
「ん、もぐ……」
いつぶりだろうか、人の手料理を食べたのは。
お昼は毎回添加物だらけだからな、人手と経費を削りに削ったコンビニ弁当ばかり。
今の俺は身体に優しい食べ物を求めている。
「お茶、いる……?」
「ん、うん」
「あ……ま、待ってね、すぐに入れるから」
まるで亭主関白の如く、図々しく左手をゆかに寄越すと、慌ててコップにお茶を注ぎはじめる。それを奪い取るなり飲み干した。
「ごく、ごくっ……ぷは……」
思わず3杯くらい貰ってしまった。
まぁ、夏場だし喉もつい乾いてしまうからな。
「ふぅ……美味かった」
満足げに息をつくと、ゆかが弁当箱を差し出し言う。
「あの、これも……どうぞ」
「ん、これっておまえのじゃないの?」
「だ、だって、あきらくん足りないと、思って……」
確かに男からすれば、女子の弁当なんて少ないものだ。
だけど、俺はもう満足だった。
「お前が食いなよ」
「え、でも、あきらくん……」
使命感に駆られているのか、弁当を差し出してくるのが迷惑だった。
だから俺は言ってやる。
「命令だ、お前が食え」
そう告げると、ゆかは大人しくなり
「……わかった」
静かに弁当を口にし始めた。
そして、俺は地面に背中を預け仮眠をし始めると
「食べてくれて、ありがと……」
「別に俺に損はないし」
ゆかは安心したように、ニコリと柔軟剤入りのような柔らかな笑顔を向けた。
食べるだけで感謝して貰えるだなんて、ゲームのデバッカーをやっているような気分だ。
そして、いつの間にかゆかは弁当を食べ終えていて、お茶を一杯飲んでいた。
あたかも自然体で、俺の存在なんて忘れてるんじゃないかと思えるほどに。
そんな時に、ふとゆかは思ったらしい。
「あの……あきらくん」
「どうした?」
「イヤ……じゃないからね」
何がと聞くや否や、ゆかは答えた。
「どんな命令されても、い、嫌がらないから……だから、わたしのこと……捨てないで」
そんなことだった。
「捨てないで、ねぇ」
含みを持たせた言い方をすると、ゆかは緊張した表情を向ける。
いや、ただ三流ドラマでしか聞かないセリフだったから、なんかバカらしいなと思っただけだ。だが、彼女にとって死活問題なのだろう。
「捨てる気はないよ、今のところ」
そう告げると、ゆかの表情は柔らかくなる。
「あ、ありがとう……」
今のところという言葉が耳に入ってないのか
都合の良い部分だけ聞き取って、おめでたいやつだ。
だけど、そんな刹那的な幸せでもゆかは喜んでいるのかもしれない。
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その一方で
「ふぅん……面白そうなコトをしているのね」
何を企んだかはわからないが
口角を吊り上げ、面妖な面持ちで、俺たちの様子を眺める人物がいた。
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