第十幕 「対決」

自分と幽子はまた恐怖の控え室の中にソッと入って行く。

控え室の中は相変わらず濃い線香の臭いと、冷気が渦巻いていて不気味な雰囲気が漂っていた。

そして、控え室の外には部員のみんなが待機していて、自分達からの合図で直ぐに中に入って来れるように小窓からの中の様子を伺っている。


控え室の中に入った自分と幽子は、先ほどと同じように木村さんから距離をとって取り押さえるタイミングを探っていた。

自分は幽子に「本当に俺が行こうか?」と再度確認をしたのだが、幽子はそれを拒否して「まぁ、任せておきたまえ!」と力強い返事を返して、1人で木村さんとの距離を詰めて行った。


そして幽子が木村さんの腕をつかんだ途端、木村さんは「や―ぁめろーぅ!」と、まるで動物の咆哮のような叫び声を上げながら暴れ出し、幽子の手を振り払おうとした。


その瞬間!

木村さんの身体が宙を舞った。


幽子に投げ飛ばされたのである。


それを外から見ていた部員の皆は、まるで狐につままれたような驚きの表情をして、控え室の中を見つめていた。

そして自分はと言うと、「相変わらず上手いなぁ!」と幽子の投げ技に感嘆の声を上げていたのである。

そう、幽子は合気道の達人なのだ。


自分と幽子は小学校3年生の時に、近くの合気道の道場で出会った。

そのときは自分が一年幽子よりも早く通っていて、道場では少し先輩だったのだが、幽子は道場に入ってからみるみる上達していき、自分はあっさりと抜かれてしまった。


その後も自分と幽子は、合気道の道場に通い続け、同じ時期に入った人達がどんどん脱落していくなか、自分達は最後まで残っていき、先生が忙しい時は2人で道場の子供達の指導や面倒をみている。


合気道の方は、自分は関節を取るのが得意なのだが、幽子の方は投げ技の方が得意で、本当に流れるような無駄のない動きで技をかけてくるので、素人の人では回避は難しく、さらに幽子の投げは切れが良いので、ちゃんと受け身をとらないとけっこう怖いのだ。


余談になるが、道場の先生は幽子の事がお気に入りで「是非うちの息子の嫁に来て、道場を継いでもらいたい。」と幽子の祖母に交渉しているそうだ。


話を戻そう。

幽子によって投げ飛ばされ、床に転がる木村さんは、さらに幽子の手によって抑え込まれていた。

お手本のような技のコンビネーションであるが、そんな状態なのに木村さんは、無理に起き上がろとしている。


幽子がいくら軽くても、あれだけ腕が決まっていたら普通は痛くて動けないはずなのに、木村さんは奇声を上げながら起き上がろとしているのだ、まるでゾンビのようなタフさだ。

そんな状態の幽子が「おい、しんいち!早く手を貸したまえ、何をボッと見ているんだ。」と言ってきた。


つい、幽子の技の綺麗さに感心していた自分は、「ゴメン!ゴメン!変わるよ。」と言って半分くらい起き上がってきていた木村さんを再度倒し、手早く制圧する。

そして幽子に「今の技の流れどうだった?」と聞くと「うん!まあまあだな。」と答えた。

幽子が言う「まあまあ」は「良く出来たよ」と同義語なので一応褒めているのだ。


流石の木村さんも、自分の重さをこの状態で上げるのは困難なのか、幽子の時のようには上がらない。

ただ、それでも木村さんは奇声を上げながら抵抗は続けている。

このまま抵抗されると木村さんの骨が折れてしまう可能性があったので、自分は「俺の方は大丈夫だから外の人を呼んで。」と幽子に頼んだ。

幽子は「任せたよ。」と言って外で待機していた部員に「入っていいぞ。」と言って控え室の中に招き入れた。


控え室に入ってきた部員たちは、まるでアイドルの追っかけのように幽子を取り囲んだ。

「幽子ちゃん、大丈夫だった?」「幽子さん、すごいね!」「格闘技やってるの?」「カッコ良かったよ!」と、称賛の声が飛び交う。

幽子はその言葉に、満更でもない表情を浮かべ、頭を掻きながら「エヘヘ」と、微笑んでいた。


その盛り上がりの中、自分はゾンビのように暴れ回る木村さんを抑えながら、彼らの様子を眺めている。


いや…、あのーぉ、みんな、俺も頑張っているんだけど……。


と叫びたくなるが、妙な疎外感に包まれ、その言葉は喉の奥に引っかかってしまった。

結局、申し訳なさそうに「あの…、みんな、話盛り上がっているところゴメン、手筈通りにお願いしたいんだけど。」とぎこちない言葉で頼んでしまった。


その言葉がきっかけとなったのか、「おっ!しんいち、ゴメン。」と皆が次の作戦へと移行してくれた。


自分が抑え込んでいる木村さんの上に、さらに数人がかりで彼を押さえつける。

木村さんの動きが徐々に弱まっていくのが、身体を通して伝わってきた。

そして、準備していたロープを使って、男性全員で木村さんを縛り上げていった。


まずは足、次に手を縛り、その後は念入りに全身をぐるぐる巻きにしていく。

そして、最後の仕上げと言わんばかりに、口に猿ぐつわを噛ませた。流石に猿ぐつわはやり過ぎなんじゃないかと思い、幽子に尋ねると、「暴れて舌を噛む可能性もあるから念のためだよ。」と冷静に答えた。


事情を知らない人が見たら、まさに拉致の現場だと思って驚いてしまうだろう。

木村さんは、まるでコメディーやお笑いのコントに出てくる拉致された人のように、ぐるぐる巻きの状態になり、ようやく作戦の一段落が終わった。

部員たちの歓声の声が響く中、自分は少しだけ「ホッ」と息をついていた。


控え室中では一旦緊張の空気が緩まっている。

自分は一仕事を終えた疲労感と、緊張から解放された安堵感が交錯していた。

そして控え室にあった椅子にドカッと座り込み、「フーゥ」と大きく息を吐くと、心の中の重荷が少し軽くなったように感じていた。


その様子を見ていた関口さんが、優しい笑顔を浮かべながら近づいてきて、「お疲れ!」と自分に声をかけてくれる。

続けて、「幽子くんも素晴らしかったけど、しんいちもなかなかやるね。前に聞いたことがある合気道でしょ?本当にカッコ良かったよ。」と、心温まる言葉を贈ってくれた。


その瞬間、先ほどの疎外感が頭をよぎり、それと同時に関口さんの優しさが伝わってきて、「部長一生ついていきます。」と言う思いと共に思わず涙がこぼれそうになった。


さて、幽子の話によれば、木村さんを旧校舎の外に連れ出さなければならないという。

だが、この状況で控え室から外に出すのは、まるで拉致をしているかのように見えてしまうだろう。

どうしたものかと頭を悩ませていると、先輩の一人がふと口を開いた。


「実は、さっき準備している時に良いものを見つけたんだ。」


そう言って、控え室の外に置かれていた大型の段ボールを持ってきた。

おそらく学園祭の準備で使われたものであろうその大きな段ボールは、木村さんを隠すにはうってつけのアイテムだった。

先輩の機転に感心しつつ、早速段ボールを組み立て、木村さんを中に押し込んだ。まさに拉致のような光景だが、他に手段はない。


その後、自分達は木村さんを入れた段ボールを全員で引きずり、旧校舎の外へと向かった。

周囲の視線を気にしながら、心臓が高鳴る。無事に木村さんを外に出すことに成功した瞬間、皆から安堵のため息が漏れた。


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