第2話 死体売りの少年のはなし

『死体売りの少年』


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01


「ぜいっ、ぜえ、ぜえ、はああ。」


 なんとか迷宮から這うように外に出る。


「お! 死体屋じゃないか、生きて帰って来たか。」


 迷宮砦の番衆のオッサンが声を掛けてきた。


「う、るさい、俺は、死体屋、じゃ、ない。」


 息を整えながら言い返す。


「おお、そうだな、死体屋。」


 くそ。


「おいおい、怒るなよ。ほら、割符をみせろよ。」


 懐から小さな木片を取り出し、オッサンに渡す。

 オッサンが受け取った木片を手元の別の木片に合わせる。


「お〜し、問題無し。ほい。」


 割符を投げてよこした。

 受け止めた割符を懐に仕舞い組合に向かう。


「お〜い、つれないじゃないか。今日は大漁だったかw」


 いつものようにオッサンが絡んでくる。


「うるせえ、俺の『狭間』は二人しか入んねえだよ。知ってるだろうが。」


「おお、おお、いい加減ひげろよ。」


「ああ〜ん、あんたらが死体屋、死体屋って言いまくったせいで、誰も俺の相手なんかしてくんねえよ。」


「何言ってんだ、迷宮に3年潜って生き抜いてんだ、いっぱしの迷宮衆だぜ。ちゃあんと胸張って屋号を名乗りな。」


「死体屋はねえだろうが、死体屋はよお。」


「死体売りで3年喰ってきたんだろ、死体屋に決まりじゃねえか。死体売りでまともに喰えるのはお前ぐらいだぜ、死体屋。」


「好きでやってんじゃねえよ。」


 中3、夏休み、自転車、いきなり周りが真っ暗になって吹っ飛んだ。

 気付いたら番所の片隅でガタガタ震えていた。

 まだ、なんとか生きてる。



02

 

 迷宮砦の門を抜けて、ごった返す買取所の前を素通りし、人足宿が乱立する人足通りを組合本部に向かう。

 石造りの要塞のような建物が見えてくる。

 ようなじゃなく要塞だ。

 迷宮に一事あらば組合本部は防衛拠点となる。

 門番に会釈して表門から入る。

 門番がきっちり返礼してくる。

 さすがに本部となると教育が行き届いている。

 玄関広間を通り抜けて奥の階段を降りていく。

 地下に降りた途端、寒気がする。

 実際、寒い。

 地下には遺体安置所があるのだ。

 詰め所の扉を叩く。


「は〜い。」


 明るい女の声で返事がきた。

 扉を開け、中に入ると、小太りのおばちゃ…オネーサンがいる。

 

「あら、死体屋さんじゃない、いらっしゃい。」


「死体屋はやめてくれ。」


「いいじゃない、古今、何千何万の屋号持ちがいるけど、死体屋はあなただけよ。」


「どこにいっても嫌がられるんだよ。」


 回収した死体の割符をわたす。


「気にすること無いわ。」


 手慣れた手つきで割符を確認している。


「借金奴隷に堕ちて逆恨みしてくる奴がいるんだよ。」


 一つ頷いてこちらを見る。


「なら、勘定方に言いなさい。きっちり年季を増やしてくれるわ。」


 狭間から死体をだして、台車にのせる。

 オネーサンが片方の死体を指差して。


「こっちはすぐに謝礼を渡せるわよ。」


 もう一方を見ながら。


「そっちは預かりは無いわね、祝福も少ないし、たぶん競りね。」


「また恨まれるじゃねえか。」


「感謝してくれる人もいっぱいいるでしょ。」


「そりゃそうだけどさあ、堅気の衆には評判が悪いんだよ。」


 死体を台車ごと保管室に押し込む。


「ありがと。くさらないの、屋号持ちはここじゃあ名士なのよ。堂々としてなさいな。」


「男衆はさあ、顔引きつらせてもあいてしてくれるけど、女子供は逃げたり、泣き出したりするんだぜ。」


「親分なんてそんなものよ。」


「俺、一人なんだけど。」


「雇えばいいでしょ。あんたの稼ぎなら一家を構えることできるわよ。」


 金一封と書かれた手形を1枚渡される。


「あんなぁ、真っ先に逃げ出すヤツに誰がついてくるんだよ。」


 手形を大事にしまい込む。


「『逐電』の才と『生還』の祝福だっけ。」


「そうだよ、どっちも発動したらなんもかんも置いて逃げちまうんだよ。」


「でも、迷宮衆にも『生還』持ちは結構いるでしょ。」


「名持ちにはいるけど、屋号持ちでは俺だけだよ。」


「じゃあ、名持ちを雇えばいいじゃない。」


「『生還』は迷宮で死ぬ寸前まで追い込まれた人間に与えられる祝福なんだ。ここの迷宮で、だぜ。そんな目にあって迷宮から生きて出てくるんだ、実力にしろ、運にしろ、持っている連中なんだ。そんなのが死体売なんかやるかよ。」


「そんなにいじけないの、神殿はあなたの徳行を高く評価してるのよ。」


 オネーサンが急に慈愛に満ちた顔になる。

 さすがは元副巫女長だ、ただのおしゃべりなオバ、もとい、オネーサンじゃない。


「ありがとよ、そろそろ行くよ。」


「はい、またのお越しをお待ちしております。死体屋様。」


 深々と頭を下げてお見送りをしてくれる。

 小っ恥ずかしくなって逃げ出した。



03


 迷宮組合は迷宮衆への活動支援の一環として迷宮内で亡くなった遺体の回収を行い、回収された遺体は組合が斡旋して大神殿で蘇生の儀が執り行われる。

 迷宮内での死者は、神々の大いなる慈悲により、九割の確率で蘇生される。

 残り一割は灰になる。

 たとえ灰になっても、さらに大蘇生の儀を執り行い、これまた九割の確率で蘇生される。

 不幸にも大蘇生の儀で失敗すると消滅する。

 迷宮の攻略は神々の大意であり、その尖兵たる迷宮衆の蘇生、治療は優遇されている。

 下世話な言い方をすれば、人件費と儀式に使う触媒のほぼ実費のみで行われている。

 そのせいでカツカツの自転車操業だ。

 問題はこっちの神殿の人間は神々への奉仕が第一で経営とか経済に無頓着なことだ。

 不払いで万が一にも破綻されては困る。

 故に大神殿に収める喜捨は組合が一時的に建て替えることになった。

 蘇生の儀で内町の住人の年収三年分くらい、大蘇生の儀は十年分だ。

 結構な大金だが『屋号』持ち、名持ちなら払えない額では無い。

 だが、迷宮衆の大部分であるそれら以外は払えない。

 すったもんだの末、組合は『預り金』制度を作った。

 迷宮衆がびた銭一枚でも組合に『お預け』すれば割符を発行し、割符を持つ遺体は必ず蘇生斡旋を行う。

 そして蘇生後、『お預け』から必要経費を引き落とし、足らなければ組合奉公で年季があけるまで働いてもらう。

 一応それで迷宮城市は回っている。


 この世界に跳ばされて、3年、いや、もう4年目か。

 俺は何とかかんとか死体売りで飯を喰ってきた。 

 迷宮に潜り、迷宮稼業でしくじったヤツの死体を回収して、組合に渡して謝礼を受け取る。

 いろいろ有ったが自分なりに納得している。

 納得はしているが…、その、母親が子供の手を引っ張りながら見ちゃ駄目なんて言ってたりすると、なんだ、ん、落ち込む。

 『死体屋』の屋号が決まった時、組合に猛抗議したが屋号はわかり易くが習わしだ、の一言で突っぱねられた。


 三日、三月、三年。


 迷宮衆がよく言う言葉だ。


「向いてないヤツ三日で辞める。

 力の無いヤツ三月でくたばる。

 三年潜って一端よ。」

 という事らしい。

 迷宮稼業を三年やれば通り名がつく。

 名持ちになってはじめて迷宮衆と認められる。

 普通は軒を借りてる組の親分さんが名前を付ける。

 俺の時は、組合に呼び出された。

 ついこの前のことだ。

 で、『死体屋』の屋号をつけられた。

 屋号は組合公認の名号だ。

 まあ、なんだ、組合を構成する親分衆の一人になったわけだ。

 年一回の迷宮組合総会によばれることになる。

 まだ、行ったこと無いからどんなのかはわからない。

 なんの権限もない、名誉職?称号?らしいが、この人口三十万と言われる迷宮城市の上位千人に入るとみなされている。

 ガキの俺をそんな大層なもんにしていいのか聞いたら、親分衆と神殿から推薦があった。

 この迷宮城市の三大勢力の内の二つが推して認められないはずが無いとのこと。

 俺が拾った死体の中に親分衆の身内が結構いたらしい。

 神殿にとって志半ばで倒れた勇士達を救助し蘇生を助けたことは徳行らしい。

 『死体屋』じゃなければ大はしゃぎしてたんだろうが…。

 まともに親分扱いしてくれるのは、本部の門番と地下のおば、オネーサンぐらいだ。



04


 明けの鐘とともに下宿を出る。

 人足通りを迷宮砦に向かってあるく。

 砦に近づくにつれて迷宮稼業どもが人足宿から湧き出してくる。

 馴染の顔がチラホラ見える。


「おはようごぜぇます。死体屋の親分。」


「死体屋言うな。」


「最近景気がいいようですな、あやかりてぇもんです。」


「ああっ、いつでも代わってやんぞっ!」


「いえいえ、めっそうねぇ。子供に泣いて逃げられるのは勘弁でさあ。」


「うるせえっ。」


 バカを振りきって砦に入る。

 さっそく番衆のオッサンが声を掛けてくる。


「おお、相変わらず早いな。」


「ああ、で、届けはある?」


「おいおい、挨拶くらいはしろよ。」


「オッサン話しだしたらなげえじゃねえか。」


「渡世は義理と人情…。」


「ほら、始まった。」


「ああん。」


「わるかったよ、謝るから、届けがあったら教えてくれ。」


「ふん、『金髪』の若いのと、『黒鞘』のが出てきてねぇ。」


「『黒鞘』の爺さんまた入ったのか?」


「ああ、オレの死に場所は迷宮だってな。」


「先月も回収したぞ、見つけてもほっといた方がいいんじゃねぇか。」


「そう言うな、初孫が生まれて張り切ってんだよ。」


「ホントに爺になったんなら、隠居すりゃいいのに。」


「そう言わずに、なっ。」


「はあ、わかったよ、見つけたら拾ってくる。何階だ?」


「ああ、どっちも六階だ。頼むよ。あ、それと外町のガキが昨日入ったきりだ。」


「オッサンッ!」


「頼む! どうせ二階の迷い穴あたりで縮こまってる。」


「はああ、わかった、寄ってみる。」



「ひっく、うう、ひ」


 いた。


「おい、外町のガキか?」


「ひいっ」


「番衆のオッサンに頼まれた。」


「えっ」


「歩けるか?」


「う、うん。」


「なら、ついてこい、階段までつれていってやる。一階なら一人で抜けれるだろう。」


「えっ?」


「今日は六階までいかにゃならん、地上まで送る暇はない。」


「あ、わかり…」


「足元に気をつけろ、しんどいがちゃんと足を上げろ。」


「はい。」


「この辺はな、迷い穴とよばれている。」


「はあ。」


「分かれ道だらけだろう。」


「はい。」


「行きは太い道を選べば自然と奥に行ける。だが帰りは、ほら、この影になってるとこ、そう細い道だ。」


「えっ」


「来た道を戻ろうとしたんだろ。」


「あ、はい。」


「迷宮は命を集めている。知ってるか?」


「は、はい。あにいが言ってました。」


「なんだ兄貴がいるのか。」


「はい、迷宮稼業です。でも、この前三階の毒虫に刺されて…。」


「ふんっ、赤よもぎはあったか?」


「はい、これ。」


 赤い葉っぱを差し出した。


「葉の裏を見てみろ、筋があおけりゃモドキだ。」


「え、あ、ああ、そんなっ」


 ガキが葉の裏を見つめて立ち尽くした。


「はあ、ほら、こっちだ。」


「でもっ!」


「途中に生えてるから、とっとと来い。」


「は、はい、ありがとうございます。」



05


 はあ、いらん道草喰った。

 今日は下手すりゃ三往復だぜ。

 ちぃっとまくるか。

 迷宮は自らの懐深くに地上の命を誘い込もうとする。

 だから広くて明るくて歩きやすいところを選べばどんどん奥に行ける。

 魔物も弱いヤツか、無視できるヤツばかりだ。


「行きは良い良い帰りは怖い」


 迷宮稼業を始めて最初に言われた言葉だ。

 どんなに順調でも迷宮を出るまで油断するなという事だと思っていたが違った。 

 文字通り、奥に向かう時はスイスイ歩けるが、出口に向かうと迷宮が牙を剥く。

 例えば、地面の凸凹は、ほんの数センチのでっぱりが奥に向かって緩やかに盛り上がり急に切り取られたような形になっている。

 行きは気にならないが、帰りは油断するとつま先が引っかかり躓くことになる。

 それを意識して歩けば余分に足を上げる必要が有る。

 その余分が疲労を蓄積させるのだ。

 そんな小さな嫌がらせの積み重ねが迷宮衆を殺すのだ。

 


 シャンッシャンッシャァ〜ン、シャンッ…


 鈴の音が聞こえる。

 魔除けの鈴だ。

 『呪じ物』だ。

 気休めのおまじない程度の効果がある。

 大概の迷宮衆は持っている。

 俺も。


 シャンッシャンッシャァ〜ン、シャンッ…


 鈴の音を辿りながら進む。

 これは古式の魔物調伏法の拍子だな。

 はあ、ジジイ生きてやがったか。

 六階で動けないってことは腰か膝やってんだろうなあ。

 はあ〜あ。

 担いでいくしかないかあ。

 くたばってりゃ、『狭間』に放り込めたのに。


「お〜い、黒鞘のぉ〜、いるかぁ〜。」


 鈴の音が止まる。


「その声はぁ、死体屋かあ」


「死体屋じゃねえよ。」


「なんだ、やっぱり死体屋じゃないか。」


「死体屋ってよぶなって言ってんの。」


「まあだそんなこと言ってんのか、親分になったんだ、ぐだぐだ言ってんじゃねぇぞ。」


「うるせえよ。」


 鈴を持ったゴツいジジイが座り込んでいる。

 周りには五人の男が寝転がっている。


「あ〜、なんだそいつら?」


「ああ、『金髪』とこのだ。」


「死んでんのか?」


「半死半生だな。」


「うわあ、タダ働きかよっ。」


「まあ、そう言うな、迷宮衆は持ちつ持たれつだ。」


「はあ〜わかってるよ。俺も助けられたしな。で、そいつら歩けるんか? ジジイは腰か膝か?」


「おりゃあ腰だ。歩けん。こいつら這いずるのが精一杯だな。」


「どおすんだよ、俺じゃあ一人しか担げねえぞ。キュッとしちまうか? ジイさんの『狭間』なら三人くらい入るだろ。」


「それは勘弁してくださいよお、『死体屋』の親分。」


「ち、目が覚めやがったか、寝てりゃ世話なかったのに。」


「ほんと勘弁してください。俺らじゃ灰になっちまいますよお。」


「『金髪』のなら、ちゃんと喜捨を積んでくれんだろ、大丈夫じゃないか。」


「俺一回、灰になってるんでさあ! これ以上親分に迷惑掛けれねえんです。この通りお願いしやす。」


「はあ、わかったよ、わかったけどどうすんだ。まずジイさん担いで行くか。」


「そいつぁ駄目だ。こいつら調伏使えねえ、戻って来たときにゃあ、『豚面』の腹ん中だな。」


 ジジイが鈴を見せながら言う。


「でもよお、ジイさん置いて若いの連れってたら、『金髪』のが筋が通らねえって騒ぐんじゃねえか。」


「まちげえなく、うちの親分がさわぎますんで、それは無理でさあ。」


「どうする。」


「親分は『黒鞘』の親分を連れて行ってくだせえ、俺らは這ってでもついていきやすんで。」


「知ってると思うが俺は荒事はからっきしだぜ。」


「へえ、知ってやす、俺らがくたばったら、回収を…。」


「はあ、わかったよ。そこまで言うんならな。」


 ああ、めんどくせぇ。

 三往復の方が手間がかからずすんだのに。


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