今日も2人だけで話そ?

茉莉多 真遊人

1年生

4月

1-1. 4月……付き合お?(1/4)

「先輩……もしよかったら……私と付き合ってください!」


「あー、えっと、その……ごめんね。僕、好きな人いるんだ」


「あ……あぁ……そうなんですね……」


 体育館横、告白される先輩男子と思いきって告白する後輩女子。


 そして、玉砕。


 叶わぬ恋も間違いなく青春の1ページである。


 しかしながら、この語り部である俺はこの2人のどちらでもなかったりする。


 じゃあ、俺は誰かと言うと……。


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 春。春と言えば、別れと出会いの季節。


 しかし、別れも出会いも求めていない人間にとって、春なんてものは「ただただ暖かくて過ごしやすい季節だなあ」とか、むしろ、「仲良かったあいつと別れちゃったぜ」とか、「あー、新たな出会いとか面倒だなあ」とか、思ってしまう季節でしかない。


 かく言う俺、金澤かなざわ 仁志ひとしもそんな感じで、特に高校生1年という超多感な節目で、先月3月に中学卒業、今月の高校入学式を経て今……出会いなんかこれっぽっちも求めていなかった。


 地元で平凡な成績で入れる高校に、その中でも平均的な成績で入り、中学時代の友人もそこそこいるような新しい出会いなんてなくたって繋がりがあるもんな、という感じの緩い雰囲気で2週間が過ぎ去っていた。


 ちなみに、真新しい制服は紺色のブレザータイプでまだこなれた感のないカッターシャツの着こなしに自分でも少し笑ってしまう。ゴールデンウィーク明けくらいになれば慣れてくるだろうか。


「あー、天気がいいなあ」


 昼休み、体育館の裏で俺は小さい頃から愛飲している紙パック飲料「いちごなオ・レ」を片手にそんなことを呟いていた。学校の自販機にこれがある時点で俺の3年間はバラ色、いや、イチゴ色である。


「上手いこと思ったな、俺……ふふふ……」


 そんなこんなで他愛もないことを考えて平和に過ごしていると、近くで会話が始まったのか誰かの声が聞こえてくる。


「あ、手紙をくれたのは君?」


「は、はい! 先輩のこと、とても素敵だなって思いまして!」


 はい、ここ。ここが冒頭部分の告白シーンに繋がる起点だ。つまるところ、俺はなんか盗み聞きみたいな感じになっている赤の他人である。


 ちょうど俺が体育館裏の端で、告白舞台は体育館横の端なのだ。ちなみに体育館横も道路から見えなくもないので、告白する場所としては堂々とし過ぎている気がするぞ。


 とりあえず、俺の方が先にいたんだし、こっちまで来ないだろうから、まあバレても、最悪寝たふりでもしてやり過ごすか、とかくらいの気持ちしかない。


「あー、ありがとう。君みたいなかわいい子にそう言ってもらえるなんて」


「先輩……もしよかったら……私と付き合ってください!」


 古風だ。


 スマホも持つようになる高校生にもなって、こんな風に呼び出して告白するというのは旧時代の話か、漫画やアニメの2次元的な話だとばかり思っていたが、古風なことをするやつもいるもんだなと感心してしまった。


 それとも、意外とそういうのは根強いものなのだろうか?


 あ、単純に、先輩後輩でまだ連絡先を入手できなかっただけか?


 まあ、恋愛のれの字も知らない……いや、れの字くらいは知っている……はずの俺にとって、この告白シーンを知ることができたのはとても貴重な経験だろう。


「あー、えっと、その……ごめんね。僕、好きな人いるんだ」


「あ……あぁ……そうなんですね……」


 そして、冒頭部分である。


 玉砕。


 後輩女子の見た目がタイプじゃなかったのか、いや、でもかわいいいって言っていたから、本当に好きな人一筋なのか。とりあえず、ストックという考えをしなかっただけ、告白された男の先輩は誠実な人間なのだろうな、と思う。


「あ、ご、ごめんね。そ、それじゃあね。嬉しかったよ」


「は、はい……」


 振った先輩の方が声に動揺が出ているぞ。どうやら、後輩女子の方が涙目なんだろうな。涙声だし、男の先輩もなんかバツ悪そうにしてるしな。


 その後、内履き用スリッパ、学年カラーの派手な便所サンダルの音が1人分だけ遠のいていくのが聞こえてきた。


 ってことは、あれ? まだ、後輩女子の方がいるのか? まあ、玉砕して一緒に行くことはないか。


「うっ……ううっ……嬉しいってなんなんよお……だったらOKしてよおおおおお……」


 そりゃ、ただのフォローだろ。あ、マズい、なんか、足音近付いてないか。近付いてきた足音のリズムはふらついているのか、どうにも重いな。


 寝たふり、寝たふり。


「うわあああああん……うわああ…………」


「…………」


 ピタッと泣き止む。


 そして、見られている気がする。


 寝たふりをしているから、目を開けて見ることはできないが、俺に気付いた後輩女子に見られている気配をひしひしと感じる。


 耐えろ、耐えるんだ、俺。


「……ヴァ―」


「ブフッ」


 ダメだった。


 なんで急にゾンビみたいな声出すんだよ。吹いちまったじゃないか。


「やっぱり起きてたあああああっ! 寝たふりでごまかされそうになったあああああっ!」


 誘導だったのか、ちくしょう!


 まんまと引っ掛かっちまった。それもこの声、よくよく聞いたら、前にも聞いたことあるし。


 目を開くと、至近距離で四つん這いで、orzの形でうな垂れている女の子の姿が見えた。


「まさかのまさかで、金澤くんに見られてたあっ! もうダメだあ、それに、言いふらされるんだあああああ。ウチは1年目の春からフラれた女として見られるんだあああああ」


能々市ののいちさんだったのか。って、人をなんだと思っているんだ。人の告白のことなんか誰にも言わねえから。あと、泣いたり叫んだりするのやめときなよ。なんかあったって、それじゃバレるぞ? もう俺ら午後も授業あるんだから」


 女子の名前は能々市ののいち 美海みなみ。中学校が同じで顔自体はよく見たことがある。


 能々市の身長は同学年の中で断トツに小さいため、前から数えて1番であることが多い。それと逆に、髪は女子の中でも割と長くて、腰より少し上まで伸ばした栗色の髪が印象的だ。それに顔立ちは小動物感があって、美しいよりかわいいという表現になる。


 悲しいことに同じ中学でも接点はない。


 しかし、能々市は中学時代に学年でも割と上位の顔の良さで実際にかわいい部類だと思うし、そういう意味である程度情報は入ってきていた。でも、色恋沙汰の話はたしかに聞いたことないな。


 能々市で振られたと考えると、先輩男子は本当に好きな人がいたんだろうか。


「……ううっ……なんでフラれたんだろ……ぐすっ……ぐす……すん……」


 いやいやいやいや、やめろ、座るな、話しかけるな、そのまま午後の授業のために戻ってくれないか。とまでは、さすがに傷心状態の女子に言えるわけもなく、まあ、女子と話す機会なんて滅多にないとも思い相手をすることにした。

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