第11話 火の運命に呪われし物語『灯織』 中編――断絶。

 わたしと蒼介兄の作り出した空間のまわりをふわふわと飛び回るようについてまわる陽舞の事を、いつのまにか蒼介兄は陽舞と呼ぶようになり、わたしも陽舞姉と呼ぶようになっていた。


「ねぇ見てよ灯織ちゃん! この石ちょーかわいいでしょー!」


「ただの赤い石じゃないですか。そんなものどこにでも落ちているでしょう」


「いやいやいや、実はこの石はベイビールビーっていう魔法石で、火の魔力を吸収すると綺麗に輝くんだよー! 実は集めるとちょっとだけ値段つくんだから!」


「陽舞は意外とそういう商売になるものに詳しいよな」


「ふふん、そうなのです! 陽舞ちゃんに任せておけば、この蒼介一家の家計は安心! 泥船に乗ったつもりで構えていてほしいよ、うん!」


「泥船は沈むじゃないですか……それに蒼介一家ってなんですか、陽舞姉はもう一家の一員なつもりなんですか?」


 ぶっきらぼうな蒼介兄と、どちらかというと大人しいわたしとは対照的に、陽舞姉はどこまでも明るくおしゃべりで、いるだけで場の空気が華やかになっていくような少女だった。


「もちろんだよねー蒼介くんー? わたしが■■で、蒼介くんがパパで、灯織ちゃんは……娘、だよねー?」


「3歳しか年の離れてない■■なんて嫌ですよ……」


「■■とパパって……陽舞が俺と結婚してる事になってるじゃねぇか!」


 そんな陽舞姉の事を、蒼介兄が気になっているのは明らかであるようにも思われた。今も文句を言いつつも、表情は少しだけ照れている。蒼介兄と長い付き合いであるわたしには、手に取るように分かる事だ。まったく許しがたいが、これがわたしを取り囲む現実である。


 そうしてわたしたちの世界は2人から3人の世界へと変化し、身の回りにも変化が訪れました。


 それまでわたしと蒼介兄は定職についておらず、スリや盗みなどをして食いつないでいました。それが陽舞姉の紹介で、陽舞姉の働いているダンスバーの店員として雇ってもらえる事になったのです。陽舞姉はいつも、まるで中世ヨーロッパ世界の踊り子のような衣装に身を包んでいましたが、それはそのダンスバーの衣装をそのまま普段着としても活用しているだけでした。


 ダンスバーでは、蒼介兄がキッチン、わたしがホールを担当し、お互いにうまくコンビを組みながら、仕事を回していました。そうしていると分かってくるのは、このダンスバーという狭い世界で、陽舞姉がとびっきりの一番人気を誇るという事実です。


 このバーは、客が踊りを踊る事も出来ますが、どちらかというとお立ち台に立った美人の少女たちがちょっとエッチな踊りを披露し、それに主に男性が占める客たちがおひねりを投げる、みたいなスタンスで運営されています。


 トウキョウダンジョンの外であれば普通に法律的に許されなさそうな運営形態ですが、トウキョウダンジョンでは一部の重要な案件を除けば、ギルド内部の事はギルド内部の法で処理するのが通例であり、この2番街の歓楽街を仕切っているギルドは、特にスラム街の少女たちをこうした仕事に使う事に抵抗はないようです。


「灯織ちゃんもダンス練習したら? めっちゃ稼げるよー」なんて陽舞姉は気軽に言ってくれますが、あんなエッチな踊りで男性たちを悦ばせて、平気な顔でニコニコおひねりを受け取る様子は、わたしなんかでは到底真似できるものではないように思われました。


 陽舞姉の踊りは、同姓のわたしからみても、純粋な美しさ、可憐さを感じさせる芸術性がありながら、同時に男性の本能を刺激するような煽情性、エロティックさを兼ね備えていて、何よりとんでもなく上手で高度な踊りでした。


「陽舞姉はどうしてあそこまで上手に踊れるのでしょうか?」


 一度そんな事を聞いてみた事があります。


「うーんとね。コツとしては、自分に踊りの神様を憑依させて、身体が勝手に動くような感じ!」


 天才の言う事はさっぱり分からないな、と思いました。


 そんな日々を続けているうちに、2年の月日が経っていました。


 陽舞姉は、わたしたちにも言わずどこかへと出かけて行って、数時間帰ってこないような事も良くありました。


 わたしと蒼介兄は、暗黙の了解としてそこには突っ込まないようにしていましたが、正直言って一番容易に想像がつく時間の使い方としては、売春が思い浮かびます。その時のわたしは12歳になっていて、すでにそういった事が大変お金になるものだという理解はありました。


 そうした時間、蒼介兄は非常に複雑な表情で、どこかイライラとしながら足を貧乏揺すりさせています。そんな様子を見ていると思います。わたしたちにとって、陽舞姉というのは既に欠けて外す事は出来ないピースになっていて、だからこそ陽舞姉の事が心配でならないと。


 そんな、どこか危ういバランスで成り立ったわたしたちの関係は、やがて崩壊を始めていきます。


 そのきっかけになったのは、蒼介兄が、陽舞姉についに告白する、とわたしに宣言したあの日でした。


「灯織。俺は陽舞に告白しようと思う。俺は冒険者になって、その先の魔導師を目指す。陽舞が怪しい商売で金を稼いでいるのをもう見たくないんだ。俺は、ちゃんと稼げる男になって、陽舞と一緒に暮らす。お前にもついてきてほしい」


 蒼介兄はそんな言葉を、スパッと決意を固めた様子でわたしに語りました。


 ですが、わたしはそれを聞いて、どうしようもなく抑えきれない感情があふれ出してくるのを感じていました。


 だって、わたしはもう12歳なのです。

 

 恋というものにぼんやり憧れを抱いているだけの時期は終わり、今まさに恋の炎を燃やし始めようとする、その芽生えの段階に差し掛かっていました。


 わたしにとって、蒼介兄は変わらず、なによりも大切で、何よりも愛しい、わたしだけのお兄ちゃんです。


 陽舞姉が以前わたしたちの事をパパ、■■、娘と例えた時、正直言ってわたしの心にはなにか納得できない強い苛立ちが燃え上がっていました。


 蒼介兄がパパ……?


 そんなわけない!


 だってパパだったら、わたしは蒼介兄にこんなにドキドキしないはずなのだ!


 許せない許せない、陽舞姉はいつも勝手な事を言って、いつも勝手な事をして、わたしたち二人を惑わして、置いてけぼりにする。


 たしかに、いつの間にか陽舞姉がわたしたちの共用の貯金に結構な額のお金を入れてる事には気づいている。


 陽舞姉が蒼介兄とわたしの事を、大切な家族のように想ってくれている事だって分かってはいる。


 陽舞姉がわたしを抱きしめる時、陽舞姉の身体からはお日さまのようないい香りがして、その大きな胸に顔を包まれていると、ずっとわたしに欠けていた■親というピースがぴたりと埋まって、どうしようもない心地よさを覚えてしまうのだから、わたしだって陽舞姉の事は大■きなのだ。


 だがそれとこれとは別だ。


 わたしは蒼介兄が好きだ。


 蒼介兄は陽舞姉が好きらしい。


 そうなってしまったら、陽舞姉はわたしにとって敵でしかなくなってしまうのだ。


 陽舞姉は敵だ。


 敵だ敵だ敵だ。


 そんな思いが燃え上がって、わけが分からなくなっていると……


「な、なあ灯織……お前、なんだその炎は……?」


 いったいどんな"魔法"が作用したのか――


 いつの間にかわたしの周囲を渦巻くように、高温の炎がぐるぐると駆け巡っている。

 それをぼんやりと見つめたわたしは、自分が天性の【炎魔法使い】であると、そのとき初めて理解したのでした。


 そしてその時、わたしの脳裏にあったのは、ただ蒼介兄に手を伸ばしたい、蒼介兄を抱きしめたい、蒼介兄を自分だけのものにしたいという、そんな原始的な欲求そのもの――


 ――





       ……アレ、ナンデ、全部燃エテ――





【火の運命に呪われし物語『灯織』】 ――断絶。

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